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役立たずと追放された僕が傷ついた女騎士の居場所になったら、命懸けで愛されるようになりました  作者: 座間あぜん


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第3話 涙

「ど、どうしよう……。ブレンダさん、聞こえますか? ブレンダさん!」


呼びかけても返事はない。意識を失ったのだと気づいた僕は、血の気が引くのを感じながら、彼女の顔をのぞき込んだ。


額には汗が浮かび、唇の端には血がにじんでいた。腕や首にも打撲の跡があり、黒い服の袖は裂けている。どこまで傷つけられたのか、見ているだけで胸が苦しくなった。


助けを呼ぶべきだろうか。でも、宿の主人が彼女を助けてくれるとは思えない。あの男たちが戻ってくる可能性だってある。


僕は迷った末、彼女の腕を自分の肩に回した。長身の彼女を抱え起こすのは、思っていた以上に大変だった。僕自身、殴られた頬が痛み、体のあちこちが悲鳴を上げている。それでも、ここに寝かせておくわけにはいかなかった。


「すみません、ちょっとだけ我慢してください……!」


彼女の体を支えながら、どうにか自分の部屋に入る。扉を閉めて鍵をかけ、ブレンダをベッドに横たえた。


僕は清潔そうな布を探した。水で布をぬらし、まずは彼女の額と頬についた汚れを拭う。傷口に触れて痛まないよう気をつけながら、血を少しずつ落としていった。


僕はヒーラーじゃない。応急処置くらいしかできない。それでも、何もしないよりはいいはずだった。


「ブレンダさん、目を覚ましてください。お願いだから……」


握った手は冷たかった。僕は彼女のそばに膝をつき、何度も名前を呼んだ。すると、しばらくして彼女の指がわずかに動いた。


「ん……」

「ブレンダさん!」


彼女のまぶたがゆっくりと開いた。赤い瞳は焦点が定まらず、天井をさまよっている。僕の顔を見つけると、彼女は何かを言おうと唇を動かした。


「……ここは」

「僕の部屋です。廊下で倒れたから、勝手に運んじゃいました。ごめんなさい。どこか痛むところはありますか?」


彼女は答える代わりに、ゆっくりと自分の体を起こそうとした。しかし、腹部に痛みが走ったのか、顔をしかめて再びベッドに沈み込んだ。


「無理しないでください。まだ起き上がらない方がいいです」

「……私は、どれくらい」

「少しの間です。気を失っていました」

「そうか……」


ブレンダは天井を見つめたまま、深く息を吐いた。先ほどまで男たちを睨みつけていた鋭い目つきは消え、疲れ切った表情が浮かんでいる。彼女は自分の腕に巻かれた布を見て、それから僕へ視線を戻した。


「手当てをしてくれたのか」

「はい。最低限ですけど。僕にできることは、これくらいしかないので」

「……そうか」


短い返事のあと、彼女は口を閉ざした。僕も何を話せばいいのか分からず、濡れた布を握ったまま彼女の様子を見守っていた。気まずい沈黙が続く。けれど、無理に話しかけて彼女を疲れさせるのもよくないと思い、僕は立ち上がった。


「何か食べますか? お腹が痛むなら、無理に食べない方がいいかもしれませんけど……。って、お金がないんだった……」


くそ。自分が嫌になる。


「いらない」

「分かりました。じゃあ、水だけでも」


コップに水を注いで差し出すと、彼女は少し迷ってから受け取った。両手でコップを支え、ほんの少しだけ口をつける。その仕草には、先ほどまでの威圧感はなかった。今の彼女は、傷ついた体を抱え、どうにか自分を保っている1人の女性だった。


水を飲み終えたブレンダさんは、コップを僕に返した。


「お前の名前は?」

「僕はノーランと言います」

「ひとまず、礼を言う。ノーラン」

「いえ。しばらくここで休んでいてください。僕は廊下に出てるんで。何かあれば読んでもらえれば――」


立ち上がろうとした僕の袖を、彼女がつかんだ。


「……行くな」


振り返ると、ブレンダさんは自分でも驚いたような顔をしていた。指先に力が入っている。僕を引き止めていることに気づき、彼女はすぐに手を離した。


「……すまない。ここにいてくれ」

「分かりました」


僕は再びベッドのそばに腰を下ろした。


彼女は何かを言いかけて、やめた。


沈黙が続いた。やがて、ブレンダさんがぽつりと話し始めた。


「私は、騎士団の副団長だった」

「……はい」

「数か月前、魔物の大群に襲われた。部隊は包囲され、負傷者も増えていた。私は上からの指示もあって撤退を命じた。あの場に残れば、部隊全体が全滅していただろう」


彼女の視線が宙をさまよった。


「生き残った者たちは、私を許さなかった。上層部は責任を私に押しつけた。私は騎士団を追われた」


ブレンダさんは自分の両手を見つめた。


「さっきの男たちも、元は私の部下だった」

「……そうだったんですね」

「私は間違っていたのだろうか」


彼女の声がかすれた。


僕は何も言えなかった。正しい答えを持っていない僕が、簡単に慰めることはできない。彼女が失ったものは、僕が想像できるほど小さなものではないはずだ。


「僕はその戦いを見ていないから、どっちが正しかったのか決められません。でも……」


僕は言葉を探した。


「ブレンダさんが、仲間を見捨てたくて見捨てたわけじゃないことくらいは、分かります」


彼女の目が大きく開いた。


「さっき、僕をかばってくれましたよね。ブレンダさんが悪い人だとは思えません」


彼女の赤い瞳から、涙がこぼれた。声を出さないように唇をかみしめ、何度もぬぐおうとする。それでも涙は止まらなかった。


「……そんなことを言われたのは初めてだ。騎士団を追放され、部下からも恨まれ……」


彼女は小さく呟いた。


「誰も、私のことを信じてくれなかった。誰も……」


声が震え、最後まで言葉にならなかった。僕は何も言わず、彼女が泣き止むのを待った。



「ノーラン、お前の話も聞かせてくれないか」

「僕も今日、居場所をなくしたんです。一緒に冒険していたパーティーメンバーに追い出されて、お金も全部取られて。役立たずだって笑われて、もう二度と顔を見せるなって言われました」


話しているうちに、喉の奥が痛くなった。


「でも僕が弱いから、仕方ないんだと思います。もっと役に立てたら、あんなことにはならなかったでしょうから。でも……。やっぱり、つらかったですね」


ブレンダさんは黙って聞いていた。


「だから、ブレンダさんの気持ちは多少分かるつもりです……」


僕は小さく笑った。


彼女は僕の袖をつまんだ。


「今夜だけでいい。そばにいてくれないか」


その声は、今にも消えてしまいそうだった。


「……え!?」

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