第10話 僕の力で、彼女が最強になる
「今日は、私たちが初めて一緒に冒険する日だな」
ブレンダが、僕の手を握りながら言った。
「そ、そうですね」
「だから、私たちの記念日にしよう。私は今日のことを忘れたくない」
ブレンダは嬉しそうに笑った。
銀色の髪が木漏れ日を受けて輝いている。以前の彼女は、こんなふうに穏やかな表情を見せることがあったのだろうか。少なくとも、彼女は今こうやって僕の隣で笑ってくれている。それだけで嬉しかった。
「それにしても、ノーランは本当に詳しいんだな」
「えっ?」
「この森の地形も、魔物の生息域も、薬草の見分け方も。私の知らないことばかりだ」
「い、いえ。僕は戦えませんから。せめて、それくらいは覚えておこうと思っていただけで……」
「それくらい、か」
ブレンダは僕の顔を覗き込んだ。
「私には、とても頼もしく思えるぞ」
「そ、そんなことありませんよ」
「ある。私はお前の知識を信じているし、お前の判断を頼りにしている」
迷いのない言葉だった。
レックスたちからは、僕がしてきたことなど誰にでもできると笑われた。荷物の管理も、食料の準備も、薬の補充も、道順の確認も、全部どうでもいいことだと言われた。
でも、ブレンダは違う。僕が覚えてきたことを、必要なものとして受け止めてくれる。
「……ありがとうございます、ブレンダ」
「どういたしまして」
彼女は僕の手を握る力を少し強めた。
今回の依頼は、薬草採取だった。Fランクの僕たちでも受けられる安全な仕事だ。必要な薬草の種類も数も、依頼書に明記されている。
僕は事前に地図を確認し、魔物が出やすい場所を避けて採取場所へ向かう道を選んでいた。
「この先を少し進めば、目的の薬草が生えているはずです」
「わかった。もし何かあったら私が前に出る。ノーランは無理をするなよ」
「無いと思いますけど、はい。頼りにしています」
そう答えると、ブレンダは一瞬だけ目を丸くした。
「……今、頼りにしていると言ったか?」
「えっ? は、はい」
「そうか。そうか……!」
彼女は顔をほころばせ、僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
「ブレンダ!? あの、歩きにくいんですが……!」
「少しくらい構わないだろう。せっかく2人きりで冒険しているんだ。周りに人もいない」
「そ、それはそうですけど……!」
ブレンダは楽しそうだった。
以前のパーティーでは、僕はいつも少し離れたところで荷物を抱え、みんなの後を追いかけていた。隣を歩いてくれる人なんていなかった。
だからこそ、彼女が隣にいてくれることが嬉しかった。
そのとき、僕は道の脇に残された大きな足跡に気づいた。
「……あれ?」
「どうした、ノーラン?」
「この足跡、ずいぶん大きいですね」
地面に刻まれた跡は、僕の手のひらよりもずっと大きかった。周囲の草木も踏み荒らされている。しかも、足跡は森の奥から街道の方角へ向かって続いていた。
「何か強い魔物が通ったのかもしれません。引き返した方がいいかもしれない」
「そうなのか。折角ここまできたのに。何があっても、私がノーランを守る。これでも一応、副団長まで務めた騎士だぞ」
「ですね。じゃあ、警戒しながら進みましょうか」
「わかった。十分に注意しよう」
ブレンダは剣へ手を伸ばした。
僕たちは周囲を警戒しながら、採取場所へ向かった。
だが、その先で待ち受けていたのは、想定していたような小型の魔物ではなかった。木々の向こうから、巨大な影が姿を現した。
全身を覆う硬い装甲。鋭い爪。大きく開いた口からのぞく牙。
アーマードドラゴンだった。
「なっ……!」
思わず息をのむ。
どうして、こんな場所にアーマードドラゴンがいるんだ。僕たちが受けた依頼は、薬草採取のはずだ。こんな危険な魔物が出る地域なら、ギルドから事前に警告があるはずなのに。
考える時間はなかった。
アーマードドラゴンが咆哮し、僕たちに向かって突進してきた。
「ノーラン、下がれ!」
ブレンダが僕をかばうように前へ飛び出した。
彼女は剣を振るい、竜の攻撃を受け流す。アーマードドラゴンが尾を振り回す。ブレンダは身をひねってかわしたものの、衝撃で体勢を崩した。
「ブレンダ!」
「大丈夫だ!」
彼女はすぐに立ち直り、再び剣を構える。
だが、相手は強かった。ブレンダが何度斬りつけても、装甲には浅い傷しかつかない。逆に、竜の攻撃を受けるたびに彼女の身体には少しずつ傷が増えていった。
それでも、彼女は僕の前から退こうとしなかった。
「くそ……!」
