第11話 僕が死んでも、君には笑っていてほしい
何が起きたのか、すぐにはわからなかった。身体が宙に浮いたような感覚。地面に叩きつけられる衝撃。全身を駆け抜ける、焼けるような痛み。
僕は何度か地面を転がり、ようやく止まった。
アーマードドラゴンの最期の意地というやつだろう。死ぬ間際に仕返しをしてきたのだ。実際、今はもう動いていない。
「……あ、れ?」
視界がぼやける。
身体を起こそうとしたが、うまく力が入らなかった。息を吸うだけで胸が痛む。何か温かいものが、地面に広がっていく。
それでも、僕は顔を上げた。
「……ブレンダ?」
彼女は、少し離れた場所で倒れていた。
無事だろうか。怪我はしていないだろうか。確かめたくて、僕は左手を地面についた。そのとき、ようやく気づいた。
右半身が、ない。
「……え?」
体の半分が何もなかった。
理解した瞬間、遅れて激痛が襲ってきた。
「っ、ああああああっ!」
声にならない叫びが漏れる。身体が震え、息がうまく吸えなくなる。視界の端が黒く染まっていく。
痛い。痛い、痛い、痛い。
「ノーラン……!」
ブレンダがこちらを見ていた。彼女は地面を這うようにして、僕のもとへ近づいてくる。そして、僕の左肩を見た。
「……あ」
彼女の顔から、表情が消えた。
「ノーラン……、ノーラン……」
震える手が、僕へ伸びる。けれど、触れる直前で止まった。何をすればいいのかわからない。何を言えばいいのかわからない。そんな顔をしていた。
「……ブレンダ」
僕は彼女を安心させようと、笑おうとした。でも、うまく笑えなかった。
「よかった……。ブレンダが、無事で……」
「……っ!」
ブレンダの瞳が揺れた。
「どうして……?」
彼女は僕の肩を押さえながら、必死に傷口を止血しようとした。手が震えている。何度も布を押し当てるのに、血は止まらなかった。
「どうして、私をかばったんだ……! どうして!」
「だって……」
声がかすれる。
「ブレンダが、好きだから……」
ブレンダの声が震えた。
「私が、お前を守るはずだったんだ……!」
彼女の頬を涙が伝った。
「私は、お前を守ると約束したのに……! 二度とお前を傷つけないと、そう決めたのに……!」
ブレンダは首を振った。何度も、何度も。
「また私は……!」
彼女の声が途切れた。
かつて、彼女は仲間を守るために撤退を選んだ。生き残ったことで責められ、騎士団から追放された。そして今、彼女の目の前で、僕が傷ついている。
「ブレンダ……。僕は……」
「しゃべるな!」
彼女は悲鳴のように叫んだ。
「お願いだから、しゃべらないでくれ……! 血が……、止まらないんだ……!」
ブレンダは僕の身体を抱きしめた。僕の頭を自分の胸に抱き寄せ、必死に名前を呼ぶ。
「ノーラン、ノーラン……! 頼む、目を開けていてくれ……! 私を置いていかないでくれ……!」
その声を聞いているだけで、胸が痛かった。
僕は、彼女にそんな顔をしてほしくなかった。笑っていてほしかった。僕と出会えてよかったと、そう思っていてほしかった。
「……ブレンダ、泣かないで」
ブレンダの身体が強張った。
「僕は……、ブレンダが無事で、よかったと思ってる……」
「……っ、ああああああっ!」
彼女は僕を抱きしめたまま、声を上げて泣いた。
「違う! 違うんだ、ノーラン! 私は、お前にそんなことを言ってほしいんじゃない……!」
涙が僕の頬に落ちる。
「私は、お前と一緒に帰りたいんだ! また一緒にご飯を食べて、手をつないで、くだらない話をして! 明日も、その先も、ずっと一緒にいたいんだ……!」
彼女の声が震える。
「だから……お願いだ……。死なないでくれ……!」
僕は何か答えようとした。けれど、意識が遠のいていく。身体の感覚が薄れ、ブレンダの声さえ遠くなっていく。
それでも、彼女の体温だけは感じられた。その手を握り返したかった。大丈夫だと伝えたかった。でも、指先に力が入らなかった。
「ノーラン……? ノーラン! しっかりしてくれ……!」
「ごめんなさい、ブレンダ……。僕が死んでも、君には笑っていてほしい」
「……誰か! 誰でもいいから、助けてくれぇええっ!」
ブレンダの悲痛な声が響く。
そのとき、どこからともなく地響きが聞こえた。アーマードドラゴンだ。
ブレンダは顔を上げた。涙で濡れた瞳に、巨大な竜の姿が映っているだろう。彼女は僕をそっと地面に横たえ、剣を拾い上げた。
「一緒に生きて帰ろう、ノーラン。私は負けない」
「……」
【まだ、生きたいですか?】
突然、知らない声が聞こえた。いや、聞いたことがある。ずっと僕の中で聞こえていた声だ。
「……はい」
【固有スキル『心の居場所』が覚醒しました】
その瞬間、目の前に光が集まり、1人の女性の姿を形作った。背中には純白の翼が広がっている。
天使みたいだと思った。
「お会いするのは初めてですね、ノーラン。私の名前はミカエルです」
その美しい女性は僕の手を優しく握り、微笑んだ。
●冒険者ギルド
「……何だと? アーマードドラゴンの群れが森から出てきただと?」
冒険者ギルドに、緊張した声が響いた。職員から報告を受けたギルドマスターは、険しい顔で机を叩いた。
「だから言ったはずだ! アーマードドラゴンの巣には絶対に手を出すなと!」
目の前に立つレックスたちは、誰も口を開かなかった。
彼らがゴブリンの巣と間違えて破壊した洞窟。それが、アーマードドラゴンの巣だったのだ。
「お前たちが破壊した巣から、複数のアーマードドラゴンが出てきたという報告が入っている。現在、森の周辺では魔物の目撃情報が急増している。街道にも危険が及ぶ可能性があるんだぞ!」
「ま、待ってください! 俺たちはゴブリンの巣だと思って……!」
「依頼を受ける前に説明したはずだ。森の北東部には近づくなと。アーマードドラゴンの巣は破壊するなと!」
レックスは言葉を失った。
ギルドマスターの怒りは当然だった。彼らは事前に警告されていたにもかかわらず、巣の確認を怠り、入口を破壊した。しかも、竜の群れがどこへ向かったのかさえ確認していない。ギルドへの報告も遅れていた。
「……くそっ」
レックスは唇をかみしめた。
しかし、彼はまだ、自分たちの失敗がどれほど深刻な事態を招くのかを理解していなかった。
森の奥から解き放たれたアーマードドラゴンたちは、すでに街へ続く方角へと移動を始めていた。




