Log 26:20万
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誠たちが去った時、正直沙羅たちは安心していた。
察されているにしても、この事実が明るみになったらどうなるかわからないから。
捨てられる、拾われる、捨てられる。
その連鎖が、すでに見えていたからである。
もう店内に人はいなく、
やはり今日も店主が営業終了の看板まで出した。
ちなみに、その看板はひどく汚れている。
まるで、最近使い始めた古い看板のよう。
「よぉ、元気にやってるかナァ?」
「はい、なんとかやっております…。」
櫻井が、車から顔だけ出した。
相変わらずのサングラスと、センスのないいかつい服。
そして漂うタバコの匂い。
「今日は上がられますか…?」
「いや、そんな余裕こっちにもないんだよナァ。世の中生産性が大事なんだよナァ。ふざけんなよナァ。」
「そ、そうでしたね、失礼いたしました。」
櫻井は噛んでいたガムを吐き出した。
ガムの行方は、沙羅ママの髪の毛だ。
「おっとすまねぇナァ。で、今日は話があってきたんだよナァ。」
「は、はいなんでしょうか?」
ガムを取る暇もなく、頭に気持ちの悪い感覚だけが残る。
その中で話す櫻井の声とくれば、堪え難いにも程がある。
「今月末だナァ。今月末までに20万返せよナァ。もしそれができたなら、一縷の望みに賭けてやらんこともないナァ。」
途中まで聞いて、3人は絶望に見舞われる。
20万、それは彼らにとって相当な大金なのだろう。
顔の青ざめようや、店主が浮かべる謎の笑み、耳鳴りがして耳を抑える沙羅、壁にもたれる沙羅ママ。
それを見て、違う意味の笑みを櫻井たちは浮かべるのだ。
「………え?」
空白が、空気を切り裂く。
処理が追いつかないのだ。
「え?じゃねぇよ、櫻井さんが言うことだぞ!」
「まあいい、米本、沈まれよナァ。」
「す、すいやせん…。」
冷えた手で、沙羅ママは沙羅を抱き抱えた。
「泣いたって無駄だナァ、絶対用意しろよナァ。手ェ上げないのも、そろそろ限界なんだからナァ。返せなかったら、どうなるかわかってるのか理解しろよナァ。」
取り巻きたちですら威圧があるのに、
櫻井の威圧は少し違って聞こえる。
でも、そんなこと考える暇もなかったのだ。
沙羅は血の味すら感じていた。
多分、口内炎がちぎれたんだろう。
「大木、だせよナァ。」
「いいか、絶対返せよ。櫻井さんの気が触れる前に。」
外野からのヤジのように、くだらない補足をしたハゲジジイ。
助手席に座るそのジジイは、無駄に高そうな代物を身につけている。
「か、必ず…。」
「あ、この前命令したこと、やったのかナァ?」
「発注の件ですね…。バッチリ、しておきました。」
金輪際在庫切れは、多分ない。
「バカだナァ。まあいい、いうなよ、バレたら殺すからナァ。じゃあナァ。」
黒い車を背に。
今日も、この家族は静かに泣くのだ。
確かな救いを求めることもできず。
殺されるから、真実を口にすらできない。
信用関係にすら、影響を及ぼすのだ。
でもそれは、櫻井の生産性至上主義の一環なのである。
◆◆◆
10/5
「なぁ隼、これみんなに配ってくれね?」
覚えているだろうか。
睦月隼、篤となかなか仲のいい男だ。
あいつはかなり顔が広いらしい。
「ん、なんやこれ。」
「俺たちこの店を復興することにしたんよ。」
「ほな、見返り。」
な、なんて図々しい奴なんだ…。
いや、これは正当な交渉か。
意図的ならかなりレベルが高い。
「み、見返りっ!?」
「はは、冗談や冗談。オレのインスタにでも貼ったるわ。」
「助かるぅ…。ビラは?」
「わかったわかった、しかたないのぉ。」
あんまり話したことなかったけど、意外と癖強いな。
