Log 31:二ノ宮
10:35
やばいやばい、ちょっと遅刻した。
たかが5分、されど5分。
なんと言われるのだろう。
まあ、僕だったらブチギレるし、何を言われても不思議ではない。
「うぉいうぉいうぉいうぉい?誠くぅん?」
そう変な口調で煽ってきたのは、まあ他でもない篤である。
正直イライラしないわけないし、悔しかった。
だけどな。嫌な奴じゃないとわかっているこの感覚と、
正体不明のストッパーが僕を止めている。
「ごめん…。」
「いいってことよ!俺は早く中行きたくてウズウズしてるんだからよ!」
そういうと、すぐに篤は扉を開けた。
相変わらずの過疎り具合に安堵しつつ、レジ横で寝落ちしている沙羅ママと沙羅を見つけた。
「おねぇさんきましたよ?起きて!」
雄志は相変わらずの態度で接する。
コンビニで買ったであろうグミを片手に、
レジ横の机をトントンと叩く。
「…あ、あらぁ、いらっしゃい…。」
半開きとすら呼ばないその眼差しが僕たちを差し、
沙羅も同時に起き上がった。
くだらん前置きは早く終わりにして欲しいものだな。
手に持ったノートパソコン結構重いし、早く荷物置きたい。
「今日は案外時間ないっぽいし、部屋いこ〜。」
雫がそうみんなを先導し、例の銀の扉を開ける。
やはりレトルトカレーの匂いが残っていて、少し安心した。
でも安心できないこともある。
いやそれは僕にとって全く関係ないことだし、気にするだけ無駄なのかもしれないが…。
やはり少しタバコ臭い。
一階でこれか、と思うと少し胸騒ぎがする。
「ちょちょちょっと待って、これってもしかして例の物じゃねぇか!?!?」
段ボール箱を見るや否や、篤が大興奮でそれを見つめる。
駆け寄って商品名を見れば、その感情は高まったみたいだ。
「きたきたきたあ!これが…これこそが幻の装具ってわけかよ!見るものを魅了し、支配してしまう!」
馬鹿げてる。
切り捨てたいところだが、なんだか面白くて聴いてしまう。
「そう…メイド服っ!!!」
ここで補足しておこう、篤の推しの8割はメイド服を着ている!
つまりやつは、生粋のメイドファンなのだろう。
到底理解には及ばない、でも末路は気になるよな。
「ばっかじゃないの?私の金なんだからね?」
雫の言葉が刺さる。
そうだった、こいつが買ったんだったな。
「マジ意味わからん俺にそんなに着せたいかよ?」
「めっちゃ着せたかった。」
目を輝かせている。
そこで、僕は言葉をかけた。
「って、やっぱり雫はオトコの娘好きだった…ってわけか…。」
「ち、違うわよお!!!」
僕も自分で言って笑ってしまった。
と同時に驚いた部分もある。
無意識に出たような、そんな感覚。
バカな発言はしてこなかったのに、さっきの僕は明らかにウケ狙いで発言した。
悪いことじゃないんだろうけど、僕にとっては悪なのだ。
……控えよう。
「そんなにほっぺ膨らませるなって!」
「ゆーちんにはわかんかいでしょーね!私は今歩くオトコの娘データベース呼ばわりされたのよっ!しくしくっ!」
大袈裟な演技だし、僕はそんなこと言ってない。
余計面白くなっちゃって、思わず口元を押さえた。
でも僕の笑い声が届くことはない。
みんながもっと笑ってたからね。
「ってことで、この店のホームページ作ったんですけど、公開していいですか?」
「ええもちろんいいわよ。一回公開する前に見せてもらえる?」
手に持ったノートパソコンはかなり熱くなっていた。
行きの電車の中でも、僕は構わず編集を続けたからだ。
「…っ、すごいわね、めっちゃすごい!」
開いた途端、アニメーションで店のロゴが表示。
頂いた写真を見栄えよく配置。
フォントは明朝、すぐに目次も表示。
これ以上ないだろう。
「お、これ俺の考えたロゴじゃねぇか!」
「まじだ、かっこよ。」
下にスライドしていくにつれ、
メニューや値段、それぞれの魅力も表示される。
特に力を入れたのは『居場所』としてのこの店のあり方。
