Log 35:剥落するペルソナ
「…っ!!!投稿、したぞぉぉぉ!」
その声が聞こえたと同時に、普段喋らない沙羅、いつも大きい声は出さない雫、そしていつになくうるせぇ雄志の声が聞こえる。
「ふぅぅぅ!」
「やったねぇついに!!!」
「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして僕も、声を荒げたかったところだが。
寸前まで行って、僕の中の抑止力が堰き止めた。
はしたない。非効率。無駄なエネルギーだ。
「僕も、公開した。リンク貼っとくから送って。」
冷たく接しろ。
僕は如月誠なんだから。
「わかったぜ!俺が送っといてやる!」
「…ってか、サムネはどうしたんだよ?」
「?もちろん俺のメイド服姿だけど?」
「うぇ、あっつんのサムネとか見る気失せる〜。」
「ざっけんなよ!?」
声にならない声っていうのかな、
ぷふっ、って感じの笑い。
データはあれど、僕はそんな声出したことなかったんだけどな。
この時ばかりは、
みんなよりも0.5秒くらいフライングで笑っちゃった。
「おーい誠も笑いやがって!お前らなんだからな、俺にメイド服着せたのは!滑っても知らないっ!」
「いや、あっつんノリノリできてたじゃんw」
「そもそも文化祭で着てるだろ!」
「いやたしかにね?」
雄志と雫が囃し立て、周りが笑った。
いつもと変わらない、ただの日常。
なのに何か胸騒ぎがするんだ。
ショート動画の動画も、毎日投稿で1ヶ月ほど耐えられるストックがある。
もちろん全部編集したわけじゃないけどさ、
こうなってくると、ある事実が浮上する。
いく必要が、特に無くなるのだ。
全部学校で完結する。
…なんだろね、ちょい寂しい。
「…で、さ。」
そんなことを思い馳せていると、
低い声で雄志が語り出す。
「…次集まる日さ、どうするよ。」
まさに、僕が言おうとしていたこと。
一番触れたくない部分だ。
「え…っと、そうだな…。みんなの負担も考えてさ、必要最低限にするか?」
篤がそういう。
それが一番効率的だ。
僕は最近勉強をあまりしてない。
しても一日4時間。全然足りてない。
「…そう…だね。…でも、学校では会えるじゃん?」
「だな。」
僕は一言も発さない。
こいつらに任せてみる。
「…拡散とかは絶対しろよ。あと!通話はやるんだからな!」
その言葉を最後に、10秒の沈黙が流れる。
秒針の音だけが、僕たちの世界を刻んでる。
これに意味はあるのか、生産的なのか。
僕はプロジェクトに参加する時、自分にそう問った。
正直もう僕にはわからないよ。
僕は満ちたりない。
僕が生きて来た世界に、こんな気分は存在しなかった。
だからね、信じることしかできないって思う。
ずっっっと、ずっと最近ぼやけてた部分。
それが確定した。
「…あのさ、僕はこのプロジェクトに加担したからには、絶対成功させる。お前ら、気を引き締めろよ。足引っ張るな。」
僕は、やりたいんだ。これを。
「…おう。」
その同意の声が、一体どれだけ僕の心を沈めたか。
「まこっちがそこまで言うなら、私だって頑張る!」
いや僕がなんと言おうとがんばれよそこは。
「…なら、誠もメイド服着ないとな。」
「だからいつまで擦ってんだよ!」
「みんな私の店のために争わないでっ!」
「たまれ!」
口角が上がりかけた、そんな時。
「…うるさいわよ。ねぇ。」
背筋が凍るって、こういうことなんだって。
母さんはさ、怖いんだよ。
「あなた…調子乗るんじゃないわよ。」
僕は調子に乗ってない、何もわかってねぇなクソババア。
そう、言いたかった。
気にせず言えていたその言葉。
母さんの死んだような目を見ると、それが言えない。
「あなたは何も成せない。ただ天才と自称して、それを超えていくだけ。あなたには何もできない。」
ふざけんなよ。
僕は…確かに僕には何もできないかもだけど。
僕じゃないやつらは、僕とは違う。
僕にないものを、確かに持ってるんだって。
それは僕がずっと見て来たこと。
立ち上がって、睨みつけた。
「だからお願い。早く寝なさい。私の邪魔。」
大声でも出してやろうと、大きく息を吸った刹那だった。
「父さんみたいになるわよ。」
確かにそれは…そう。
ずるいだろ。これは。
親の狡猾さ、そして狷介さ。
僕が狷介な訳を、頭を殴られたように理解した。
———僕は、静かに通話を切った。
「あなたはね…。ある意味、とてつもないバカなのよ。」
ここで、僕は臨界点に達した。
「黙れ!」
低くても、比較的大きい声で。
かつ唇を噛みながら。
「なら…そんなに父さんを思うなら、殺せばいいだろ!」
人は、極論を言われると後ろに退く。
誰かを言い負かしたり、譲れない時。
飛躍論理を使えばいいのだ。
僕っぽくはない、でもそんなの今は関係なかった。
「産まなきゃ…産まなきゃいい!」
母さんは黙った。
はっ、僕の方が、一枚上手なんだ。
「そうね…。」
…なに…を…言い返す?