あんまり自分から話しかけに行った経験がないせいか、僕はあの会話に混ざることをしなかった。
僕もビラを500枚渡された。
いや、こんなに渡されても配り切れはしないと思う。
だからとりあえず250枚学校に持ってきてみた。
しかしここで大きな問題に衝突した。
今まで切り捨ててきたものは、僕のミスだったのかもしれない。
いや、そんなわけない。
それはないが、確かに問題。
友達が、あんまりいないのだ。
部活にも入らず、僕は孤高の天才を気取っていた。
実際そうなのだが、こうなると話は少し違ってくる。
というわけでだ。
沙羅と放課後に駅で配ることにした。
今日の拠点は、沙羅の店の最寄り。
あの野郎、バカだから500枚持ってきやがった。
「うわ、隼くんのインスタ見た?」
「いや…繋がってない…。」
基本無駄なことはしない。
だから、沙羅たちとしか繋いでない。
ってか、こんな非効率の象徴みたいなアプリ入れてること自体やなんだけどな。
「まじ!?それはやばいよ!」
「う、うるさな!」
「あは、ごめんごめん。」
道行く人には、いろんな人がいるな。
キーホルダーをつけた女性、似たのが2つ。
子供が二人ってことかな。
そんなふうに人間観察を伸ばし、
ビラを真剣に配っていく。
それだけなのに、かなり疲れる。
「なかなか配りおわんないな…。」
「ねー。…あ、こういう時こそAIでしょ!」
…あ、AI。
僕は、今の今までその存在自体を忘れていた。
なぜだろう。あんなに、あんなに愛用していたのに。
しかし確かなこととして、AIは狼狽の原因となりうる。
なぜかはわからないけど、疲れるんだ。
何を期待してるのかもわからないよ。
…もしかしたら、無意識に避けてたのかもしれない。
「あー、、、たしかに…?」
“効率的なビラ配りのやり方教えて”
“前提として、ビラ配りは効率的ではありません。”
ここまで読んで、少しムッとなる。
でも、読まざるを得ない。
沙羅の目から逃れられないからね。
“配布数ではなく、“受け取り率”を最大化してください。
人通りの多い場所より、
“興味を持つ可能性が高い人間”が集まる場所を選ぶ方が効率的です。
また、人は“受け取る理由”ではなく、“断る理由”で動きます。
したがって、内容改善より、“断りづらい状況設計”の方が成果に直結します。”
なるほど、やはりAIは有能だ。
しかし、現在の状況がわからないこいつからすれば、そのアドバイスをするだけで最適な判断は下せない。
場所を変えている余裕などはない。
すまんな。
「受け取り率を上げるのが大事らしいよ。」
「それってどうしたら上がるの?」
交錯する言葉は単調で、面白みもクソもない。
だけど、人通りの少ない辺りに沙羅と二人。
つまらないわけじゃないんだよな。
“場所は移動できない。どうすれば受け取り率を最大化できる?”
“ならば改善対象は“人”ではなく、“接触の瞬間”です。
・立ち止まらせない
・判断時間を与えない
・一目で利益を理解させる
・視線が合った0.5秒以内に差し出す
人は内容で受け取るのではありません。
“受け取る負荷が低いもの”を選択しているだけです。”
なるほどな。
それもそうか。
よくある勧誘や選挙運動と同じく、判断する時間を与えない。
僕も誰かを問い詰めるときよくやる。
「判断させずにすぐ渡すらしいよ。」
「ふぇー、ま、やってみよ!電車きた!」
もちろん沙羅の最寄りはど田舎だ。
カラスの声が不気味に響くし、
田んぼが靡くほどの風が、かなり冷たく耳を裂く。
どこかの家の犬が鳴き、
沙羅の息だけが世界を彩るように聞こえてくる感じだ。
「イベントやってます!」
「いかがですか〜?」
この二つの声は、僕の声じゃない。
沙羅が発しているだけで、僕は気づけば何もしてなかった。
「こ……れ、………、」
…あれ?なんか…声…でない?




