第13話 瀕死の僕が覚醒した結果
僕はブレンダをお姫様抱っこする。
「ノ、ノーラン……?」
ついさっきまで命懸けで戦っていた彼女は、僕の腕の中でぽかんと口を開けている。
「な、なぜ私は抱きかかえられているんだ……?」
「僕のために、頑張って戦ってくれてありがとう」
ブレンダの頬がみるみる赤くなっていく。僕の首に回された腕にも、きゅっと力がこもった。普段はあんなに堂々としている彼女が、こんなにも慌てている。少し意外で、思わず笑みがこぼれた。
「もしかして、嫌でしたか?」
「い、嫌なわけがないだろう!」
「ほんとに?」
「……ただ、その……、心の準備というものがあるんだ……」
最後のほうは、消え入りそうな声だった。ブレンダは僕の胸元に顔を埋め、赤くなった頬を隠してしまう。
「ブレンダ?」
「な、何でもない!」
そう言って、ブレンダは僕の服をぎゅっと握った。耳まで真っ赤になっている彼女がかわいらしくて、僕はそっと抱き直した。
咆哮が響いた。
残り2体のアーマードドラゴンがいたのを忘れていた。
「……っ!」
ブレンダの体が強張った。僕の服をつかむ指先が震えている。
「ノーラン、逃げろ!」
「大丈夫ですよ、ブレンダ」
「何を言っているんだ! あいつらは、私が全力で戦っても……!」
僕はドラゴンたちを見つめた。2体は僕たちを見つけるなり、大きく口を開いた。喉の奥に赤い光が集まる。
次の瞬間、凄まじい炎が押し寄せてくる。
僕はブレンダを抱いたまま、翼を前に出した。
金色の光が広がり、僕たちの前に半透明の盾が出現する。炎が盾に激突し、轟音と熱風が周囲を包み込んだ。
「……うそ、だろう?」
ブレンダが呆然とつぶやく。
僕は彼女を抱きかかえたまま、ドラゴンたちに向かって声をかけた。
「それで終わりですか? 全然届いていませんよ」
わざと挑発するように言うと、2体のドラゴンは怒り狂ったように咆哮した。巨大な前脚で地面を蹴り、僕たちを押しつぶそうと飛びながら突進してくる。
「僕は逃げませんから」
微笑みながら、片手を軽く持ち上げた。
金色の光がドラゴンたちを包み込む。2体の巨体が動けなくなる。
「グガァッ!?」
ドラゴンたちは暴れ、鋭い爪で空を引き裂く。しかし、どれほど力を込めても、捕らえられた体は動かない。
「街には近づかないでくださいね。次に人を襲おうとしたら、今度はもっと痛い目に遭わせますから」
僕は手を振り下ろした。
直後、2体のドラゴンは金色の光に包まれたまま、森の奥へ向かって一気に吹き飛ばされた。遠ざかっていく咆哮がやがて聞こえなくなる。
静寂が戻った。
僕はブレンダを抱きかかえたまま、彼女の顔をのぞき込んだ。
「これで大丈夫です。もう襲ってきませんよ」
「…………」
ブレンダは何も答えなかった。ただ、僕の顔をじっと見つめていた。信じられないものを見たというように目を見開き、唇を震わせている。
「ブレンダ?」
その目から、ぽろりと涙が落ちた。
「私は……、あんなに必死に戦ったのに……! お前を守りたくて、守らなければと思って……。それなのに、何もできなかった……!」
「ブレンダ……」
「お前が死んだと思ったんだ……! もう二度と、声を聞けないと思った……!」
言葉が途切れた。彼女は唇をかみしめようとしたけれど、こらえきれなかった涙が次々とあふれ出す。
「怖かった……! 本当に、怖かったんだ……!」
彼女は僕の首に腕を回し、胸元に顔を押しつけた。さっきまで必死にこらえていた感情が、一気にあふれ出したようだった。あれほど強かった彼女が、今は僕の腕の中で震えている。
「怖がらせて、ごめんなさい」
「謝るな。私は、嬉しいんだ!」
彼女の頬にキスをする。
「これからは、僕にもブレンダを守らせてください」
「ノーラン……」
「大丈夫です。僕は絶対、死にません。どこにも行きませんから。約束します」
ブレンダは何度もうなずいた。それでも涙は止まらず、僕の服をつかむ手にも力がこもっていた。
彼女がどれほど強くても、どれほど立派な騎士だったとしても、傷つかないわけではない。誰かを守ろうとする人だって、怖くなることはある。大切な人を失いたくないと、泣いてしまうことだってある。
だから今は、ただそばにいたかった。
「……ブレンダ、大好きです」
耳元でそう告げると、彼女は僕の胸に顔を埋めたまま、小さく答えた。
「私も大好きだ、ノーラン……」
僕は彼女を抱く腕に、そっと力を込めた。
「帰りましょう。2人で」
彼女は涙に濡れた顔を上げ、僕の首に腕を回したまま、ゆっくりとうなずいた。
●レックス視点
「竜だああああっ! 竜の群れが街に押し寄せてきたぞおおおっ!」
街中に悲鳴が響き渡った。城壁の向こうから現れたのは、1体や2体ではない。黒い鱗に覆われたアーマードドラゴンが、100体近くも押し寄せてきたのだ。竜たちは城門を破壊し、逃げ惑う人々を追い立てながら街へとなだれ込んでくる。
建物が崩れ、火の手が上がり、街はあっという間に地獄へと変わった。
「お、おい! どうすんだよ、レックス!」
ヴォルクスが叫ぶ。だが、俺には答えられなかった。
「うるせえ! 俺が全部、片付けてやるよぉっ!」
目の前の竜に剣を振り下ろす。渾身の一撃だった。なのに、刃は硬い鱗に弾かれ、傷1つつけられない。
「う、嘘だろ……?」
竜が前足を振るった。
俺は地面を転がり、剣を取り落とした。
ヴォルクスが助けに入ったものの、尻尾の一撃を受けて吹き飛ばされる。オラクルが魔法を放っても、メルシーが必死に回復しても、竜の群れを止めることはできなかった。
「レックス! 指示を出してくれ!」
ヴォルクスの声が聞こえる。
指示?
そんなもの、出せるわけがない。俺は今まで、ただ目の前の敵を倒すだけだった。それだけを考えればよかった。
こんな数の竜が襲ってくるなんて、誰にも予想できるはずがないんだからよ。
竜がこちらを向いた。
「く、来るな! 来るんじゃねえ!」
俺は剣を拾うことも忘れ、尻もちをついたまま後ずさる。足に力が入らない。立ち上がれない。市民を助けるどころか、自分の身を守ることさえできなかった。
「死にたくない、死にたくないよぉ……」
Sランク冒険者。王都でも名の知れたパーティーのリーダー。そんな肩書きは、目の前の竜には何の意味もなかった。
「誰か、助けてくれええええっ!」
俺の情けない叫び声は、竜の咆哮と街を埋め尽くす悲鳴にかき消された。




