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高3H英語  作者: 鞠矢百合


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相対性理論(7)

「そろそろ後発組のチューターたちも、放課後に来られる時間かな。」だなんて、小百合、律、西橘の3人が和気藹々と舌鼓を打ちつつ、ワインの優しさにしっかり温まって出来上がりつつ、『エース』な放課後でリラックスしていた頃。


 予備校校舎では、佳哉が始業時に感じた悪寒が杞憂に終わったとホッとするほど何事もなく、授業後の生徒対応も終えていた。あとは放課後に向かうだけだとチューターの誰もが心弾ませながら、最後の業務の仕上げにそれぞれが取り掛かっていた。

 西橘が放課後へ急遽参加することになったとの事後報告をチューターたちは業務中に夏観から受けたが、本来ならあり得ないタイミングでの連絡にもかかわらず、誰にも妙な緊張感はない。もはや、「(失礼を承知の上で)放課後の支払いのお財布が増えたぜ、ラッキー」くらいのノリである。今となっては、初めて西橘が放課後に参加した際の冒頭の、あのガチガチでお通夜な空気が笑い話だ。西橘が初めて参加した放課後で、「一度でもこうやってコミュニケーションを取れば、『講師』や『チューター』っていう記号から、お互いが個別で誰々さんって言う認識になる。ちょっとした挨拶くらいはできそうな関係にはなる。」と話をしたのが事実だったと、今更ながらに西橘って長らく講師しているんだなと、こちらもだいぶ失礼な感想を佳哉は抱いた。

 ケイトが心配していた放課後開催の会場については、『スペード』と言うコードで呼ぶ自分たちだけのカジュアルな場所から、外部を完全に遮断できる『エース』に変更になったと熊守を通して確認できたので、すでに懸念事項からは外れている。毎回、会場の予約やキャンセルに頭を悩ませずに済むのは、小百合のご実家関連事業の飲食店だからである。そんな特殊な利点を今年のチューターたちが目一杯享受していることに、改めて感謝する。同時に、自分たちがリーダーの座を譲る来年以降の放課後の会場設定はどうするのか、確実に小百合も自分たちも在籍する来年はまだ、どうにかなっても、、、、この状況に慣れてしまっている後輩たちを早くも少し不憫に思う。まぁ、きっと、小百合がなんとかするんだろうと信じることにしている。不確定すぎる未来に関して、今決めなくていいことに、今から悩む必要はない。

 今日の放課後はお店まで車での移動が再び面倒だが、お店の名前を告げられた2年生チューターの漫才コンビが「やったぁ、奇跡の高級店再訪!」と叫んだので、彼らの一言が今のチューターの総意だと思えば、気になりはしない。正直に言って、比べるまでもなく『エース』の方が断然に何もかも美味しい。雰囲気もいい。仕事中の身では褒められたことではないが、早く仕事を上がってすぐにでも放課後に行きたいと、明らかに誰の顔にも書いてあった。

 「あ、今日の授業での配布プリントの余り分、俺、講師室に取りに行ってくる。」

佳哉の声に、ケイトが反応した。

「私の担当クラスも今日、珍しくプリント出ていたの。そうね、今日は私たちで他の皆の分も回収しちゃいますか。私も一緒に講師室に行くわ。」

授業直後に講師から直接プリント類をチューターが受け取らなかった場合、講師室にて先生方が各自座っていた箇所の机の上にまとめて置いておいてくれることになっている。平日の高校生クラスの終了時間が割と夜遅いからこそ、講師もチューターも、お互いが業務時間や帰宅時間で時計を気にしてストレスにならないためのちょっとした工夫だろう。こんな形にしてくれた先達に何度感謝したかわからない。

「佳哉さん、ケイトさん、ありがとうございます。今日はお願いします!プリントの保管ファイルは代わりに、こちらで出しておきますね!」

弾む声で、後輩たちが応えた。チューター全員で仕事を分配していつも以上に効率化を目指す。実に、放課後の力は偉大なり。普段もこうならばいいのにと、その様子を眺めている夏観や熊守は、思わなくもない。

 いつもの通り、特筆すべき事項もないまま気軽に佳哉とケイトが講師室に向かった先。全く想像していなかった状況に、二人が固まった。

「あれ、、、鷹館橋(たかたちばし)先生、お疲れ様です。こんな遅い時間なのに、まだいらっしゃったんです???」

授業後は常に脱兎の如く講師室から消え去る物理科講師の鷹館橋陽法(たかたちばしひのり)が、講師室にポツンと座っていた。他の講師は、とっくに帰宅されている。

「うん。ちょっと色々あってね。南雲くんもお疲れ様。これが今日の授業の配布プリントの残り。いつも通り、保管の方をよろしくね。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

鷹館橋は御行儀悪く机に頬杖をつき、慌てた様子でプリントを受け取った佳哉をじっと見つめた。居心地悪そうな佳哉の様子を、ケイトがすぐ横で固唾を飲んで見守っていた。よく噛まずにこの先生の名前を淀みなく言えるもんだなと明後日な感想がケイトの頭に浮かんだのは、逃避願望がなせるものだろう。

