Log 44:採点不能
———現在
ところでハヅウィンの日から思っていたけどさ。
僕は一体、“何”になろうとしているんだろうか。
如月誠は冷静沈着、博学で真面目。
生産性を重視して感情に耳を貸さない。
そんな理想像を、僕はいつも抱えてはそれを実現しているつもりだった。
でも、最近はそうじゃないと自覚し始めているのだ。
だから、今回のこのカラオケツアーは、決して無駄なんかじゃない。僕の中の僕を読み解く、そんな時間にすればいい。
なにも非効率なんかじゃない。
そうだよ。いや、そうであれ。
「えっ私こんな低いの!?」
画面を見れば、
そこにはデカデカと70点と表示されていた。
正直楽しそうに歌ってたし、
そこまで低くないと思うけどな。
AIは無残なものだな。しかし否定はしない。
僕も最近、勉強だけでなく、
ビジネス面などでもよくあのAIを使用している。
有能すぎて、逆に気が引けるレベルだが。
「雫下手すぎだろ!w」
「うっさいわね!」
「沙羅いこ!」
「えっ私!?」
沙羅の歌か…。
中学校の頃は…どうだったかな。
何も覚えてないし、思い出したくもない。
沙羅との思い出も、いつのまにか光が消えていた。
僕の目の前からなくなった。
だからこそ。
今、楽しそうに歌っている沙羅を見て思うのだ。
こんな奴らが娯楽とすることに、
僕は参加しているんだなって。
…しかしあくまでも生産性の…ため。
「お意外とうまいやん!」
「全然だよ〜!」
歌い終えると、みんながそう口々に言う。
僕も形だけ拍手して、
なんだか遠くから見守っているような感覚に陥る。
狭い部屋に笑い声が響く。
マイクがその音を拾い、さらに響いていく。
「よぉし、ここで俺が95点越え狙っちゃうぞぉ!」
…ま、僕はこのままでいいかな。
歌わなくていい。分析に徹したい。
目的はあくまでそれだ。
バカの、分析と観察。
履き違えるなよ。
刹那、肩に何かが触れた。
篤の肘だった。
「…なんだよ。」
篤は小声で話す。
「お前だけ参考書開いて、やっぱ楽しもうぜ?それも誠らしいけど、俺はもっと楽しくありたい!」
は?そんな下賤な思い、何が変わると言うのか。
「僕に何を求めてんだよ。」
「…お前も歌おうぜ?ほら、この曲なら歌えるだろ?盛り上がるし、俺とデュエットしよ!」
いや舐めてるのか。
僕は夏休み前ぶりのカラオケだし、歌える曲なんてない。
第一あの頃だって歌ったことない。
確かにこの曲は国民的で流石に僕でもわかるけど、
そんなの入れたら冷めるんじゃないのか?
国歌を入れると冷めるみたいなの聞いたことあるぞ。
知名度のある曲を入れるって、
そういう感じじゃないのか?
大丈夫なのか?
「なぁそう言う知名度高いの入れると冷めるんじゃないのか?ほら、国歌とか。」
「は!?おまそんなこと気にしてたのかよ!国歌は…確かに冷めるけどこれは大丈夫だろ!」
そういうと、ささっと篤は予約してしまった。
「はぁもう…」
「まあそんなに気を落とすなよ!俺も最初はそうだったなぁ、恥ずくて歌えなかったw」
こいつにもそんな時代があったとはな。
感心しつつ、僕はうめきながら体を伸ばした。
参考書を鞄にしまい、ただ雄志の歌を待つ。
歌い終わった瞬間、なんだか心のどこかが震えた。
まるで余命宣告のようだったよ。
「いやこれは行ったっしょ!過去一!」
「これで95行ってたらジュース汲んできてやるぞ!」
「まじ!?いけいけ!」
篤とくだらない会話を繰り広げ、ついに点数発表。
実は僕もちょっと期待していたと思う。
「えっ、まじ!?」
その声も当然、雄志は素点で95を超えてきた。
「は!?」
ボーナスがつくと、その点数は98.632。
多分…みんな引いてた。
「えぐいえぐい!篤汲んでこいコーラ!」
「ざけんなまじかすげ…。」
篤がドアを閉める音がして、ようやく僕は思い出した。この次の曲は僕と篤が入れた曲。
篤がいないなら僕はどうすればいいのか。
「お、センスいい!これ誰入れた?」
誰も何も言わない。
沈黙が部屋をつんざく。
「僕と…篤。」
「うぇっ!?まこっち!!!」
静寂を解けば、急激にうるさくなる。
面白いぐらいにね。
「やばいよもう曲始まる!」
「篤あいつ何してんねん!」
えっカラオケって一時停止とかないのか?
