Log 16:三月
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こういう日、鬱だと思う奴と思わない奴がいる。
前者は普通で、後者は僕である。
というのが、昨年までの僕。
今年はなんだか、少し億劫だ。
「おう誠ぉ………。」
「どうしたんだよそんな魂抜けた顔して。」
篤が話しかけてきたかと思いきや、その顔は見るに耐えない。
思わず口を手で覆ってしまった。
「て、徹夜…した………。」
バカのやることはどこまで行ってもバカだったんだな。
まぁ、これが関の山とでも思っておくか。
「ほんとにバカなのかお前。」
「いやバカだね俺は!」
その声が思ったより甲高くて少しビクッとなった。
気づけば、通学路の半分まで来た。
なんだか早いな、と思いながら篤の方を見る。
「ん?どした?」
なぜ見たのかはよくわならない。
すぐ目を逸らしたし、それなりの理由はないと思った。
「いや、なんでも…。」
「というわけでですね、今季も始まるわけですが、えーっ何話そうとしてたんだっけな、えーっ、あ、そうそう…」
はっきり言う。うちの校長はとんでもない大馬鹿者である。
ただの無能である。クソ野郎である。
「あのね、夏休みのうちにいろんなことありましてね、中でも特に印象的なのはこの高校の生徒に助けられたこととか、歯磨きしながら気絶してたこととか……」
いやマジで興味ないし、こんな話をかれこれ数十分し続けている。話が進まないし、尻が痛くなる。
「無能…。」
つぶやいた。
論理的に破綻してるアイツが話すとこうも話が進まないのだな。
「えっまじおもろいですよねw老人と間違えられたんだぜ?
あとね、あーあとえー…」
ウケ狙いのつもりか?誰も笑ってねぇぞ。
大声あげてやろうかと思ったけど、やめといた。
後ろに篤がいて、なんか遠慮したんだよ。
「なぁ誠…校長の話長くね………?」
バカでもわかる校長のゴミ具合ってなわけか。
あーまじ尻痛い。
「やばすぎるほんとに。僕が校長やった方がいいまであるぞこれ。」
「それは舐めすぎ!w」
こいつとの会話の方が、よっぽど笑みがあるってなもん。
「ちょっとそこ!話さないでください!私が話してますよ!」
校長は誰かを怒った。
あんなのに起こられるなんてどこの可哀想なヤツなんだ?
そう思って視線を上げると、校長の指はこちらに向いていた。
「…は?」
言葉には出さない、というか言葉にならないその一言は、
僕の中の何かを貫通した。
「えぇみなさんとあのような者たちを差別するべく、とあるプロジェクトを開始しようと思いましてね…」
いや、済まされないぞ。
戯言は家で言え。
ここで声を上げてもなんの生産性もないわけだが、
ほんとにムカつく。
「ま、誠ごめんな…。」
「いや、篤は悪くない。あの無能が悪いだけだ。」
本当のことだろう。
考えてもみろ。
あいつと僕が天秤で釣り合うわけない。
「その名も《社会貢献プロジェクト》!」
なんだそのバカの考えたような名前は…いやバカだったな。
「三月、三月です。それまでに最も大きな功績を叩き出した者には、将来の指定校を約束します!毎年開催してるんですが、一年生と二年生は大チャンスですよ!」
ん、いや…は?
舐めてるのか?
指定校ってのは、評定がないと大学側も認めないだろ!
