熱で溶ける
「今年もこの日がやってきた……」僕は忌々しきカレンダーを睨んだ。一週間後に控えるは、二月の中頃、まだ肌寒い日が続く晩冬にあるイベント、十四日のヴァレンタインだ。この日になる度に、僕は頭を抱えることになる。僕はヴァレンタインデーにチョコを送れば良いのか、ホワイトデーにお返しとしてクッキーを渡せば良いのか、どっちのスタンスで居れば良いのか分からない。先ず、今日という日にチョコレートを貰えるとは限らないのが現実だ。過去には毎年一つは貰っていたのだが、今となってはそういう人は居ない。悩んだ末に彼女に訊くと「別に、渡したい人が居るんなら渡せば良いんじゃねえの?」と返されたので、僕は決心した。そして迎えた当日、いつもどおりカフェに行くと、彼女もいつもどおり待っていた。挨拶しながら彼女の前の席に腰掛けると、彼女も返した。直ぐにやってきた店員にいつものコーヒーを頼むと、静寂が訪れる。「なあ」彼女の声に反応して、僕はそちらを向く。差し出されたチョコレート。良く店で見る掌サイズのチョコレート菓子だ。「いつも、ありがとな」僕は答えない。下を俯きながら話していた彼女がその所為でこちらを向く。すっと差し出したチョコレートに目が行くと、彼女は静止した。「渡す相手は直ぐ近くに居たよ。こちらこそ、いつもありがとう」彼女が余りにも何も言わないので、今度はこちらが不安になる番だ。彼女の顔を見ると、赤く染まっていた。「……くっ、はは! お、お前、ブラックボルトかよ!!」彼女が顔を隠しながら笑い出したので、僕はむっとして反論する。「だ、だってそれが一番美味しいんだよ! き、君だって、市販の良く見るヤツじゃん!!」手に僕の渡したチョコレートを握る彼女も、僕の反論と似た反論を返してきた。それから少しして、彼女は柄にも無い穏やかな微笑を浮かべて言った。「……大切にするよ、これ」僕もそう返した。大事に握ったチョコレートは、熱で溶けかけていた。
外の寒さは感じない。
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