Log 29:透明な声
妙に綺麗な月光が差し、秒針が時間を残酷に刻む。
不自然なくらいに誰の声もしないから、そんな環境音やらに意識が行く。
お、コオロギも鳴いてるな。
「あ、2時。」
誰かがそう呟いた。
意識が遠のき過ぎて、誰の声かすらわからなかったよ。
「なら、今日はここまでだよ。」
「…っお」
その言葉を言い放つと、僕は退出ボタンをサッサか押した。
その後も、篤とかが何か言おうとしてたけどさ。
正直、寝たかったし。
それにさ。
我に帰った瞬間に、僕は生産性について考えてしまう。
今の通話は本当に必要だったとかさ。
普通の高校生が考えないようなことを、僕は考える。
刹那、もっと怖いことを考えた。
僕は、そんな自分に心酔してるのかもって。
だからさ。
眠気を覚さない程度にビンタして、寝た。
それしかできなかった。
ーこの夜、誠の部屋を覗く影が一人。
誠の母、如月藤乃である。
翌朝
「は、あんた何言ってんの?」
「だから、体験入塾とか興味ないから。行かないわ。」
「あんたごときに、拒否権あるとでも?」
クソ親、毒親、どんな言葉を並べても勝らない。
この母親ははっきり言って、いない方がマシだ。
そんなこと言えば、誰かが『お母さんがかわいそう』だと言うだろう。しかし、そんなこと微塵も心配しなくていい。
なんせ僕の価値観の根底、その礎にこの人はいるし。
「ある、あるだろ。ないとは言わせない。」
「ない。たいして勉強したわけでもなく、昨日はずいぶん楽しそうだったわね。誰と話してたの?」
それを見られていたんでは、僕は言い逃れできない。
でもさ…。
譲れないものも、同時に介在してるんだよ。
「…何が…」
いいかけて、言葉が突き刺さった。
朝だと言うのにやけに目が覚めている。
言いたいことは浮かぶのに、ほかのことまで浮かんでくるよ。
ー父さんみたいにならないで。気持ち悪い。
言葉の一片一片を辿るうち、
もう僕は後戻りできなくなっていた。
「何がわかるんだよ。お前に!」
お前、などと声を荒げたのなんていつぶりだろう。
ましてや母親に言う、考えたこともなかったよ。
「わからない…とでも思うわけ?」
ああ思うさ、絶対にわかるわけもない。
天才である僕と、凡夫のお前の違いなんて、赤子でもわかる。
「わかるはずあるかよ、僕の苦労も…何も…しらないで…」
言葉にストッパーがかかった。
自分でも不思議だ。
ただの反抗期だ、そう受け流すのが親として最適解。
でも、それを弾き出せなかったみたいだ。
「…。」
母さんの言葉が詰まった。
かなり珍しいことだ。
普通なら弾丸のように言葉が言葉を加速させ、
僕を荒廃させるのに。
「…なに…私が…私が悪いって?」
「…まあ、そうだよ。興味のないことに勝手に応募して、親のエゴで僕を使うのは、ただの自己中だ。」
本音を、ぶつけることにした。
「僕は微塵も悪くないだろ?都合に使われる子供の可哀想さったらないんだからさ?」
「…。」
母さんは口ごもる。
そして眉を顰めるのだ。
「…なんだよ。」
その目は、正直かなり怖かった。
獲物を捉える前の猛獣。
誇張し過ぎだと、そう言われるかもしれない。
でも僕にはそう見えて仕方ない。
それが全て混ざった空気だったからだろうか。
いつもより、大気圧が高い気がした。
「とにかく、母さんに僕の何かがわかるわけでもないんだから…」
そう言った刹那、僕の視界を真っ二つに裂くような。
親と喧嘩したことない僕に、声は一つの既成事実を刻んだ。
「…っ!」
「…な、なに…」
耳鳴りが、した。
「わかるわよ!!!あんたの…あんたの何倍生きてると思ってるの!?もううんざりなのよ!」
「近所迷惑…!
クレーム入ったら…その…時間の無駄になる…だろ!」
母さんがこんなに追い詰められている、
そんな兆候はなかったんだがな。
なんでかわからないし、胸に込み上げる何かも、
何からきてるのかすら理解に及ばなかった。
「うるさい!一回一人にしてよ!」
朝から気分最悪。
喧嘩で家を出るとか、まじどうなってんだ。
「なあ誠?」
「あ?」
やべ、ちょっと強く返事したかも。
「なに?」
急いで言い直す。
いや、なんでこんなこと気にしてんだよ。
「え、いや、ホームページどーかなって?」
「あああ、まあ結構完成気味ではあるよ?」
通学路の半分ぐらいを過ぎたころ、僕たちは黙っていた。
特にする会話もなく、必要最低限を守った。
でもそれじゃ、なんかつまんないんだよな。
だから僕から話を振った。
「で、ロゴとかの方はどうなんだよ。」
篤は少し間を開けてから答えた。
「おんなじ感じだよ。」
そしてまた続ける。
「全く誠はすげぇよな。俺の方が時間かけてるってのに、誠も同じぐらい進んでんだもん。ウェブデザインなんて、そうそうできるもんじゃねぇのに。」
急に言われると、少し照れるな。
「ま、2級だからな?」
「調子乗んなよ〜?
俺は調子乗ってるやつしばく検定10段だからな?」
「なんだよそれ!w」
久しぶりに口を開けて笑った気がする。
さっきまでの重い感情なんて忘れて、僕は篤と会話していたと思う。
「でさ、次の日曜だけど、そこまでに完成させれないか?」
「えっは?それ何言ってるかわかってる?」
「いや、無理にとは言わないけどできるだけそうして欲しくて!その日、色々揃うんだよ、メイド服とか!」
流石にそのスピードではきつい。
しかも説明も支離滅裂で…と言いかけた時。
「だから誠のホームページにリンク貼って、SNS運用も同時進行しようかなって!その撮影とかできたらよくない?」
正直これには驚いた。
篤ともあろう者が、珍しく筋が通ってるじゃないか。
「…わかったよ、やるだけやってみるから。」
思考より先に言葉が飛び出てきた。
本来、それは確実な生産性を考えられない。
SNSは前も言った通りかなりセンスもいるし、
確実な方法とは言えないからだ。
それのために使う時間は、無駄だと思ってしまう。
でも出てしまった言葉は取り戻せない。
「おおぉまじか!さすがそれでこそ誠だぜ!」
今日は水曜、今日を入れてあと5日後にはホームページ完成だって?無茶言うなよおいおい…。
「言っとくけど!!!」
一際強く僕は言う。
「1週間で完成はできるかもだけど!僕が納得するクオリティになるまで結構かかるんだからな!」
100点になるまで掲載しないより、80点を公開すべきだと、きっとAIに言えば言われることだろう。
だから、価値の天秤は決まっている。
「いいさいいさ、完成すれば万々歳だろ。」
声を落としながら、そう篤が言う。
その声が透明でさ。
思わずため息をついてしまったよ。
「はぁ、篤まじでバカだな。」
「バカじゃなきゃ、お前と出会ってねぇだろ?」
「よく言うぜ。この前の模試で国語校内8位め。」
「そーゆー意味じゃねぇし!」
どこまで行っても、この高校は県内トップの公立高校。
全く、篤みたいな奴がたくさんいて僕は困るってもんだ。
今みたいに、口角が上がって仕方ないんだからさ。
「…ただいま。」
恐る恐る、その扉を開けた。




