Log 41:烏の正論
◆◆◆
「櫻井さん…?」
櫻井は眠っていた。
右腕の米本に起こされて、
すこしイライラを隠せていない。
「起こすナァ…。」
「すみません…。どうしても聞いておきたくて。」
二人しかいない車内。
運転席の大木はタバコを吸いに行っている。
メイド服を着た喫煙者など、
かなり夢が壊れる感じだが…。
誰もいない路地裏なので問題はないだろう。
「その…。やっぱり気になります。なぜあの店に執着するのか。櫻井さんは全てを数値化して、効率を第一に考えてきたはずです。なのに、あの店のこととなるとそうはならない。」
「…そんなに…知りたい…のか。」
一層低く声が出て、なにもない語尾が逆に圧を強めた。
「…ワイの…息子のせい…とでも言っておく。」
「櫻井さんの…息子?」
米本がそう聞くと、櫻井は眉間に皺を寄せる。
よほど話したくないらしい。
「しかたがない。いずれわかること。自分から話した方が…いいよな。」
それでも彼の内心は決まっていない。
全貌を話す、やめる。
その思考だけが頭を周り、
沈み行く太陽が一層車内の埃を露呈させた。
「どう…話そうか。」
婉曲した表現が浮かんでは消え、
泡のように粉々になっていく。
腕を組み直した彼は、指を口に当てた。
瞬きが増えて、
「えっと…」やら「あの…」と言った言葉が飛び交う。
「あぁ、そうだな。」
さらには唇を噛んで貧乏ゆすりまで始めた。
見る動作を一つに絞ろうとしたとしても、
その全てが目に入るのである。
そして櫻井は車のドアをあけた。
「ちょっとまて。」
焦らされ続けた米本は、
すこし苛つきに苛まれている。
意味もなく、車の周りを周った櫻井はついに戻ってきた。
「ふぅ、わかった。」
目を閉じて自嘲気味に笑った彼は、
拳を握って口を割く。
「ワイの息子はな。昂介って言うんだよ。こうすけ、だ。…もうこの世には…いないがな。」
その言葉だけで、車の中に漂った雰囲気が変わる。
「単刀直入に言おう。俺の息子はな。」
息を飲む。
「自殺した。」
「…!?」
ただ、息を飲む。
「理由は、よくわからないんだ。遺書なるものは特になく、『ごめんねお父さん』という文字列が遺書として認められた。他殺だとは思ってないけど、理由は知っておきたいだろ?」
まだ、息を飲む。
「あそこにいる葉月沙羅とやらはな、それに関わってるとはよくわかってない。でも…、一人確実に関わってるやつがいる。」
目を見開く。
「…そいつを…誘き出すため…に…櫻井さんは…!」
「そいつの名前はな…。」
刹那、大木がタバコから帰ってきた。
別に話し続けてもよかった。
でも、櫻井の緊張は特に高まっていたため、
もう口を割くことはないだろう。
「…おかえりだナァ…。」
そして時刻は、誠のシフトである16:00を指す。
◆◆◆
夕陽が差し始めた頃の商店街は、
まさに空虚と賑わいが同居するような不思議な感覚。
ひらひらと飛ぶ烏たちが、商店街に陰を落とす。
そして沙羅の店の前に、
“黒い烏”が姿を見せた。
「ねぇ誠くん遅くない?」
沙羅がそういうと、一斉にスマホで時間を確認する。
確かに、もうシフトである16:00を5分過ぎた。
沙羅と雫が帰ってきてもう5分。
誠が出発してもう1時間が経とうとしていた。
「もうあっちで仕事してんじゃね?」
「でもあたしたちがやってた時まだまこっちきてなかったけど…。」
そんな会話が広がって、
少し紅い世界に暗がりができあがる。
「俺みてくるわ。」
篤がそういうと、すぐに裏に回っていった。
ドアが閉まる音だけが鮮明に聞こえる。
そして、店の前の烏はその窓から顔を覗かせた。
「…お、おい、あれ…。」
雄志がその不穏に気づいたのか、
迫り来る黒服たちを指差した。
沙羅ママと沙羅パパは一目散に目を開き、
そして息を荒くする。
これで黒い烏が誰なのか、はっきりしたわけだ。
「急にすまないナァ…。」
声は相変わらず重く、脂汗を誘う。
狼狽と緊迫の混ざるそんな気分で、
雄志たちは手を握った。
篤がいない、それに。
まだ誠は帰ってこない。
「なんだか…面白そうなことしてるナァ…。」
「は、はい。自分たちが企画した、ハロウィンならぬハヅウィンで…」
「んなことどうだっていいんだよナァ!!!」
怒号とは呼べない。
それは感情だけじゃない気がしたからだ。