「例え評定がなくても、県内トップの公立校である我が校だから!校長推薦で指定校が通るのですよ!」
だめだ本当にムカついてきた。
確かに社会貢献は必要だ。
でも、それと勉強を同列に列挙しちゃダメだろ。
評価軸がおかしすぎる。これは誰が見たって綻んでる。
「それだけでーす。閉会の言葉お願いしまーす。」
そうふざけた返事で、校長の話は終わる。
僕は納得いかず、歯を食いしばった。
僕が4月から黙々と頑張ってきたものが、全部壊された気がしたんだ。
ふざけたもので僕が壊されてなるものか。
でも、変えられないものはかえららないのだ。
「閉会の言葉。」
閉会しようとしている。
僕の中の何かが否定され、不愉快だ。
そのプロジェクト、必ず取る。
「まこっち怒られてたねー?」
やかましい。
所詮傍観者の弱者が。
「うるさいなぁ、でもあの校長舐めてる。」
ひしひしと込み上げる何かの闘争心。
自分でもよくわからない非生産的な何か。
無駄は、排除するべきだ。
「ねね!」
そう思った矢先、沙羅が口を割った。
そういえば、自然と僕の机に4人が集まってるな。
変な気分だ。
「このままの成績だと私大学いけないかもじゃん?」
「いやそれ沙羅が悪いだろっ!」
篤がそう言うが、沙羅はむすっとした顔をして言葉を続ける。
何を言われようと、非生産的なことに変わりはない。
それを前提において聞くべきだ。
「ここ5人でプロジェクトやろうよ!」
…。いや、たしかに生産性はないのかもしれない。
僕の成績ならな。
一般から見て高学歴な大学に入学するのは、僕の中で特別難しいことじゃない。
むしろもう軌道に乗っているようなものだ。
しかし、断りたくないのだ。
何に振り回されているのか、本当にわからない。
わからないとか、「何」とか、そんな言葉ばっかりさっきから出てくる。そんな思考自体非効率だからやめろ。
「いいなそれ!雄志も雫もどうだよ?」
なぜか質問対象に僕がいない。
なんでや、僕には聞かないのかよ。
「僕の意見は無視?」
そういうと、篤が不思議そうな顔を浮かべた。
「え、お前が参加しない可能性ある?」
少々噛み砕くのに時間がかかった。
僕の経験則がこいつらに理解されてたまるかよ。
「な、なんで?」
「いじっぱりで、負けず嫌いなお前が怒られたんだ、多分もう決めてるのかなあって!いや、嫌ならいいけど!」
なんでそんなこと思うんだよ。
…いや断りはしないけどさ。
「まぁいいよ。内容次第で僕もやる。」
くだらないことに割く時間はない。
昨日書いた手紙のことを思い出すんだ。
未来の理想像に、今からでも少しづつ近づかないと行けない。
「よっしゃ、テーマ決めだな!」
雄志がそう言うと、誰も喋らなくなった。
後先考えず何かをやろうとする、バカの生態である。
「今日は授業ありませんから!みなさん下校です!」
先生が教室に入るなり、億劫そうな喋り方でそう言った。
夏休み明けは先生も辛いらしい。
「ま、まあなんか思いついたら連絡してくれ!」
濁すようにそう言った雄志が、真っ先に教室のドアから出て行った。
前日に聞いたんだが、あいつは手紙をまだ書いてないらしい。
廊下から聞こえる怒号に、僕まで耳が痛くなる。
それに呆れながら僕も、家に帰る支度を始めた。
「ねね、誠くん。」
沙羅が後ろから背中を押してきた。
その手が少しあったかくて、思わず武者振るいする。
少し遅れて沙羅の方を見ると、
目の光がかすかに掠れている気がした。
「あ、あのさ、私悩みがあるんだよね。」
少し、その声が震えていて。
僕は何を言われるのか、聞くのをすこし躊躇した。
だけど、聞きたい気持ちもないわけじゃなかったよ。
「な、なに?」
「今みんなに言い出せなかったこと。誠くんには、話しても大丈夫かな…って。」
僕には言ってもいい、か。
わかってるな。僕の堅実さと有能さをしっかりと。
あの不条理な校長とは違う。
そんな、呑気なことを考えていた時。
沙羅から、不穏なことが流れ出てくる。
「うちの実家、何か覚えてる?」
「ああ、商店街で店やってたな。」
腐ってもこいつとは幼馴染だ。
知らないことはない。
街の外れ、今は完全に過疎った商店街の一角だ。
「それが、どうかしたのかよ?」
沙羅は口ごもっている。
マスクしてるわけでもないのに、鮮明な音がないぐらいには。
指をやり過ぎなほどにいじり、顔を下に向けている。
沙羅は今、完全に逃げている。
「もう行くけど、用ないなら。」
「ま、待って!ちゃんと…ちゃんと話すから…!」
後ろに向き、3歩だけ踏み出した僕の手を、
ガシッと沙羅が掴む。
その力が結構強くて、僕自身逃げられないんだな、と思った。
誰かから逃げようなんて思ったこと、ほ・と・ん・ど・ない。
「あ、あの、ね、店なんだけど、このままだと…その…」
このままだと。
その言葉が出た時点で、
だいたい予想できてしまうこの先の言葉。
別に沙羅の店がどうなろうと、僕に不利益はない。
でも、聞きたくないと言えば嘘になる。
「3月にはもう…終わるんだ。」
「いや、え、は?」




