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高3H英語  作者: 鞠矢百合


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相対性理論(3)

 醜く歪んだから放たれる叫びに勢いづき、蔑むような視線をも飛ばす女子大学生の顔。膨大な負のエネルギーに驚き、小百合は言葉を失ったまま。なんとか担当の生徒である翼の盾になるように体を前へ向けているものの、動けずにいる。悔しいかな、彼女から指摘をされたように「守られている」のが当然な育ちの弊害でもあるのか、直接にぶつけられる悪意に小百合は打たれ弱いとは、いつかのケイトの談。家関連の罵詈雑言なら、感覚がとっくに麻痺しているからなんてことなく対応できたであろうに。小百合のまっさらな素で向き合っているチューター業務で憎しみの矛先になったのが、何よりの痛手だった。

 そんな中、迷いなく真っ先に動いたのは、律。

「感情をぶつける相手が違うでしょう。」

いつになく苛立つ声。律が床に落ちていたネックレスを、そっと大事なもののように拾う。

「取り巻きくんったら、そんな安物のオモチャまで大事そうに拾っちゃって。ほんと、気持ち悪い集団よね。」

吐き捨てるように言い放つ相手に向けて、穏やかな気質の律に到底似合わない辛辣な言葉を律が返す。

「何に向き合うべきなのか今でさえ分かっていないから、落ちたんですよ。」

「何よ!!何も知らないクセに!!!偉そうに、、、、!!!希望の大学に入ったのかなんか知らないけど、チューターだからって何もかも分かったフリしないでよ!!!」

ヒステリックに叫ぶ相手を呆れたように眺め、律は引き続き落ち着いた様子で口を開いた。

「知ってますよ。」

「は?」

「僕は、、、、昨年に僕らりっちゃんのクラスの生徒だった大半は、あなたが誰かを知っています。」

「そんなわけないでしょ。妄想も大概にしなさいよ。」

馬鹿にしたように、肩を揺すりながら彼女が鼻で笑った。

「知っています。他の高卒生たちは口を揃えて『現役クラスの担当生徒でもない高卒生クラスの生徒なのに、りっちゃんに受験の相談をさせて貰っていてごめんね』って、真っ当に謙虚でしたけど。あなたは違った。現役クラスで担当して貰っている生徒でもないのに、時に僕ら現役生のクラスにまで来て入り浸って騒いで。りっちゃんへの質問や相談に、僕らが学校帰りじゃ到底間に合わない時間から長らく押しかけて。りっちゃんを占領している自分の姿を勝ち誇ったように僕らに見せつけていた。そして、りっちゃんとの時間をさも当然のような顔をしていたのが唯一あなただったから、非常によく覚えています。」

 律の口から知らされる、小百合が知らずにいた昨年の日々。

 「嫌な思いをさせて、ごめん。全然、、、気づかなくて。。。私、チューター失格だわ。」

即座に小百合は律に謝った。愚かにも、小百合は気づいていなかった。全部の生徒に真剣に向き合っていたと思っていた。誰かに嫌な思いをさせている可能性や、生徒同士での摩擦の可能性を無意識に排除してしまっていた。生徒が返してくれる温かな心に慢心して、小百合のチューター業務が「できている」との思い上がりが、どこかにあったのだ。

申し訳なさと恥ずかしさに顔を覆ってしまった小百合の手を、振り向いた律がそっと外す。その細い手を握ったまましっかり律が目線を合わせにいくと、小百合がグッとたじろいた。律の方が圧倒的に背が高いのに、こんなふうに見下ろすように小百合に話しかけるのは、そういえばこれが初めてかもしれない。律は、ふわっと安心させるように小百合に笑いかける。

「大丈夫です。りっちゃんは謝らないで下さい。僕らが胸に抱えたあの複雑な思いを言ったら、りっちゃんはきっと気に病んでしまう。だから皆、言わなかったんです。空い嫉妬だという自覚がありましたし。それに、、、りっちゃんには、分け隔てなく色んな生徒と話していてほしかった。と言うのも、もしも自分も高卒生クラスに在籍することになってしまっても、、、りっちゃんがこうやってまた普通に話してくれるんだっていう僕らの希望にもなっていたから。そんなズルさから、示し合わせたように、誰もりっちゃんに言わなかったのもあるんです。」