僕は拳を握りしめた。やっぱり帰っておくべきだった。それに僕には戦う力がない。魔法だって使えない。レックスたちの言うとおり、やはり僕は無力なのかもしれない。
「ブレンダ、無理をしないでください! 僕をおとりにして逃げて!」
「断る!」
彼女は剣を握り直した。
「私は、死んでもお前を守ると決めたんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。彼女は僕を守ろうとしてくれている。役立たずだと罵られ、すべてを奪われた役立たずの僕を。
だから、僕も彼女を信じたかった。
「……ブレンダ!」
僕は彼女の名を叫んだ。
その瞬間、手のひらが温かくなった。淡い金色の光が、僕の指先からあふれ出す。
【固有スキル『心の居場所』が発動しました】
【対象との心のつながりが深まっています】
【対象の潜在能力を解放します】
またあの声が頭の中に響いた。金色の光は僕の手から伸び、ブレンダの身体を包み込んでいく。
「これは……?」
ブレンダが驚いたように目を見開いた。
「……ノーラン。お前が、私に力を……?」
「ぼ、僕にもよくわかりません! でも、ブレンダなら倒せるはずです……!」
彼女は一瞬だけ僕を見つめ、それから力強く頷いた。
「ああ。任せてくれ」
ブレンダが地面を蹴った。
アーマードドラゴンが爪を振り下ろす。しかし、彼女はその動きを見切り、紙一重でかわした。続く尾の攻撃も剣で受け流し、竜の懐へと踏み込んでいく。
さっきまでとは、明らかに違った。
そしてブレンダの剣が装甲の継ぎ目を正確に捉える。刃が深く食い込み、竜が苦痛の咆哮を上げた。
「これで、終わりだ!」
渾身の一撃が振り下ろされる。
アーマードドラゴンの巨体が大きく傾き、地響きを立てて地面へ倒れた。
静寂が戻る。
「た、倒した……?」
僕は呆然と立ち尽くした。
あれほど苦戦していた魔物を、ブレンダが倒したのだ。彼女は剣を収めると、すぐに僕のもとへ駆け寄ってきた。
「ノーラン!」
「ブレンダ! 怪我は!? 大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫だ。それより、お前は無事か?」
「僕は何ともありません!」
そう答えた瞬間、ブレンダが僕をぎゅっと抱きしめた。
「よかった……!」
「ブ、ブレンダ!?」
「本当に、よかった……。お前に何かあったら、私は……」
彼女の腕が震えていた。戦っている間、彼女も怖かったのだろう。それでも僕を守ろうとしてくれた。
僕はそっと彼女の背中に腕を回した。
「……ありがとうございます。僕を守ってくれて」
「違う。私こそ、お前に守られたんだ」
ブレンダは顔を上げ、僕をまっすぐ見つめた。
「ノーラン。好きだ」
「……えっ?」
「お前が好きだ。大好きだ。お前がそばにいてくれるだけで、私は強くなれる。お前が私を信じてくれるから、私は剣を振るえるんだ」
頬が熱くなった。こんなにまっすぐ気持ちを伝えられたことなんて、今までなかった。
「ぼ、僕も……、ブレンダが好きです」
「もう1度言ってくれ」
「す、好きです。ブレンダが好きです!」
ブレンダは幸せそうに笑い、僕を抱きしめる腕に力を込めた。
「ありがとう、ノーラン」
彼女は僕の頬に手を添え、そっと顔を近づけてきた。
「……キスしてもいいか?」
僕は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、小さく頷いた。
唇が重なる。
ほんの短いキスだった。それなのに、離れたあとも胸の鼓動はなかなか落ち着かなかった。
「……もう1度、してもいいか?」
「ブレンダ……」
「嫌か?」
「い、嫌じゃありません……」
今度は、僕から彼女にキスをした。
ブレンダは目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。そして、もう1度僕を抱きしめる。
「今日は、最高の日だな」
「そうですね」
「……私は今、とても幸せだ」
その声は、いつもより少しだけ甘えているように聞こえた。
銀色の髪から、ほのかにいい香りがする。こんな時間が、いつまでも続けばいいのに。
そう思ったときだった。
死んだと思っていたアーマードドラゴンがこちらに向かって突進してきた。
間に合わない。そう思ったときには、もう身体が動いていた。
「ブレンダ!」
僕は彼女の身体を突き飛ばした。
「――え?」
ブレンダの目が大きく見開かれる。その視界の中で、僕の身体が竜の前に飛び出していた。
次の瞬間、凄まじい衝撃が走った。
「っ……!」




