Log 10:鉤爪の足音
「誠お前早かったな!」
雄志の声。
20:20にこいと言われたので、
僕はその焼肉屋に19:50で到着しただけだ。
30分前行動を心がけている僕にとって、そんなもの遅いもクソもない。
「そんなことより、他の奴らはまだ来ないのかよ。」
「まだ10分前だしな!これから増えてくる!」
やはり、頭の弱い奴はズボラだ。
所詮愚民も愚民、10分前行動が関の山ってことね。
「てか、誠今日なんで遅刻したんだ?」
僕は心臓のどこかを撃たれた気分だった。
遅刻、などという言葉で一括りにされては困る。
「それ、聞く必要ある?」
「あるある。知りてぇもん。」
いや…。
なんと返せば良いだろう。
僕が一番ダメージを受けない、そんな言い方。
………あ、こんな時こそあれを使うべきだな。
「ちょっと待て。」
“最も信用を崩さない遅刻の理由を作れ”
僕だって不本意だ。
だが仕方ない。これは、これは僕のせいの遅刻じゃない。
えっと………誰のせいだっけ。
“直ちに出力します。
推奨:バス車両の技術的トラブルによる足止め
報告内容:
「乗車していたバスが機関故障で停止。安全確保のため代替車両の到着まで車外待機を命じられました。付近に他ルートもなく、物理的に移動が不可能だったため、この時刻の到着となりました。」
論理的根拠:
1.不可抗力の強調:数時間の遅れを「個人の怠慢」ではなく「交通システムの崩壊」に転嫁する。
2.検証のコスト:学校側がバス会社に照会する手間(非効率)を考慮すれば、この理由は追及されにくい。
3.態度の維持:謝罪は最小限に。自分も「学習リソースを奪われた被害者」として振る舞うこと。”
最近、僕はこいつに命令した。
必ず論理的根拠を示すこと、決して僕を責めないこと。
AIは所詮道具なわけだろう?
僕に説教垂れるほど偉い、とは到底思えない。
「ちょっと交通機関の故障で遅れちまって。仕方ねぇだろ。」
なぜに僕が謙らなけりゃならないんだろう、そう思った。
だから、僕は威勢を絶対に崩さない。
「そりゃ仕方ないな!」
「そういや、稼いだ金はどこ行くんだよ。」
疑問を投げては疑問を投げられる。
そんなことをしているうち、時間はどんどんすぎて行く。
焼肉屋の前で二人、戯言を話しながら待つだけなのに。
雄志はどうやら、これが楽しいらしい。
そのうち人が集まり、人気者の雄志の周りにも人が集まる。
僕は静かにそこから姿を消し、
近くのベンチに座って単語帳を開いた。
「えっと、Collapse…は崩壊か。」
ふと時計を見れば、もう20:19を指している。
よし、あと1分で集合時間だ。
「あ、沙羅たんきたぁ!」
沙羅たん…女はほんとによくわからないな。
雫がそう呼ぶのを聞いて、ますます女が怖くなった。
あんなこと言って、
すぐ喧嘩して口聞かなくなるの、ずっと見てきたし。
「誠くん、もう中行くよ!」
言われなくてもわかってるわ。
「わかってる、今行く。」
この焼肉屋に来たことはないが、
どうせ庶民味しかしないんだろうと思っている。
「もーたくさん食べてよね、男なんだからっ!」
これは普通に思うことだが、男女ともに、都合のいい時に
“〜なんだから”を使いすぎではないか?
バカはリスペクトを覚えられない、なるほどな。
「僕は少食なの。お前デブなんだし食えばいい。」
…すこし言葉強かったかな。
「ひ、ひど!そんなこというなら…」
空気がピリついてきた。不適切だったかもな。
…いや、そんなことなんで僕が気にする必要がある?
