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高3H英語  作者: 鞠矢百合


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相対性理論(6)

 「お待ちしておりました。」

重いオークの扉が、ドアマンに添えられた手で開けられる。送迎の車から降りた先、初めて訪れる場所ではない安心感も手伝って、3人の足は躊躇いなく薄暗いレストランバーのエントランスを中へと進んで行った。落ち着いたオレンジ色の柔らかい間接照明に、低音でゆったりとした洒落た音楽。先ほどまで3人がいた予備校の、眩しいくらい白いLEDの光に照らされて賑やかな生徒たちの声が響く校舎との大きな違いに、「今日の仕事は終わったんだよ」と自然と体も納得していくようで、徐々に肩の力が抜けていく。

 「あーあ。律くん、普通の大学生は、こんなところで『バイト後の飲み会』なんてしないからね。」

案内された席に西橘がどかっと自分を全部を投げ下ろすように腰を下ろすと、呆れたように律に話しかけた。この場所までの送迎の車内で、二人は更にさくっと打ち解けたらしい。

「それに、普通、会場までの送迎の車を出す学生も、滅多なことじゃいないから。」

「西橘先生、ちゃんとわかってますって。」

律が物知り顔で答えた。

「佳哉さんから、僕らの常識外れな特殊性についてちゃんと説明を受けています。今年は佳哉さんたちの代がリーダーになったので、りっちゃんのことも考えて、非常に普(・)通(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)仕様の放課後になるよって。2年生の先輩方が、昨年の居酒屋チェーンのオンパレードの放課後との違いを力説してるのも、耳にしています。」

「そう。ならいいんだけど。って、まさか、君ら、普段から普通にこんな雰囲気のお店に放課後で来てるのかい?」

「いえ。普段はもっとカジュアルな場所ですよ。ただ、アルコール提供の可否を明示するリストバンドの装着義務があってきっちり席も分けられていたり、何かと細かいルールがあります。専用の監視カメラもつきますし、厳しいなぁって初めての時は皆で驚きました。」

「は?監視カメラがつくの??」

「はい。僕らの席が設けられた個室への出入りだけですけどね。僕らが飲食をしている様子を撮るようなものは、ないって聞きました。」

「うっわぁ。」

状況を想像をしたのだろう。嫌そうな顔を西橘は隠さない。

「慣れたら、気になりませんよ。カメラの映像が悪用されないことは100%、わかってますし。貴重な経験をしてるなと思えば、ラッキーです。」

ああだこうだと喋っている二人に対し、小百合はめっきり静かだ。

「あ、小百合ちゃん。いいワイン、約束だよ?」

さりげなく西橘が話題を振るも、小百合は微かに頷いて視線で給仕スタッフに指示するのみ。

「うーん。とりあえず乾杯の前に、小百合ちゃんをぎゅっとしてあげようか?落ち着くかもよ?」

おちゃらけて西橘が言ってみるも、小百合からいつもの元気な反応は返ってこない。

「おーい。。。重症だなぁ。。。ほら、後発組の皆が到着する前に、溜めちゃった言いたいことを全部言っちゃいなさい。」

西橘に優しく促されても、小百合は言葉を発する代わりに困ったように微笑むだけ。律も心配そうに話しかけた。

「僕がここにいることでりっちゃんが気持ちを上手に話せないなら、僕、席を外しますけど。。。」

「ごめ、、、律、、、そういうのじゃないの。ごめん。。。」

揺れる瞳で、律のせいじゃないよと小百合が主張する。

その横で、お店の給仕スタッフが会話の邪魔にならないよう配慮しながら、何やら指示に従って持ち出したワインの蓋を開けていた。

「りっちゃーん。そんな顔で言われても。。。りっちゃん、あのさ、僕ら生徒、別にりっちゃんの『カッコイイ』姿だけを見て、りっちゃんを慕ってるわけじゃないからね。」

「え?」

俯くばかりだった小百合の顔が上がった。

「授業前に死にそうな顔で挨拶するから何かなって思ったら、『昼ごはん食べ損ねた、お腹すいて無理』って言い出して、職務違反になるって騒ぎつつこっそり生徒に飴もらってたり。泣きそうな顔してるから何かと思えば、配らなきゃいけない模試の受験票を廊下でぶちまけたり。黒板消し忘れて、先生にめっちゃ謝ってたり。あ、それでチョークの粉をうっかり爆発させた時もあったよね。そう言う全部含めて1年間、僕ら、りっちゃんを見上げてたんだからね。」

「律。。。」

それって、第三者的に聞いてみると相当ダメなチューターでは、、、?と言う小百合の情けない呟きは、こぽ、こぽ、、、と音をさせて、それぞれのグラスにワインが注がれていく音にかき消されてしまう。

「どうせ、今日の出来事の一人反省会で落ち込んだパターンでしょう?」

「なんで。。。???」

「なぜ分かったかって、、、そんなに驚くかなぁ?元生徒の『りっちゃん理解度』、舐めてもらっちゃ困る。佳哉さんとケイトさんのお願いの、『温めて』って、あれ、りっちゃんのコトだろうし。えー。そんな不服そうな顔しないで。今日はさ、せっかく素敵な場所で放課後できるんだから、りっちゃん、とりあえず乾杯しようよ。」

