Log 33:綻ぶペルソナ
「お前たちさ、隠してること…あるよね。」
ギョッとした目つきに、言うのを躊躇った。
僕の得意科目は数学である。
論理的に何かを考えることが、とても得意なのだ。
だから、だからこそわかってしまうことがある。
「単刀直入に言います。………借金。ありますね。」
凍りつく店内。
幸い客はいないものの、プロジェクトメンバーは全員いる。
「おかしいと思ってたんです。まず違和感を感じたのは仕入れ20万、売り上げ6万です。」
この時ばかりは、言葉が止まらなかった。
そして僕は、沙羅ママに参考資料として求めた帳簿の話を出す。
ちなみに個々の仕入れ値も全部渡してもらった。
だから、帳簿と厳密な原価率まで揃ってたよ。
「8月分の売り上げ帳簿見せてもらいましたが、6万しか売れてないのは本当でしたね。20万の仕入れでそれなんてかなりやばいです。家賃と光熱費とか、諸々も払ってるんなら数ヶ月ですでに倒産してるはず。」
1ヶ月に数十万飛ぶのなら、本当にそうなる。
「この店は在庫の発注が30日ですよね。で、在庫が届くのは1週間後。ですから、30日から1週間以内に残った在庫の総合値は仕入れと売り上げの差分なければなりません。」
つまり仕入れまでの1週間、
調べれば本当の赤字額がわかるわけだ。
「そこで、10/4に在庫を一回全部調べたんですよ。
あの日、本来届かないはずの翌月在庫が届いていました。だから、そのままでは九月の売れ残り額を計算できません。ですから、発注履歴を見て逆算しました。
9月の帳簿によれば、仕入れが19万で売れたのは6万。
仕入れと売り上げの差は13万でした。でも、
10/4時点での在庫から不自然な追加在庫を引いた仕入れ値ベースの総合値は5万ほど。
厳密には売値が仕入れ値の1倍なわけがないので、メモして家で全部計算したんですよ。
商品ごとの値段から逆算した結果、仕入れ値ベースだと売れた分は約4万でした。
それ+売れ残った5万。つまり、本当に仕入れてるのは9万ぐらいじゃないんですか?」
図星、なのかわからない。
顔に出ているのは沙羅ばかりで、沙羅ママの反応がない。
もう少し詰めるか。
「変ですね。故意かミスか知りませんけど…というか、最低でも19万ー9万の10万は用途不明。」
その差の正体、それはこうでなければ辻褄が合わない。
「いろいろ候補があって絞りきれませんでしたが、さっきの言葉で確信しました。金を焦る。つまりなきゃ困る状況。
それに…度々見かけた黒い車から出てくる男。ってことは…借金の返済分じゃないですか?でも返済できずにいる。それなら表面上のマイナス分は仕入れはせいぜい数万。危険な状態で、店を続けられるのか怪しい値です。でも、借金は溜まり続けてる。それがバレないようにうま〜く話を合わせたんでしょ。でも、あまりに荒すぎる。調べられれば一瞬でバレる。」
ようやく唇を噛んだか。
借金分をあたかも赤字で飛んでいく金のように装い、
僕たちに借金を隠してたわけだ。
「なら…10倍って…?」
「三月までに10倍にできれば、余裕で完済できるからそうしようって、そう言う感じで決めたんじゃないんですか?」
ちなみに、借金だと断定まではいかなくとも決断したのは賭けだった。怪しいこと、例えばタバコの匂いとか色々あった。
それだけじゃ不十分だったから、一発打ってみることにしたわけ。
どうやら、うまくいったらしいな。
止めを刺す。
「こういうのって…私文書偽造罪、僕たちを騙したんで詐欺罪も成立しますけど。」
顔を落とし、沙羅ママは何も言わない。
犯罪名、慣れてない人にはそれをいうだけで圧になる。
実として、沙羅は泣きかけている。
正直本当に犯罪に当たるかはハッタリ混じりだ。
わからん。でも、圧をかけるだけなら十分。
「…もう…いいじゃないか。」
今まで一度も聞いたことなかった声が、聞こえた。
誰の声かと奥を見れば、そこには痩せ細ったおじさんがいた。
記憶の片隅にある顔と照合し、それが誰なのかわかる。
あれは、沙羅パパだ。
「隠すつもりは…毛頭なかった。でも、そうしなければ協力は得られない、そう踏んでしまった。」
そんなわけ…っ!