「誠くんの分までぜーんぶたべちゃうんだから!!!」
刹那、周りは笑いに変わった。
ピリついた風が止み、入店の鈴音が耳に響く。
なぜか、負けた気がした。
今までと何かが違うからだ。
それがなんなのかわからないまま、僕は入店する。
肉の匂い、誰かの笑い声。
前より鮮明にわかる気がした。
…不思議だな。
胸の奥で何かが騒いでんだからよ。
「おーし、お前らおつかれ!みんなのおかげだ!みんなのおかげで大成功!誰かが一人欠けたとしたら、こんなことできてねぇ!大大大感謝だよ!」
大半は僕のおかげだけどね。心内で留めておいた。
「かんぱーい!」
篤がそう言うと、みんながグラスを持ち上げて乾杯する。
くだらないけど、少し心地よかった。
「おい誠、タンいる?」
「いやいらない。」
適当に返事する。
ふと見れば、みんな笑顔を出していた。
僕の机には五人いるのだ。
僕、篤、雄志、雫、沙羅。
六人席だが、今回の参加者が35人で六で割れなかったわけだ。
割れないことは、大嫌いだ。
小さい頃から大嫌い。
でも今回だけ、はじめて割れない数になんの感情も湧かなかったな。この5人なら、僕はなぜか楽しいのである。
「もととるぞぉ!」
そんな甘ったるい覚悟じゃなく、本気で僕は元を取るからな。
「おい、僕は本気で元取るからな。覚悟しろよ。」
睨むようにそう篤に言うと、あちらは半笑いで言い返す。
「うっへぇ、誠らしいわw」
その瞬間、同机の四人はどわっと笑った。
悔しいが、僕も少し口元を解いていたみたいだ。
それと同時に、しっかりAIに聞いておこう。
“焼肉屋で一番効率いい食べ方を確認したい。”
さぁ、僕はこいつらを導く神だ。
全員で元を取らせてやろう。
神と、その道具に任せておけばいい。
”最適解を提示します。
並行処理による「待機時間」の抹消を行いましょう。
手順は三つです。
ゾーニング:網を「加熱用(強火)」と「保温用(弱火)」に分割。
タイムラグ排除:焼き上がりの異なる肉を時間差で投下し、常に「食べ頃」の肉が網上にある状態を維持。
糖分同時摂取:ライスは先出し。肉の焼き上がりを待たず、栄養摂取プロセスを即座に開始。
「焼けるのを待つ」という空白時間をゼロにしてください。以上です。”
「よし、お前らライスは先出しだ!右が加熱用、左は保温用にしろ!タン焼くならホルモンも焼いとけ!タイムラグを無くす!」
僕の動画があったことを、ほとんどパクって言わせてもらった。
みんな僕のこんな姿見たことないだろうから、かなり驚いてたな。まあ仕方がなかろう。神のアドバイスだもんな。
「おいおい…。」
篤がそんな声を上げた。
すこし、心がキュッとなる。何を言われるんだろう。
こんな気持ち、ほんとに初めてだよ。
「そんなこと言われちゃ…やるっきゃねぇだろ!!!」
トングをカンカンさせ、篤はコーラを一気に飲む。
迎合するように、周りも笑顔になりながら箸を掲げた。
「「「おー!!!」」」
◆◆◆
時刻、6\25夜、21:39。
場所、セーサン商店街。
「おいゴラァ、どうしてくれんねんこの売り上げ!」
「す、すみません…すみません…。」
大男が数人と、アラフィフの男女。
店の前で怒鳴り散らすその姿は、まるでヤクザそのものだ。
「3月。3月だ。かなり待ってやるだけありがたく思え。」
「3月ですか!?あと9ヶ月しかございません!」
どうやら相当厳しい条件のようで、彼は懇願するように扉に手を当てた。その勢いで近くにあった簾が大きく揺れている。
「俺たちが言ったら、それは絶対なんだよ!お前らのような老耄に、何を言う権利があるものか!!!」
怒号が商店街を揺らし、
近くの家の子供が、上回るようにギャンギャン泣き出した。
「そ…そんな…!」
「お前らみてぇなのがいるから、俺らの利潤が上がらねぇ。」
そう言うと、大男のうちのリーダー格が後ろから出てくる。
玄関横の観葉植物を薙ぎ倒し、踏みつけて蹴飛ばした。
「あぁうるせぇうるせぇナァ。あのな、よく考えろよナァ?」
サングラスを少しずらし、強面の目を輝かせた。
「すいやせん、櫻井さん…。」
先ほどまで威勢を張っていた男が、櫻井の前で跪いた。
「こちとら、お前らみたいなの生かしてるだけで苦労するんだナァ。ずっとこれが続くと思わんことだナァ。」
「め、滅相もございません!3月、3月ですね?」
月明かりは雲の中に消え、狼のような櫻井の目が
その代わりに黄色く光っている。
コオロギが鳴き、
うるさかったのか櫻井はそれを捕まえこう言った。
「よく、覚えとけよナァ。ワイは見つけるのが得意なんだナァ。」
コオロギを、アラフィフ男の目の前に掲げた。
「そしてどうなるかわかるナァ?」
何も言えない。
刹那、コオロギは塵となる。
体液が、アラフィフ男の鼻にかかった。
「…必ず、潰すからナァ?それによ、ただでは潰さないナァ。出てきた体液を売り捌くし、楽には逝かせねぇナァ。」
大男たちは、ゆっくりと後ろを向く。
そして最後に、こう言うのだ。
「お前のとこ、女子高生いたよナァ。…それなら、さらに一年待ってやらんことも…ないかもナァ?」
◆◆◆