ここの説明はAIとも何度も相談したところである。
ドヤるつもりは毛頭ないが、
褒められるたび何かが満たされていく感覚に侵される。
「へー、感想書くとこもあるんだね。」
「まこっち…やりおる…。」
レビューや感想も、一番下の目が届く範囲に置いてある。
こう言うのを見せないと、いちいち店の口コミに飛ばないといけなそうで大変だからな。
まだ感想は投稿されてないから、これからに期待だ。
「そ、そういえば、俺たちが作った動画とかも貼れるんじゃなかったか?」
お前の言葉、忘れると思うかよ。
「忘れてるわけねぇだろ?ここにお前らのやりたがってるSNSのアカウントとかのURLを貼れる場所も作ってある。」
指差したのはページトップ。
正直、SNSが成功した時の爆発力。
あれには目を見張るものがある。
使わないのは流石に勿体なさすぎるし、
睦月隼に宣伝を頼めば多少は伸びると思う。
「お前、やっぱすげぇよ!早速、早速動画とろ!」
「っおい待て、気が早過ぎだ!」
僕の呼びかけには誰も反応しない。
「うるせーやーい、お前らいくぞぉ!」
「雫と沙羅にもメイド服着せるから覚悟しろよなぁ?」
「え、えっ!?」
なんか、いかにも高校生って感じだな。
予定のなさと言い、行動力と言い。
僕とは…違う次元にいるみたい。
タバコの匂いか介在する部屋を出ていくみんなを見ながら、
僕は正座から立てないでいた。
沙羅ママ以外の全員が外に出て、
なんだか気まずい雰囲気が流れる。
僕は早く出てけ、って思ってた。
でも、沙羅ママは違ったらしい。
「誠くん、本当にありがとう。」
お礼を伝えられるのに、最近は慣れてきた。
前までの僕は慣れてなくて動揺してたけど、もう慣れた。
「な、なんですか急に。」
「私がこの部屋から出て行かなかったのは、一つ君にお願い事があるからなんだ。」
いつになく真剣で、誰にも見せない裏の顔。
まさに、まさにそんな姿だった。
「君はなにかと頭が良くて、もう察しもついてるのかも。」
嫌な予感がした。
「沙羅…のことなんだ。昔から見てきてるからわかると思う。あの子、抱えすぎちゃうタイプでしょ?」
それはすでにわかっていることだ。
自己肯定感の低さからくる、その現象。
あいつは自分に自信をつけてこれなかった。
昔はわかりやすかったが、
どうやら最近は隠すのが上手いらしい。
「そうですね。僕もそう思います。」
「聞くに、君は最近よく沙羅と話してくれると言うじゃない?」
あいつ、そんなこと言ってたのか…。
確かに多いかもだけど!
でもそれはあくまで生産性のためで…あるし。
「まぁ…はい。」
「なら、そのままあの子を見てあげてほしい。あの子ももう高校生でさ、正直私の生きた高校時代と今が違うのなんて、見え見えの事実でしょ?だから、わからないのよ。ケアの仕方が。」
痛いほど良くわかる。
置かれる環境によって人が変わり行くのは、僕が身をもって体験している。
自覚したくはないが、僕は確実に変わった。
良い方にも、悪い方にも。
…と言うこの考えも、きっと沙羅ママになんとか同情しようとして作り上げた虚像だと、自分ではそう解釈することにしよう。
「なるほど。」
「30いくつも年下の、しかも男の子にケアを丸投げするわけにも行かない、だから少しで良い。…あわよくば、この店の利益を10倍に…して欲しいくらいよ。」
ふっ、バカな話だな。
10倍は流石に頭がいかれてる。
いけて3倍ってとこだろ。
「夢を大きく持つのは良いことですよ。しかも沙羅はバカでも県内最高峰の高校に進学してるわけじゃないですか。そういう小さな成功体験を人は自信と呼ぶんですよ。」
これは、まさに僕のことだと思って良い。
「小さな成功体験から大きなものまで、毎日のように感じて自分を鼓舞して期待に応えていく。
それが、一番手っ取り早い自己再生だと僕は思います。」
「そうね…、あなたはそうしてきたものね。その…二ノ宮さんの時から。」
…っ、、、、、、、、、二ノ宮…、、、、、、、、。