「そうね!!!おろせばよかったわ!あなたなんて!」
…っ!…そんなの…言っちゃダメだろ…?
「…寝る。」
「そうすればいいわ!」
はぁ…この会話、あいつらに聞かれなくてよかった。
そしていつも通り、僕は電源を切って眠りについた。
◆◆◆
「…な、なんだ今の?」
誠は気づくはずもない。
通話は、抜かれていなかった。
誠が電源を切ったことにより、彼のスマホのデバイスはシャットダウン、そして強制的に通話から離脱。
つまり、その間は筒抜けである。
「…沙羅、今のはなんだよ。」
コオロギの声が、少しうるさく響く部屋。
沙羅はその部屋で顔を暗くする。
「…誠くんの…お母さん…だと思う。」
「いや…そんな…でも!」
雫は何か弁解しようとする。
でも何も思いつかない。
当たり前だ。
全員が、誠への同情と母へのヘイトを得たから。
なのに沙羅は特に何も言わない。
「そんな、誠の家って…そんな感じなのかよ?」
「さっちゃん!何か知ってるなら言ってよ!」
みんなが沙羅に情報を求めるのは自然。
幼馴染である彼女は、何かを知っているはずだからだ。
不自然なほどの沈黙、そして誰かのため息。
それが充満した時、沙羅は口を開く。
「ごめん、ちょっと話せないかな。」
そら、全員納得はしない。
「な、なんでよ?」
「これはデリケート…っていうか…その、個人のプライバシーっていうかさ、ちょっと私の口だけでは…。」
「はぁ!?そんなのありかよ!確かに誠とはずっと一緒にいるかもだけど、俺たちだって立派な友達になったんだからな!知る権利ぐらいあるはずだろ!」
沙羅の内で、動悸がはくなっていく。
鼓動が鮮明に聞こえ、息が荒くなる。
「まあ待てよ。篤、お前熱くなりすぎ。」
「…ごめん。」
その言葉で、沙羅の意識は戻って来た。
月光が刺す机にうつ伏せになって、ただスマホの画面を眺める。
そして3秒だけ目を閉じて、沙羅は言う。
「みんな、私もよくわからない。誠くんの性格はもう痛いほどわかってるでしょ?あの性格じゃ、何も教えてくれない。」
頷くしかない。
「断片的な不正確で不鮮明な情報だけ、私は持ってる。そんなの、ただの推測だし。広めて嘘なら、私は誠くんに嫌われちゃう。それは絶対避けなきゃだめでしょ?」
それはそうだ。
このプロジェクトにおいて、正直誠の存在意義はかなりある。
誰も口にはしないが。
「ただ、私から一つだけ話せることはあるよ。」
誰も何も喋らないけど、
沙羅にみんなが耳を傾けているのがわかる。
「誠くんが抱いて来た生産性とかは、絶対に何か理由はある。誠くん、昔はあんなんじゃなかったんだからさ。しっかり者で、私にも傅くようにしてくれて。憧れの人だった。」
吐息だけが、その場の空気を和らげる。
「…多分、お父さんのことが関係してる。誠くんのお父さんはさ、誠くんが小学2年生の時にいなくなってる…ってことだけ、私は伝えられてる。」
沙羅が濁した、その理由がわかった気がする。
重力がおかしくなりそうだ。
情報の質量が確実に違う。
「…ごめん、沙羅。話してくれてありがとな。」
「そ、そうだぜ。誠に怒られるし、この辺で通話は切っとかないとな!」
「さっちゃん、じゃね!」
もう真夜中だ。
あっけない通話の終わり?
いや、多分、みんな逃げただけだ。
◆◆◆




