Log 34:滲み灯るシグナル
「元気にやってるかナァ…。ってそいつらが誰か気になるナァ。」
声が重く、僕にのしかかった。
とにかくタバコ臭い。
近所のおじさんが吸った匂いが、たまたま沙羅の家にこびりついていたのかと思ったが、違うらしいな。
「う、うちのお手伝いさんたち…ですよ〜。」
沙羅ママが作り笑いをする。
高低差に吐き気がしそうだ。
「…。」
「すまないね君たち、今からお兄さんたちはとっても大事な話をするんだ!席を外してくれるかな?」
黙っている親玉らしきサングラスの代わりに、
近くにいたやつが僕たちに話しかけてきた。
「わ、わかりました。」
この状況だったら、何もできない。
全員わかっていたんだろうな。
すぐにのれんをくぐり、外へ出た。
沙羅たち以外の全員が外へ出ると、親玉らしいサングラスがこちらに優しく手を振った。悪いやつなとは到底思えない。
そしてすぐさま、
メイド服を着たとてつもないゴリマッチョが、
扉を勢いよく閉める。
僕たちは少し怖くなり、とりあえず離れることにしたよ。
「あれが…借金取り?」
近くのコンビニに来た僕たちは、まずその話題から入る。
「まだ断定はできない…。」
ただの客かも、しれないからね。
しかしどう考えても普通じゃない。
「何も…今はわからないね。でもとにかく、沙羅の家に60万の借金ができてる。それだけがわかっただけで収穫!」
「だな!ネット戦略もなんとかなりそうだし。」
その通りだ。
SNSも開通、今日からホームページも公開。
…でも、それ以上にあの男たちが印象深くてさ。
その日の僕たちは、ほぼ無言で帰路についた。
◆◆◆
「…で、あれがガキかナァ?」
「…そうです。」
櫻井の冷たい視線は、暖まっていた室内を急激に冷やす。
出ていた雫ももう引っ込み、ただ下を向くことしかできない。
「まさか貴様ら、借金のことを喋ってないだろうな!?」
櫻井左腕、米本。
金色の腕時計をつけた、典型的なグレだ。
「そうだったらどうなるか…わかってるよナァ?」
「決してそんなことはございません!」
その返事の5秒後、櫻井はタバコを取り出した。
「…っ、ふぅ…。」
「…。」
硬直する店内だが、櫻井だけはウロウロと歩き回っている。
「まさか…忘れてねぇだろうナァ。
今月末までに…20万、返せよナァ。」
沙羅ママの口の中で、何かが弾ける音がした。
おそらく唾だろう。
俯いたまま、ただそこにいるだけ。
男たちはそれでも睨むのをやめない。
「んで、あれが借金取りってわけかよ?」
通話は終焉を知らない。
やる気は凄まじく、その日のうちにサイトが完成し、投稿予定の動画も編集し終わり、何もかもが順調に進む。
だけど、毎夜の通話だけはずっと続くのだろうな。
そう思った。
「うんそう、ごめんねみんな…今日は…。」
重い空気は決して抜けきらない、
でもその中に他の空気も混じってる。
「いやなんで謝んだって!」
僕は、その会話を片耳で聞いていた。
パソコン上に映る景色は、僕を酷く緊迫させる。
あと一クリック。あと一クリックで世界に公開する。
人生で初めて何時間もかけたもの。
それが、羽ばたくのが近いのだ。
「でもさ…60万なんてどうやれば…」
この調子じゃ、サイトの公開は遠くなりそうだ。
僕がさっさとこの空気を終わらせる。
「SNSが伸び始めたら、クラファンでもやればいいんじゃないか?」
「クラファン…成功するのかな…。」
「一からのクラファンは失敗しやすいんだ。なら、多少の名声を集めてからの方がいい。」
1月になってもフォロワーが増えないなら、
まあ仕方ないけど…クラファンを一から開始すればいい。
「それに、そんな先のこと心配しても仕方ないだろ、今は今を頑張るしか僕たちには何もできないんだから。」
空気がまとまっていく気がした。
その後、数秒の静寂を割いたのが沙羅。
「今月中、目標とか決めたほうがいいんじゃない?」
「確かに!」
雫が同意すると、すかさず沙羅が元気よく言う。
「なら20万だ!」
馬鹿げてんな、大きい額なだけまあいいけどさ。
本当に集まると思ってんのかねぇ。
…いや、集めるのか。
「目標はでけぇほうがいい!な!」
篤がそう言うと、沙羅は小さく笑った。
声が嬉しそうだったんだ。
「そうだね。…って、サイト公開するけどいい?」
「っおい、急になんだよ!お前、頑張ってたもんな。」
なんだよその同情。
このくらい屁でもないわ。
「うるせぇよ。ってかお前らSNSは投稿したのか?」
「いや、まだだ。」
ショート動画の編集など、僕にかかれば3時間もかからない。
素材が送られてきたのは16:00、今の時刻は23:32。
終わらないわけがなかろう。
「なら、僕のホームページ公開と同時に投稿しない?」
「お、いいなそれ!」
篤の元気良い声が、家中に響いた。
僕は少し心躍りながら、久しぶりにAIを開く。
“ホームページを公開する。一番効率いい時間帯はいつだ?”
“効率の定義を確認します。
公開ボタンを押す時間を最適化しても、総アクセス数への影響は限定的です。
優先順位を修正してください。
重要なのは公開時刻ではなく、
1. 検索エンジンへの登録
2. SNSでの告知
3. 継続的な更新
4. ページ表示速度
です。
それでも公開時刻を選ぶなら、利用者の活動時間帯である18時〜22時を推奨します。
ただし、この最適化によって得られる利益は数パーセント程度です。”
…つまり、その質問は非効率ですよ。
と切り捨てられたわけだ。
鼻につくAIだが、言っていることは正しい。
僕が間違っていたよ。さすが、僕の相棒だ。
それに最近使っていなかったからなのか、少し心にきた。
「誠、準備はいいか!?」
「おうよ、こいこい。」
僕はマウスカーソルを合わせた。
この一クリック、このクリックだけ。
これだけで、僕の作品は世界に雪崩れ込む。
僕はもう、とっくの昔に覚悟を決めている。
だから、なんの躊躇いもない。
どうせ成功するさ。
生産性を突き詰め、あらゆる知恵を用いたサイト。
これが炎上したりするなら、この世界が間違っている。
さ、始めよう。