「毎月10万。借金返済が必要。でも返せていない。マイナスを偽ればすぐにバレる、ただし借金のマイナスだとは知られたくない。そこで、過去数ヶ月の帳簿を改竄して、確かに君たちに見せたよ。」
「現実離れしていて、すぐバレる。そんなことも分からなかったんですか。」
「君は…すごい。」
褒め言葉なんて今はいらない。
説明も、もう十分。
今求めているのは…間違いなく謝罪だろ!
「なぁ沙羅…本当に…借金あるのか?」
もちろん僕の推理は正確じゃないかもしれない。
綻びがあって当然のこと。
でもその言葉を聞けば、大方あっていたともう確信した。
「あ…る…。私も…何回か叩かれたりした。もうさ…。
っ、その…抱えきれなかったんだよ…。っだから…ごめん…。みんなを…巻き込んで…。」
夏休みに電車で、僕が沙羅に触れようとした時怯えていたのは、それのせいだったのか。ようやく説明がついた。
「…みんな…よくしてくれたのに…ごめん。打ち出せなくて。全部私の責任よ。」
「そんな!お母さんだけのせいじゃない…。」
やめろよ。こんな状況で。
ここは僕が…、
「…何言ってんすか!」
と思ったら、雄志が声を上げていた。
「気づかなかった僕たちのせいっすよ!」
いや…まあ…その言い方はちょっと僕が傷つくけどね?
「誠の話が本当なら、たしかにやばいっす。でも、それが再建をやめる動機になるわけないじゃないですか!」
すると、それに便乗した篤が話す。
「そ、そうです。1ヶ月ちょっと、しかも何回も来てるわけじゃない。でも俺たちはこの店の良さがわかったんです!それに…今ここで辞めたら、どこでこのメイド服を着るんですか!」
流石だ、篤。
こういう場の崩し方がわかっている。
あとは僕に任せろ。
「借金、いくらですか。」
「…へ?」
「借金、いくらなんですか!」
沙羅ママは今まで反応が薄く、あまり見てなかった。
でも、確かにその目には浮かんでいる。
気づけば沙羅パパがそばにいて、背中をさすっていた。
「自分が代わりに答えよう。借金は、60万ちょっとだ。」
本当に10倍とは…。
十分大きな額だ。
「わかりましたよ。その額、絶対に返しましょう。」
僕がそう言った刹那、沙羅たちは顔が晴れた。
ほんと?とか、そんなのがなかったのはおそらくそれだけ追い込まれてるってことなんだろう。ことの深刻さ、それがひしひしわかる。
「…!」
「当たり前じゃないすか!」
雄志の言葉にさらに晴れる。
「もうほんっと水臭いわねぇ。」
雫の言葉に笑う。
「バカかよ、言えって。」
篤の言葉に安堵する。
「任せてください。僕ですから。」
そして締めに、僕がいかにも主人公っぽいことを言う。
笑顔の裏にある恐怖が、消えている気がした。
思えば今まで、何かが引っ掛かるような笑顔。
それは恐怖だったのだ。
それが今、ない。
「うぅ、あぁ、ああありがとうぉ!!!」
髪の毛が立って、袖が鼻水で汚れて。
そんな姿を見せられたら、僕だってくる。
「泣くなよ…。」
みんな同じ気持ちだった。
ギリギリの、寸前の崩壊。
それを堰き止めるように、店の扉が開いた。
「元気にやってるかナァ…。ってそいつらが誰か気になるナァ。」




