疲れが吹き飛ぶ薬
「はぁ……」吐いた息はもう白くない。決して冷えていず、どちらかといえば温暖で穏やかな晴天だったのだが、その清々しさが逆に僕の心を曇らせた。僕は天候とは真逆に暗く淀んでいる。最近、少し頭を抱えることが多く切羽詰まっていたため、心身共に疲弊していたのだ。明るい空を仰ぐことも、澄んだ山並みを眺めることもできない。僕の目に映るのは、履いてきた靴と黒いアスファルトだけだ。気晴らしの散歩も意味が無かったと悟る。こうして居ても、逆に関係の無いことも考え始めてしまって、僕はまた溜息を零した。「疲れてそうだね、旅の御方」急に右耳に飛び込んできた声に、僕の体は若干跳ねた。その時初めて顔を上げたような気がした。右を向くと、陰になった所に座り込んだ男がにやりと気味の悪い笑みを浮かべていた。フードを深く被っていたので、目は確認できない。「……分かります?」普段なら恐らく無視していたろうが、今に限り何と無く口を利いてしまった。「あぁ、見るからにあなたは疲れてるよ。どうだい、これ、飲んでみるかい?」革手袋を嵌めた手に載っているのは、明らかに怪しい何らかの錠剤。僕は一気に意識が覚醒するのをはっきり感じた。僕、予想以上にやばい人と話してしまったんじゃないか? 僕が身を引きながら一応訊くと、彼は答えた。「これかい? これはねぇ、『疲れが吹き飛ぶ薬』さ。飲んでみたら分かるよ、ほら、一錠あげるからさ」それを聞いた途端、僕は逃げ出した。僕が逃げたのを見て「怪しくないよ、怪しくないよ」と叫びながら男も追ってきた。だが、残念。僕は短距離の足の速さには些か自信があるので、直に男の足音と声も聞こえなくなっていた。息を切らして止まる僕は笑っていた。男が色々と可笑し過ぎて。疲れは無い。確かにそういう意味では「疲れが吹き飛ぶ薬」だったのかもしれない。晴れ渡る蒼穹に雲は一つも無かった。
笑いは最高の薬。
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