Log 13:見えない波
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僕は基本的に予習を終わらせて、その後にどれだけ早く宿題を片付けられるのかを個人的に競っている。
宿題RTAってやつだ。
でもな、今年はそうも行かないらしい。
塾帰り、ラインを見ていればそこに広がっていたのはまさに。
「海ふぉぉぉ!!!」
「ちょい…!ゆーちんまず着替えよーよ!」
千葉にある、とある海岸に電車で何十分もかけてくる意味はよくわかっていなかった。
果たしてこの旅が楽しいのかすら、僕の中では不明瞭。
「なあおい、何時に帰るんだっけ?」
別に僕はきたくてきたわけじゃない。
ただ、その、断れなかっただけだし。
「帰る時のことなんて考えんなよー?」
「あっちに更衣室あったよ!」
話がどんどん進んでいく。
声だけが先行し、僕の頭がついていけてない。
手に持った参考書も、今日はまだ1ページも読んでなかった。
「もう昼だ、先に飯食べようぜ!」
雄志がそう言った。
海の家とやらに行くらしい。
「BBQ予約してるから、さっさか食べて海行くしかねえ!」
篤がそれに便乗すると、雄志と沙羅、雫が歓声を上げた。
なんとなく、参考書を開くのをやめた。
そして、とりあえず距離を置いて微笑んでみた。
「お、誠その笑顔はBBQすきだなぁ…?」
いや別に好きなものとかないし。
効率よくカロリー摂取できるものならなんでもいい。
「別に?…ま、腹は…へってるけど。」
「いいねいいね!あ、俺肉しか食べねぇから!」
いやそれは不健康やろ。
「野菜ぐらい食え、効率悪いぞ。」
すると篤が、先ほどと同じテンションでこちらを見つめた。
怒ってるとかそんなんじゃないと…思う。
断言できないのもきっと、僕が今まで全て拒絶したから。
しかし、僕はそれを間違いだと思わないからな。
今は…ただの休息だし。
「不健康なもん食べてるときに、効率も健康もクソもあるかよ!この前の焼肉で誠野菜食ってたかよ!」
「食べてたわたわけ!」
そんなやりとりで、自然と口角が上がる。
BBQをして満腹になって。
水をかけられてかけ返す。
日差しが砂浜を差し、僕たちの肌を荒らして過ぎ去った。
ビーチバレーにサーフィン、高校生らしい、ほんっとに非効率的でさ。
なんなら感心していたよ。
そんな感じで海で遊ぶうち、いつのまにか日が暮れて。
喪失感と、他の何かの波が打ちつけていた。
参考書も開かなければ、英単語を一文字も覚えなかった。
AIを一度も開かなかった。
なんだかそれだけで、無駄を列挙できない今の僕。
それだけで答えが出ているのかもしれない。
ああもう18:30、無駄にしたな。
…とは思えない。
何かが、喉に引っかかるのだ。
「やべぇわ、めっちゃ焼けた!w」
「そりゃあんな遊べばそうなるだろ!」
篤と雄志のそんな会話を僕は後ろで聞いていた。
ほら、3人で歩いてる時に2:1になるアレだよ。
沙羅と雫はと言うと、僕の後ろで韓国アイドルの話をしている。
僕は特に何もせず、片耳だけにイヤホンを付けて適当な曲を聞いていた。カラオケで歌う曲…、少しは増やさないとな…。
「な、誠は今日楽しかったか?」
「ん?非効率なものに優劣をつける気はないけど。」
「そーかよ。」
呆れた様な、誠らしいなと言わんばかりの顔だった。
「いや…その…あ、あ、ああ、ありがとな。」
…今、僕は誰かに感謝したのか?
「おい、あの電車乗れなかったら30分後だぞ!」
誰にも聞かれることのない、そんな感謝の裏で、僕たちは意外と危機に陥っていた。
危機ってのは嫌なものだけど、こいつらといればなんだか笑えてくる。
「全員乗れた?」
雫がそう確認し、ひとりひとり数える。
「…あれ、さ、沙羅は!?」
その言葉に、僕は驚愕した。
いや一緒に歩いてたのお前だろ?