元生徒だから小百合に響く、律の言葉。元生徒だから何の遠慮もなしに小百合に甘え、気負うことなく小百合の心に踏み込んでいける、不思議な信頼関係。成り行きを見守っていた西橘は、自分には経験のないそんな二人の距離感を眩しく思う。だから、人生の先輩として、この瞬間を少しでも楽しめるように二人の背中をちょっと押す。泣いても笑っても、時間はあっという間に過ぎ去ってしまうから。

「僕、本当にワインの銘柄とかブドウの品種とかまるわかんないんだけど。良さそうなワインもちょうど開けてもらったところだし。小百合ちゃん、律くん、今日はお疲れ様。ヨシ、この僕の今日のナイスな活躍を讃えて、乾杯!」

「何それ。。。」

小百合が堪えきれずに笑った。

「僕、いっぱい活躍したでしょ。ほら、乾杯だって言った。乾杯するの!!」

「はい、乾杯。」

グラスを傾け、3人が喉を潤す。豊潤な香りが、傷ついた心も癒すように喉をゆっくり落ちていく。

「まぁ、あぁいう系がぶつかってくるキツさは、よくsわかる。けどさ、前にもこの場所で君ら自身が言ってたじゃん?100%で伝わったら、100%好意だけだったら、それは宗教だって。反対意見もあって当然。伝わらないこともあって、それが普通。今日はそれを実際に間近で経験して、いい勉強になったと思えばいい。これを糧に、これからの自分をよりよくして行けばいい。」

過去にアンチもたくさん抱えて苦しんだ経験のある西橘の言葉は、ずっしりと重みを持って小百合に響いた。

「はい。。。」

「ヨシヨシ。あれ、小百合ちゃん、ゼロ次会って、食べていい?真面目に仕事もしたし、お腹すいちゃったんだけど。」

「あ、大丈夫です。適当につまめる物を出してもらいましょうか?」

「うん、お会計でビビらない範囲でお願いね。」

「あはは。。。」

西橘の底抜けに明るい話術で、強張っていた小百合の心がゆっくり解けていく。その様子を、律は自分には無理だなと悔しく思いながら見つめた。元生徒だから、できることもあるけれど。元生徒だからできないこともある。皆、無い物ねだりなのかな。考えても仕方ないので、気を取り直して話題を変えることにした。

 「そういえば、西橘先生、敬語も子猫ちゃん呼びも、やめたんですか?」

そういえばと小百合もよくよく思い出してみると、普段は『子猫ちゃん』以外に『君』と『貴方』を使って会話を済ませる西橘が、小百合と律の名前を普通に呼んでいた。

「あー。。。ここだけかなー。やめたわけじゃないよ。おそらくずっと、そっちが『先生』の通常運転。これからも、それは変わんないだろうな。」

西橘は、即座に否定する。「ここだけ」と言う割には、あまりに自然すぎる態度に違和感がないのが恐ろしい。彼の身の回りで色々あったせいもあるだろうけれど、人との間に壁をつくりがちな西橘の信頼が自分たちへ向けられたようで、嬉しく思う反面、新たな疑義を呼ばなければいいけど、とさゆりは少し心配になる。

「あ、律くんもさ、堅苦しく『西橘先生』じゃなくて、外では『ニシタチさん』でいいよ。講師によるんだろうけど、僕はあんまり『先生』って外では呼ばれたくないから。小百合ちゃんたちは、とっくにニシタチさんって呼んでるし。」

小百合が頷いたので、安心して律も小百合に倣うことにした。

「ありがとうございます。これから、そう呼びます。」

「そういう律くんは、さっきからなんで、小百合ちゃんに話す時に、敬語、、というか丁寧語かな?タメ語と混ざってるんだい?聞いていて、結構、気になってた。」

あー。。。と、恥ずかしそうに律が口をパクパクさせた。

「その、、、僕の中でチューターの後輩の意識が強い時は、丁寧な口調がスルッと出てきてます。けど、、恥ずかしいお話なんですけど、、、どうしても気づいたら生徒の感覚に戻っちゃって、生徒の時にりっちゃんに話していたのと同じ感じになって、丁寧語がいつの間にかすっ飛んじゃいます。りっちゃんが、元生徒の言葉遣いにかなりおおらかだから、助かってて。。。」

「チューターと生徒って、タメ口が基本だっけ?」

意外そうに西橘が尋ねた。

「あ、りっちゃんのクラスの生徒だけです。他は普通に、敬語とまではいきませんが、最低限で丁寧語ですね。」

「なるほどね。それにしても、チューターと元生徒って、僕から見たら、本当に不思議な関係性だよね。」

「そうですか?りっちゃんのクラスが特殊なだけだと思いますけど。」

「特殊なの?」

「はい。」

「へぇ。。おーー。なんか長いお皿来た。なんだろう。」

目の前に出された長細いお皿に、色とりどりの何かを乗せた小さなスプーンが鎮座している。

「軽く前菜、パテとかその辺りだと思いますよ。ニシタチさんご希望のポテトはまだまだ先です。」

小百合の言葉を待つ前に、西橘も律もとっくにお料理に手を伸ばしていた。授業をこなしていた西橘だけでなく、律も相当にお腹は空いていたようだ。飲む以上、空きっ腹はよくない。小百合も、今日ばかりはカロリーに遠慮なく手が伸びる。だって、試験を受けるってってやっぱり、消費エネルギーは大きいはずだし、多分。

「あ、美味しい!」

微笑んだ小百合に、西橘がそっと笑いかける。もう大丈夫だろ、と言わんばかりに。

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