「…!?」
「如月誠…、どこにいる。」
口調があからさまに変わった。
淡い紅に染まっていた店内は、一気に消え込む。
店内にいた客たちが遠ざかり始め、
ついにはそこに残ったのは9人。
雄志、雫、沙羅、その両親、櫻井、米本、大木と助手席の男である。
「い、今あいつはいないんだよ!」
「…なんだと、そんなことあるわけないだろうナァ…。」
「本当だ!」
「そこの女から、如月誠は効率主義者だと聞いている。ならばそれまでだったというわけですね。」
米本の口から出たその言葉は、
櫻井のため息を発生させた。
「人はナァ。絶対許せない人物ってのが絶対いるもんなんだよナァ。」
急にそんな話をして、
場の緊張はさらに広がる。
「ワイにも、そりゃいるわけだナァ。」
「…そうかよ。」
「一人だけ、特別に教えてやるから耳をかっぽじってよく聞け!」
口調の変化は、確かに彼を彼たらしめている。
櫻井という男が形成される過程において、
その人は多大な何かをしたんだろう。
それは一体。
そんな思考だけが全員の頭でぐるぐると回っていく。
「…あぁ、思い出したくもない…。誰だった…か…。あぁそうだ。優星だった。
優星、優星だ。
優星。
優星。
優星!!!!!」
刹那、櫻井は近くにあった飴売り場の台を思いきし叩いた。
飴を包装している袋がいくつか落ちて、鈍い音もする。
電柱に止まっていた烏たちが飛び立って、
野次馬をしていた客たちが完全に視界を外れた。
「名字は…覚えてないな。憎たらしくて…たまらねぇ。」
賑わっていた店は一変、もう本当に誰もいなくなった。
半径10メートルにいた客たちも、ついには走り出す。雄志たちも、だんだん後退りが多くなる。
「…おっと、過去の感傷に浸ってしまったな。
そんなことはどうだっていい、如月誠を出せ。」
「な、なんでだよ?」
「なんでもだよ!ワイたちはな、ニュータウンの建設に人一倍尽力してきたグループなんだよ。それを実現させるために潰さなきゃならねぇ店はたくさんある。」
この商店街を牛耳っているのは、どうやらこいつらのようだ。しかも、悪とも言い切れない微妙な。
「なのにそのリストにあった、潰れるはずの店をこうも簡単に再建されると、こっちも困るってのがあるんだよ。」
思いはあるのだろう。
だが、
それで沙羅が納得するとは到底いかないのだ。
「そんな…おかしいと思います!なんで、そこにある人の気持ちも、歴史も、全部全部投げ捨てて!新しいものに全部変えていかなきゃならないんですか!」
櫻井は舌打ちする。
「そんなの…!過去の記憶を消すようなものでしょ!」
「ガキにはわからないと思うけどなぁ…。この世に感情とかじゃ処理しきれない、割り切れない物があるんだよ。」
言っていることが、正しすぎる。
「ワイらはまさにこの商店街を管理する側の人間。だったら当然、自分たちの利潤を優先する。それにそぐわない物は添削していく。ワイらがいなけりゃ、とっくの昔にこの商店街は潰れてんだよ。」
そうだ。言っていることが正しすぎるのだ。
間違った意見には反応できるのに、
こうも筋を通されると感情論だけが頭に浮かぶ。
沈黙が空気を割き、雄志たちは唇を噛んだ。
「…誠、隣の店にいなかった…って…え?」
「…本当に…いないのか?」
篤が帰ってきた。
扉が開いて第一声、何も考えてない腑抜けた声。
それがつんざくは、重たい雰囲気である。
「…な、どうしたんですか。」
「如月誠がこの店を再建した代表格だと、そこの女から聞いている。その方法を尋ねにきたまでだ。」
「…あ、あいつ?…んあ、ほ、ホームページ…!とか!」
今の篤にできるのは、そう答えることだけ。
また静寂である。
ふと見た外で沈みかけている太陽が、
こちらを嘲笑するように思えてきた。
刹那、櫻井の声がする。
「…すまない。カッとなった。理由のない怒りは悪だが、正当な怒りは必要…だ。」
それを言った瞬間に、櫻井は後ろを振り向いた。
徐に取り出したタバコに火をつけて、
一つため息してからまた言った。
「今月の分、ちゃんと払え。」
扉の音で、そこにいた全員が武者震いした。
言葉を置き去りにして。
「おい手嶋、早く乗れ。」
「さーせん。」
助手席の男は、手嶋と言うらしい。
車の音で烏が全て飛び去り、
揺れる電線だけがこの一幕を語っていた。




