Log 08:帰りたい。
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…あれ。外、こんな明るいんだ。
この季節になったら、外はこんなに…明るいのか。
目を覚まして、僕は窓の中から日光を浴びた。
昨夜は…ああ、AIと勉強してたんだった。
そのせいで寝るのが遅くなって、今とても眠い。
「…あ、今日は文化祭だったな。」
余計なことを思い出した。
でもなぜか、脳裏にこびりついて絶対に離れない。
ー明日、この学校の文化祭は1日だけなんだから、ちゃんとこいよ。
篤なのか、その声が僕を離さない。
「…行ってやるか…。」
非効率の象徴、娯楽。
そんなものに僕は片足を突っ込む気でいる。
でも少し顔を出したら、
そのまま文化祭を回るふりして、帰ることにしよう。
7:23の電車に乗り、僕は今日も学校に…
「………は?」
勉強アプリからの通知に、こう書かれていた。
〈お昼も勉強、頑張ろう!キミならできる!〉
「いや、は?いや待てよ。今何時…っ!」
重い体を起こし、なんとか時計に手を伸ばす。
見れば、そこにはありえない光景が広がっている。
「11:39………?」
ありえない。おかしいだろこんなの。
いつも僕が起きるのは、6:30だぞ。
確かに昨日は少し遅くまで勉強してた。
だけど、アラームはきっかりかけていた。
今から学校に行けば、12:30には着くはず。
しっかり、しっかり頭を動かせ。
最小限のダメージで顔を出す…!
「僕は悪くない。これは…」
これは、誰のせいなんだろうか。
声に出したが、そこから先が出てこない。
否定したい。否定したい否定したい。
そういえばあのクソ親、僕を起こさなかったのか?
「…なら、きっとそれのせいだ。」
今からすぐに行こう。
前までの僕なら休んでた。
しかし、僕にはやりたいことができたんだ。
僕が手を貸したバカの産物が、一体どんな形で幕を下ろすか。
それだけ、知っておきたい。
◆◆◆
「はいありがとうございました!」
その頃、篤たちはシフトをうまく回し、賑やかな店内をなんとか維持していた。
誠が来ない。
そんなソワソワが、確かにクラス中に蔓延した。
「ねぇほんとに来ないのかな。もう、昼休憩…。」
「いや、あいつなら多分来るだろ。」
なんの根拠もない言葉が、ただただ心を掻き回す。
レジ打ちの音がよく響き、誰かがコーヒーを啜る音が聞こえる。
そんな、静寂とも言えない不思議な雰囲気。
「賑わってるのにさ、なんでこんなに静かに感じるのかな。」
「さぁな。」
空返事。本当は、わかっているのだ。
みんながそれを気にしてること。
「…わかってるけど、なぜか言いたくないよね。」
「———多分みんな、誠を気にしてるんだよな。
今まで氷の皇帝だったあいつが、脚立に登った時さ、
確かになんか感じるものがあった気がする。」
篤がダサ苦しいメイド服をひらつかせ、
横でホスト服を着ている沙羅に、ゆっくり言葉を落とした。
その言葉の重力が明らかに高く、沙羅は視線を俯角に落とす。
「あいつさ、別に悪い奴じゃないと思うんだ。」
仰角に瞳を上げた沙羅が、改まったように言った。
「俺は気に入ってるわけじゃない。」
空気をつんざくような、そんな声。
「あいつの態度は、結構むかつく。孤立しないよう、せめての繋ぎ場所に俺は話してやってんのに、ありゃないぜ。」
本音は確かに的を得ている。
「なのによ、口調のくせに言ってることは全部間違ってない。なんなら6割あってんだよな。まーじタチ悪ぃ。」
誠は自分を崇拝し、それを誰かに振りかざす。
そんな野郎なのに、言っていることは間違っていない。
この事実に、沙羅はなんだか悔しいようなそんな気分になった。
「確かにそうだよね。誠くん、流石に口調きつい。」
沙羅は持っていたうちわ———いわば、アイドルに向けるような感じのかなりポップなもの———を振り、
ため息をつきながら篤に目をやった。
「でもね、あいつ、今ではああだけどさ…。
昔はあんなでもなかった。」
「へぇ、昔あいつにそんな感じあったのか。」
説明もしていないのに、その言葉だけで驚愕を勝ち取る誠は、本当に憎たらしい印象を植えてしまっているのかも…しれない。
「なんで…あんな風に?」
少しの沈黙の末、篤は重かった言葉を吐いた。
「いつ…だったかな…。」
篤の目がすこし際立つ。
賑わってる声がだんだんと消え、ノイズと耳鳴りが脳を支配しているような、そんな感覚になった。
刹那、口は開かれる。
「……………ごめん。やっぱやめとく。」
期待はずれのその回答に、篤は思わず声を上げて膝を落とした。
「そこまで焦らしてそれはないっっっだろっ!」
「ごめんw今言うことでもないかなって。それに…私もツラ…」
篤は頭の上に疑問符を浮かべた。
「ん?」
「……うん、その…なんでも!」
沙羅が少し笑うと、少しづつ耳に賑やかな声が戻った気がした。
ただいまの時刻、12:35。
◆◆◆
“なぁ、遅刻とかしたことないんだけどやばいん?”