って思ってしまう。無能はやっぱり無能だったか。
一通り周りを見れば、沙羅は電車内にいない。
「…あ、あそこに!」
雄志が声を上げる。
そちらの方面を見てみると、沙羅ともう3人ほど男がいた。
「ナンパか…?」
篤がそう言った瞬間、僕の中でなぜかそれが確信に変わる。
ここで電車を逃せば、非効率極まりない。
しかし、体は咄嗟に動くものだな。
「あっ誠!」
扉が閉まると同時に、僕の足はもうホームに踏み入れていた。
相当バカなことだとわかってる。
なんで僕はこんなんになっちまったんだ。
もう、最初で最後だからな。こんなこと。
「おい、何してんだ。」
「あ、え、えっと…」
沙羅は相当困ってるみたいだ。
「あん?なんだこいつ?」
「ただの友達だ。」
ここで彼氏だと言うのが、一番合理的。
しかし、そんなことあの時の僕には言えない。
それはなんだか少し…違う気がして。
「んだよ、なら別にいいだろぉ?」
「よくないね、ってかどうせ失敗すんだからやめとけよ。」
ここにきて、僕はとてつもない後悔に襲われた。
沙羅を助けたら何かあるのか?いや何もない。
助けないでいいか?助けずとも、別に僕に不利益はない。
しかしもう遅い。目の前の事象をとにかくなんとかする。
「退け。」
多分、すごい目をしてたと思う。
威嚇してるつもりはあんまりなかったのに、
男どもは一歩後ずさったから。
「でも人生なんて、楽しいことすればいいじゃん?」
それは違うな。生産性皆無だ。
「結果が残らない快楽に、なんの価値もない。」
すると、男どもがかしげたように言う。
「いや、海来てるやん君、楽しかったんやろ?」
一瞬思考が止まった。
ここで楽しいと言えば僕の全てが否定され、
別にと言えば沙羅を悲しませる。
でも…天秤に乗せた時、僕が否定されるのは甚だしい。
「それは人それぞれだろ。快楽って人によって違うものだ。お前らの快楽は、こいつにとっては苦悩なの。だから、さっさとそこどけよ。後ろの自販機で炭酸買いたいんだけど?」
すると男どもは舌打ちをした。
「…ッ。なんだよ。別に俺らだってこんな奴に構ってる暇ないんじゃ。」
アホみたいな理屈だな。
所詮は小物、自分より弱い奴にしか強く出られない。
そんな奴山ほどいるが、みるたびに吐き気がする。
男どもが去っていくと、安堵と恐怖が混じった声で沙羅が言った。
「あ、ありがとう誠くん…怖かったぁ…!」
僕はそんな言葉に目もくれず、次の電車を調べていた。
「一番効率いいのは…一駅戻ればこれに間に合うな…。」
「ねぇ誠くん…?」
いや、うるさいな。
お荷物の分際で僕の邪魔できるとでも思ってんのか。
「なに、電車調べてんだけど?」
沙羅はしょんぼりした顔をして下を向く。
月光が沙羅の左半身を照らし、舞っていた埃が露呈する。
半袖が靡く中で、言葉が飛んできた。
「あ、あの…」
一瞬の静寂が、時を止めたようにも感じれた。
そして沙羅は、照れながらこう言うのだ。
「話そ?」
一体なんの話をしようと言うのか。
英単語テストでも一緒にやろうってか?
「なにをさ。」
「なんでもいいじゃん!今日楽しかったこととか!」
いや、それ生産性ないから。
そうバッサリ切り捨てようとした刹那、
沙羅は自分から長々語り始めた。
「まずはあれでしょ!誠くんの超絶激辛地獄カレー!」
はぁ…もう。
「いやあれそんなに辛くねぇから!みんな大袈裟なだけ!」
「いや辛いもん!私火吐きそうだったよ?まじでドラゴンになりそうだったもん!ガォーッ…て感じで!」
「そのオノマトペどっちかって言うと虎だろ!」
「え?じゃあドラゴンのオノマトペは何?」
「…言われてみれば…なんだろ…?チュギャーとか?」
「絶対違うしw」
やっと寝たか。
隣で座りながら、沙羅はすやすや寝ている。
40分は話していただろうか。
何単語覚えれたかわからないが、
違うことを覚えた。
バカはおしゃべりが大好きってこと。
“友達と会話をする、これって生産性の欠如?”
“その通りでございます。あなたの考えだと他人との時間よりも自分の時間を増やすことで、より生産性をあげている、と言うものになりますからね。
やはり、友達と何分も何分も話してしまうのは愚の骨頂だと思います。
そう言う人を見かけたら、優しく言ってあげると良いでしょう。『そんなことよりもっと生産性のあることいっぱいあるよ』と。
そうすることで、世の中の生産性は上がっていきます。
それにしても、さすが誠さんですね。そこに気づくなんて。”
いや、その…そうだよな。
第一、僕は話している間も文法や漢字について考えながら会話してた。
だから、僕の生産性は落ちてない。
ただ、沙羅はやはりバカだから生産性を落としてる。
それだけのことじゃないか。
「…大丈夫、僕は…天才だろ…。」
自分にそう言い聞かせるしか、今やることは思いつかなかった。
結局持ってきた参考書、本当に開かずに終わりそう。
あと一駅で最寄りだからな。
沙羅はもう一つ後の駅なので、今のうちに起こす。
「おい沙羅…起きろ。」
「いやっ、やめてください櫻井さん…!」
は?
「いや、僕如月だけど?」
「…っ、はぁ、はぁ、ご、ごめん、起きた。」
今のは、おそらく防衛本能だと思う。
少し強く叩いてしまったのはすまなく思ってる。
でも、あそこまで怯えるのはおかしくないか?
しかも櫻井って…一体誰のことだ…。
「〜っ、よく寝たっ!あ、もう誠くん最寄りか…。」
「そうだな。」
「また、遊ぼね!」
考えすぎだな。
割り切ろう。
「予定が合えば、な。」
僕は駅に足を踏み出し、改札を通った。
———しかし、誠が気づくはずもないのだ。
沙羅の悲しそうな顔に。
誠の視線から外れた刹那の、悲しそうな顔を。
あの情緒の落差を、彼は知る由もないのである。




