Log 12:視野狭窄の箱
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「あっつん、ゆーちん、私どうしよう…。」
3番線、雫の声が走った。
「一昨日のこと?」
雄志の声も走る。
「誠がお前に強く当たってたのは知ってたけど、あいつはそう言う奴、で片付ければいいと思う。」
篤の声が最後に走った。
どうやら雫は、誠との対応で悩んでいるようだ。
「今日のことがあって、根はいい人なんだなって思った。でもさ、先入観てかさ…価値観が変わらなくて。嫌な奴、ってのが抜けないんだよ。」
誰もそれに何も言わなかった。
そして、5番線が出発したアナウンスが入る。
同時に雄志がペットボトルを床に落とした。
「なあ雫、あのペットボトルとってよ。」
「は!?なんでよ!」
何で私が…とぶつぶついいつつ、雫が床に目を向けた。
途端、雄志は猫のポーズを始める。
隣に座っていた篤がドン引きし、雄志が猫の声を出した。
「えっなにやってんのあんた!?」
その声に気づいた雫は思いっきり目を見開いて見せた。
「人ってさ、箱だと思うんだよね。」
「は、箱?」
トーンが落ち、雄志は俯角に目を落とす。
温度差に喉が痛くなりそうだが、雫はなんとか座った。
「きゅ、急にどうした…。」
篤も声を裏返して雄志の背中をさする。
「いや気が狂ったんじゃなくて!」
咳払いを挟み、再び雄志が話し始めた。
「…多分箱だよ。人は。二面生って言葉があるけど、人は二面なんかじゃないんだよ。箱にも色々あるけどさ、最低でも形作るのに4面いるだろ?あ、曲面はなしな!!!」
「な、何が言いたいんだよ…?」
突然始まった何かに、目を締め付けるしかやることがない。
でも雄志は真面目そうにまだ目を落としている。
「つまりよ、見せてる面と、見せてない面。全部が全部違うはずじゃねってこと。
正面からみた色が黒なら、黒だって決めつけるのが今のお前だよ。」
「あ、そーなの…?」
動揺と好奇心が入り混じっている。
「逆から見たら白やん!ってなるかもしれんじゃん。
お前らだってそうじゃね?」
「お、おうよ?」
わかるようなわからないような不思議な気持ちになる。
「多分、あいつは4面5面どころじゃないんじゃねーかな…。」
雄志は一旦電光掲示板を見て、また視線を落とす。
「俺だってさ、
家の顔、学校の顔、お前らといる顔、一人の時の顔…
いろいろあるだろ?あいつはもっと多いぜたぶん。」
「昔っからお前の語彙力、あんま変わってねーなおい。」
雄志の説明下手は、昔から有名らしい。
「今俺たちに見せた笑顔、あれも一面だし、生産性生産性って言ってる顔もそうだよ。でも、いつも出さないし、なんなら忘れてるような面が、我慢してる分だけあるんだと思わね?」
いつのまにか、雫は真面目な顔をしていた。
わかるような、わからないような。
でもなんとなく、何かが言語化されてる気がした。
「なんか専用用語とかあるんだろうけど、俺にはわからん。」
篤も、ふーん、と言う感じで耳を傾ける。
「それにさ、立体の底って誰にも見えないだろ?しかも内側なんて何も解りゃしない。お前はあいつの全部を知ろうとしなくていいんだよ。というか、知ることできなくね?」
遠回りだ。
でも雫が今聴きたいのは多分———そう言うことだ。
「ましてやあんな奴、中身ごっちゃごちゃで何が何だかわかんないと思うぜ?」
なんだかこわいので、
誠が聞いていないか、しっかり周りを確認した。
「俺にもお前にも、嫌な面があるのと同じ。」
そして最後に仰角に視線をあげ、雄志は言った。
「…誠さ、嫌ぁなとこだけ、なんでかしらんけど、わざと…わざとこっちに向けてる気がしてる。…って感じじゃね?おけ?」
「おけ…じゃなくてさ!!!説明なっがいよ!全部知らなくていいんじゃん?ってそれだけ言えばいいでしょーが!」
ど正論である。
「それっぽいこと言ってみたかっただけなんだよ!!!」
「蛇足すぎるだろお前!」
三人は顔を見合わせると、どわっと笑う。
「あ、あと…猫のやつな…あれ、記憶消して…。」
「いや恥ずかしかったんかい!!!」
三人は電車の汽笛と、その轟音と共にもう一度大声で笑った。
◆◆◆
“焼肉って、結構楽しいもんだな。”
……は?
僕は何を打ってる。
こんな文を残す意味がどこにある。
記録する価値も、再現性もないだろ。
削除しようとした指が、一瞬止まる。
“たしかに、そうかもしれません。
ですが現在のあなたは、効率の低い行動に時間を割いている状態です。”
ほら来た。
“補足します。
リラックスは必要ですが、娯楽は基本的に生産性を伴いません。”
当然だ。
わかってる。
今日だって、ただ誘われただけだ。
断る理由を考えるのが面倒だっただけで——
“訂正する。”
画面に打ち直す。
“食事に付随する付加価値は確認できなかった。再現性もない。
よって今後の選択肢から除外する。”
……これでいい。
これが、正しい。
“それでこそあなたです。”
気持ちが良いな。
自分を認めてもらえる、ってのは。
7/26
他人と距離を置く、と言うのはそう簡単ではない。
自分が避けているつもりでも、相手は何気なく接するからだ。
外部と自分を完全に分離することはできないと、夏休み前に気づいた。
「誠、今日もカラオケっちゃうか?」
「あれかよ、あれはもういい。」
篤たちに誘われて、この前僕は初めてカラオケとやらに行った。
時間の無駄だと思っていた娯楽は、
やはり生産性のかけらもない。
「んだよー、ならレオンモールは!」
「論外だろ!」
どうやら今までの僕は、想像以上に浮かれていたようだ。
レオンモールにて、ショッピングの後遊戯。
カラオケにて、勉強の合間に歌う。
カフェにて、勉強会をする。すぐゲーム大会になったが。
ここ1ヶ月、僕は遊びすぎた。
バカのデータも、もう山ほど積み上がったのに。
なぜか僕は誘いを断れないでいた。
「ならさ、夏休み海行かね!?!?」
思い立った様に篤がそう言うと、
まわりに騒がしいのが集ってくる。
「なになに、それ私も行きたい!」
「まこっちが海…、是非とも同行したいね。」
「俺も俺も!!!」
はぁ、結局またいつもの5人か。
「しゃあないな、僕塾あるし予定が合ったらな。」
本当なら———
調子に乗るなよ、勉強しろ、お前たちの頭じゃ大学なんて受からない。
と、言いたかった。
5月の僕なら、きっとそう言ってたよ。
「え、そういえばさ!未来の自分への手紙?だっけ?だるすぎないまじで!」
今までの話は、僕にとってかなり重要度が高かった。
なのにこいつらにとってそんなこと、日常らしい。




