痛味
「で、何にするの?」机を挟んで座っている悩む彼に尋ねると、数秒唸り声が続いてから、硬直していた体をようやく解放するように動かした。「良し! やっぱ最初の麻婆豆腐にするわ!」僕は彼の発言に眉を顰めるも従業員さんを呼び、オーダーを済ませた。「……本当に良かったの? 麻婆豆腐で」訝しみながら尋ねると、彼は清々しく頷いた。「俺、辛いの好きじゃん」まあ、好きな物を食べれば良いと思うけど……と言葉を呑み込んだ僕の様子を察して、彼はニヨニヨと笑った。「お前は辛い物が得意じゃないし、加えて猫舌だもんなぁ」何も言い返せず、僕は御冷を飲むしか無かった。数十分後の帰り道にて、僕も彼も満たされた顔をしていた。「……辛味ってさ、味じゃなくて痛みらしいよ」まだ引き摺ってんのかよ、と笑われたが、続けて嘆息を零す。「でも、へえ……そうなのか。ま、美味いし良いんじゃねーの?」頭の後ろで手を組む彼を一瞥したのち、僕は呟く。「御金を使ってまで、態々痛みを味わうその理由が、僕にはどうも分からない」先をスタスタ歩き出すと、彼は僕の肩に腕を回しながら苦笑した。「ごめんって! そうだなぁ……ブラックボルトでどうだ?」彼に交換条件を提示されると、僕は渋々頷いた。僕の口の中には、下らない遊びで負けて罰ゲームとして共に食べることになった麻婆豆腐の痛味が残っていた。
それは一種の味。
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