おいまて、僕が一人で歌うのか?
いやそんなの無理だぞ?
「ぼ、僕が一人で歌うのか?」
「それしかないっしょ!篤が帰ってくるまで耐えよ!」
「バー外すなよ〜?」
いや、は?
そんなつもりじゃなかったし!
歌うつもりはなかったし!
そんなの、ただの高校生の娯楽と同じだろ!
…しかし…。
腹を括るか…。
「っしゃぁねぇ…。」
僕の口、動いてた。
初めてマイクを通して声を上げた。
画面のバーはずっと黄色で、たまに赤くなる。
それだけの情報がずっと目の前を流れていた。
みんなの顔を見る余裕もなくて、
ただ僕はカラオケに集中してたと思う。
雄志みたいに上手く歌えないし、雫みたいに楽しくは歌えない。沙羅みたいに感情的に歌えないし、篤みたいに知識とかもない。
なら、僕がここで歌う意味は?
そう思ったから、みんなの顔を無理やり見た。
音程はズレにズレたけど、
みんな楽しそうに手拍子してんの。
バカじゃねぇの。何が…そこまでさせんだよ。
だって僕のソロパートは30秒、
たったの30秒だったんだよ。
そこに何の意味があるんだと思った。
そしてついに、僕のソロパートは終焉を迎える。
やかましいドアの開閉音と同時に、篤が入ってきた。
「やっべ始まってるじゃんか!」
「まこっちキレてもいいんだよ!w」
「ざけんなこの野郎!」
ざけんなこの野郎、と歌の音程に合わせながら言ってしまった。めちゃめちゃ恥ずかしかったけど、
みんな笑ってたからまあいいとしよう。
「よっしゃ俺も歌う!」
しかし篤がまた下手くそでな。
僕だけで歌ったほうがいいんじゃないかってぐらい、篤が来てから外しまくった。
みんなもおい篤!とか言って囃し立ててたし、
僕はこの時間が愛おしく感じてしまう。
それが悪いことなのかすら、
もう僕にはわからなくなったよ。
点数、81点だった。
なんだよ、全然じゃねぇか。
そうやって自分を嘲笑した。
「…全然ダメだな。」
「何言ってんだよ、楽しかったぞ!」
篤がそう言うと、みんなが何か言う。
「意外とまこっちうまいじゃん!この点数は篤のせいだな〜???」
「誠初めてだろ?それでこれなら原石モンよ!」
「私よりボーナス入ってる〜!」
でも、そんなの表面上の形。
ボーナスの付け方を知らないから、このボーナスは篤がつけたものだろう。音程はガタガタだし、デュエットだし。
こいつらの褒め言葉、僕にとってはそうじゃない。
だって、中身はこんなにボロボロだから。
「音程78%しか取れてないし、全然…ダメだよ。中途半端にしか歌えない…。」
小声で言ったつもりが、意外とデカかったらしい。
「だぁれも音程なんてほぼみてねぇよ!」
雄志がそういうと、次に篤が口を割る。
「お前、カラオケは点取るゲームじゃねぇぜ!雄志みたいなのは確かにすげぇけど、カラオケなんて楽しけりゃもーまんたいよ!」
僕は右手に持っていた単語帳を鞄にしまった。