“はい。効率的な視点から見て、その行動はかなり非生産的だと見受けられます。もし、遅刻してしまったのなら一番合理的な方法をとってください。”
ったく、なんでこんなこと言われなきゃならねえ。
虫のいどころが悪いなぁほんとによ。
「ご来場のお客様ですか?チケットを…」
門に着くと、すぐに委員がチケット提示を要求してきた。
しかしもちろんここの生徒なわけで、必要はない。
「いや客じゃねぇけど?」
僕の顔ぐらい、覚えておいて損はないだろうによ。
何してんだこのクソ野郎。
そんな質問を投げる時点で、もう能力を察するね。
「ち、遅刻の生徒、でよろしいですか?」
「いや、遅刻…遅刻…か。日々の疲れが溜まって、すこし気絶していたというか…その…」
僕は、僕は遅刻なんて、遅刻なんてしてない。
僕には責任が発生しない、きっとそうだろ。
「遅刻、なんですね?学生証、見せてください。」
食い気味にそう言われた。
黙れよ。遅刻?正当な理由が…理由が…ある。
「ほら、これでいいだろ?」
学生証を見せた瞬間、強張りが解けて門が開く。
「確認取れました。遅刻の場合、職員室に行ってから登校してください。」
まて、なんだそれは。
遅刻とはそんなに重罪なのか?
くだらん学校に労力を割いているのに、そこまでするのか?
「え、職員室?」
「行ったことないんですか?一階の端っこですよ。」
行ったことなんてあるわけねぇだろ。
なんの用途で行かねばならないのか、今理解したばかりだぞ。
「あそう…。そんなルールあったのね…。」
酷く不要なルールだと思わないか?
職員室に行くことで、
僕たちの意識が劇的に変わるわけでもなかろうに。
「………。」
職員室の前に来たはいいが、一体どう入ればいいのか?
僕がわざわざ頭を垂れる必要があるってことなのか?
「…あれ?どしたの?」
「?」
後ろから声をかけてきたのは、国語の女教師だ。
名前は…新沼…瀬名?だっけかな。
「今日少し遅刻したんですよ。」
「あ、珍しっ!いいよ!今日文化祭だし、早く遅刻届け書いちゃいな!」
遅刻届けだと?
僕が遅刻したことが、永久に保存されると言うのかよ。
「な、何書くんだ…。」
「簡単なことだよ、書いたことなかったっけ?」
クラス名前、登校時間…そして遅刻理由?
「1ーE…11番…時間は…12:36。」
遅刻理由、僕が遅刻した理由は…寝坊、じゃない!
そんなわけないだろ。僕が寝坊なんてするわけない。
「遅刻理由は…腹痛ね。」
昨日の夜から、すこしお腹が痛かったんだ。
それは事実。きっとそれのせい。
「はい、じゃあ行ってこい!楽しんで!」
バン、と鈍い音。
「いって…。」
確認するなり、新沼は僕の肩を叩きやがった。
下郎の分際で、よくこう手を出せるものだな。
僕が今ここにいるのは今日だけなんだから、よく崇めばいいのに。
「はぁ…。」
ため息をつきながら階段を登る。
うちの高校は4階建てで、一年のクラスは4階にあるのだ。
果たして、こんな億劫な階段があってたまるものか。
足が重く、つい顔を手で触ってしまう。
「おい、あっちのやつおもろそうじゃね!」
「いーねー行くか!」
人がごった返し、その会話も自然と耳に入ってくる。
どれが楽しそうだとかやれなんだ、確証のないことをさも確定事項のように思慮し、行動に移す。
人はやっぱりそう。
この前の文化祭準備だって、今だって。
仮想の理想を掲げては、それを達成できたように振る舞う。
そうしなければやっていけないからだ。
吐き気がするね。
僕のように、
そもそもミスをしなければそんなことにはならないというものだよ。
「所詮、自己満を仮想でしか埋められないバカどもか…。」
誰にも聞こえないように、そう呟いた。
ふと見ると、フロアはいつのまにか4階を指している。
「らっしゃいらっしゃい!」
隣のクラスの出し物、フランクフルトか。
センスいいな。
原価率、効率ともにかなりいい。
「いらっしゃい!」
「カフェですよぉ!」
その隣、ついにそこはついてしまった。
正直、自分の中で着くなという気持ちがなかった、
といえば嘘になる。
なぜこんな気が紛れるのかは知らない。
でもとりあえず、トイレにでも行ってから教室に行こう。
逃げてるんじゃない。ただの生理現象。
何人も手を洗ったのだろう。
洗面台の前方、鏡は全面的に水滴に侵されている。
そういえば、学校のトイレなどほぼ来たことがなかったな。
僕がそう思って仰角に目をやった時。
「…………。」
そこには、雄志がいたのだ。
思わず沈黙。
あっちは僕に気付いてない。
でももし見つかれば、何を言われかねない。
僕は静かにトイレを出た。
だされた、と言う感覚で本当に気分悪い。
そういえば、なんで僕はここにいる?
人が多すぎて、まだ僕がいることに誰も気づいてない。
なら、帰ってしまうのもあるよな。
その時、何かの音が頭を遮った。
ー明日、この学校の文化祭は1日だけなんだから、
ちゃんとこいよ。
なんで、なんでこんな言葉を思い出すのだろう。
まさか、まさか僕は罪悪感でも抱えていると言うのか?
そんなわけねぇだろ。何を感じているのか、考えたくもない。
どうせ二人には罵られる。
僕に落ち度のあるミスはなかなかない。
罵られるなら今日しかないんだ。
なのに、僕はなぜ罵られに行く?
そんなことをぐだぐだ考えつつも、僕の足はそちらへ向かっていた。