「南雲くん。以前もお願いしたと思うんだけど。今日、僕も放課後に行っていいかな?」

「え、、、、、?」

意図せずに呟いてしまったのは、佳哉とケイトの二人のうちのどちらだろう。

二人のいる場所から、ありとあらゆる音が消え、時が、止まった。

何か、何かを、、言わなければ。

「えっと、、確かに以前、だいぶ前に、、、先生からそうお伺いして、、、教務に話を通して、放課後をご紹介させて頂いたと思うのですが。。」

一言でも間違えば後はない悲壮感を背負い、必死の佳哉が何も知らない顔をして抵抗を試みる。確かに、参加してみたいと言われた。だからその依頼を受けた際、特に詳細な希望が聞いていなかった点をついて、しれっとメディア組の放課後を希望として教務に放課後の仲介をさせたのだ。実際、それもどうかと思うけれど、メディア組との大変華やかな飲み会を希望する講師の方が多数なので、初動としては間違ってはいないはず。

「ああ。あぁいう派手なものではなくてね。あちらは申し訳ないけれど、お断りさせて頂いたんだ。」

「そうですか。。。」

教務に放課後を紹介をさせてからその後の様子について聞いていなかった自分の怠慢を、連絡先交換をしつつも連絡が特にこない様子に安心しきっていた自分の愚かさを、今の今まで何も気にしなかった自分の落ち度を、佳哉は遅すぎながらも呪った

「西橘先生も、今日の今日で決めて、ご参加されていらっしゃるのでしょう?」

本日最大のピンチ。下手な嘘はつけない手前、事実を否定するのは得策ではない。

「その、、、すでに先生がお一人参加されていらっしゃる場合は、『放課後1回につき、参加ゲストの講師の方はお一人』と、通常、お受けできない決まりになっていますし。。。」

事前に厳しい参加ルールを設けていた自分にかつてないほどの感謝をしつつ、勇気を振り絞って佳哉が回答を控える。

「そうなの?でも、今日、西橘先生は、飛び入り参加でしょう?」

あ、これ、詰んだわ。ケイトが無意識に掌をギュッと握った。

「ルールが決まっている以上、僕ら一介のアルバイトには、すぐの決断が難しくて、、、その、、、申し訳ありません。」

なんとか視線を逸らさずに、佳哉が虚勢を張って粘ったけれど。

「じゃぁ、職員さんに聞いてきてくれる?ここで待っているから。」

あ、これ、終わったな(=聞くまでもないわ)、、、と二人は同時に思った。夏観が「先生からの心象が良くなって、この校舎への出講率が上がれば、俺の査定にいい影響が♪別にいいじゃん、放課後くらい。バイトちゃんたちの飲み会でしょ。」とOKを出す未来しか見えなかった。

佳哉が横のケイトを顔を盗み見る。毅然とポーカーフェイスを保っているケイトの瞳の奥が、死んだ色をしていた。

「はい。聞いて参ります。」

努めて冷静な声色で答えたが、もはや降参宣言だ。当初の目的であったプリント類を黙々と回収すると、二人してもはやどうやって教務室まで歩いたのか記憶がないまま、戻って直ぐに夏観に状況を説明。当然、結果は予想通り。不愉快だったので、講師室への返事は夏観に託した。顔を作る自信がなくなったことを言い訳に、ゴネて「夏観に説明させに行かせた」とも言う。

「本当、すみません。。。」

誰にともなく謝る佳哉の呟きが、放課後を楽しみにするチューターたちの雑談の中へ吸い込まれた。佳哉は、この状況を聞きつけた後の小百合のところの専属3人組の反応が怖かった。日頃から薄い影を擬態しているはずの熊守が、佳哉にだけわかる程度に殺気を飛ばしてきたのが、現実を十分に物語っている。

「決まっちゃったものは、仕方ない。あとは、もう、流れに任せるしかないでしょう?」

腹を括ったケイトが、諦めたように帰宅準備を全員に促した。

 そんな二人に対し、他のチューターは平然としている。むしろ、楽しみにさえしている様子もある。もしかしたら、「(失礼を承知で)追加の放課後のお支払いお財布出現だぜ、ラッキー」な勢いだ。鷹館橋も十分にレアキャラではあるものの、元アイドルの西橘の存在感に慣れて仕舞えば、そこまで放課後への2人目の講師としての参加は気にすることではないのかもしれない。

 言われるまでもなく、第三者から見れば、ただのバイトたちの仕事後の飲み会だ。誰がどう参加するかで神経質になる方がおかしいと言えばおかしい。けれど、佳哉とケイト、小百合にとっては、学生でいられるうちの限られた時間の、大事なプライベートで。他の何にもならなくていい、ただの大学生の自分たちが、赴くままに色んなことを感じて、心剥き出しにして、喜怒哀楽を得られる場所で、特別だから。幼稚な願望だとわかっていても、どうしても自分たちが把握できる範囲の限られた身内だけの、内輪の会にしておきたかった。もしかしたら、自分たちのそんな稚拙な欲のために放課後をルールでがんじがらめにして、他のチューターをも巻き込んだバチが当たったのだろうか。

 佳哉の葛藤など知らず、漫才コンビが横で呑気に冗談を言い合う。

「薄っぺらくて軽い方の西橘貴法(たかのり)と、慎重で重い方の鷹館橋陽法(ひのり)が遂に放課後で揃うんですね?」

「すっごい稀少ですよね?今日の放課後は、どっちのノリに引きずられますかね?」

思わず佳哉が片付け中だった手元の資料で漫才コンビにハリセンをお見舞いしてしまったのは、致し方なかったと思いたい。

「うっせぇわ。」

夏を刺激する妖精の方のお名前から着想を得たんです。。。

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