律は小百合の手を話すと、再び、黙ったままの女子大生へ向き合う。

「りっちゃんは知らないでしょうけど。僕らは見てました。この人が、、、、美香さんが先生や担任やりっちゃんの前以外では、同じクラスの男子生徒への恋愛ばかりで、勉強を疎かにしていたこと。先生への質問やりっちゃんへの相談の順番待ちに僕ら現役クラスや高卒クラスの全員がテキストやノートを広げる中で、この人だけ恋バナに夢中でうるさかったこと。過去問でわからないところをりっちゃんに聞きに来るのが、受験勉強に必死なクラスメイトが話に付き合ってくれなくなったから雑談したいだけの口実で、ただただ不安を紛らわせてるだけだったこと。」

「そんなこと。。。」

怒りのあまりだろうか。名前を正確に呼ばれたからか。それとも、図星だったからか。顔面蒼白になりつつある彼女に、律は口答えをさせなかった。

「そんなこと、ありますよ。だって1回、りっちゃんに『恋愛してもいいけど、そのまま恋愛脳で行くと希望の大学に落ちるよ』って注意されて、逆ギレしてりっちゃんに皆の前で謝罪させましたよね。自分の模試の判定はA判定だ、と。りっちゃんに失礼すぎて、、、僕ら皆、不愉快に思ったから覚えてましたし、おかげでこの人のようにはならないって皆で決意が固まりました。」

小百合はただただ、律の語る景色に呆気にとられ、自身をさらに恥行った。生徒のことを見ていたのに、あれだけ、生徒にも「生徒のことを見ていた」と言っていたのに。こんなにも、何も見えていない箇所がある。なんて自分は傲慢なんだろう。「何を見てるんだ」とこうやって詰られても、言い返す資格が小百合にはないのではないか。

葛藤で言葉を発せない小百合に対し、律が淡々と言葉を紡ぐ。

「憎む相手は、頑張らなかった過去の自分です。『もうこれ以上できない』と目の前の受験に必死にならなかった、美香さん、あなた自身です。生徒に寄り添おうと必死でいる、りっちゃんじゃない。それさえ正しくわかんないバカだから、美香さんは志望校に落ちたんです。」

あ、律、いくらなんでもそれは言い過ぎ、、、と小百合が止める間も無く。

「うるさい!!!うるさい!!!!!」

絶叫した美香がコーヒーの紙カップを持った手を振り上げた。

やばい。これは確実に、コーヒーをぶっかけられる。熱いかな、火傷するかな、あれがかかったら。スローモーションでコーヒーの軌道が見えかけた時。

「あぁ、間に合った。。。大丈夫かな、子猫ちゃんたち?」

やけに間の抜けた台詞が、緊張感と息切れを引き連れて、その場を包んだ。

「取り敢えず、皆、落ち着こうか。」

数学科講師の西橘が、コーヒーカップをもつ美香の手を、横からガツンと抑えていた。

「離してよ!!!」

気が昂ったまま美香は西橘の手を振り解こうとしてもがくものの、掴まれた腕はびくともしない。

「ゆっくり、息をして。とにかく、落ち着こう。」

しばらく、、と言ってもわずか数十秒だろうか。緊迫したまま、西橘と美香の二人が睨み合った後。だんだんと涙目になっていった美香の腕を、西橘がそのままそっとおろす。どうやら、無事に美香の戦意を喪失させたようだった。

「色々、思うところはあるでしょう。ただ、残酷に聞こえるようだけれど、卒業生の君はもう部外者なのだから、すぐに校舎から出なさい。」

「。。。。。」

西橘が優しく語りかける。美香は小百合たちを睨んで、黙ったまま。

「こう言った騒ぎがすぐ、S N Sに晒されるご時世だからね。外野に撮られたりしないように衝立で囲んでもらって、会話の内容が漏れないようにエントランスのBGMを大きくしてもらっていたことに、君は気づいたかな?」

「。。。。。」

「その投げようとしたコーヒーで火傷したと、後々に傷害か何かの罪に問われる覚悟があっての、今の行動?」

「。。。。。」

「ここで予備校関係者から、卒業生に対して温情を与えられることに、感謝しなさい。その意味は、わかるかな?それに、君のお迎えもきたようだし。ね?」

お迎え?とその場にいた全員が疑問に思うまもなく、衝立の1つが熊守によって開けられ、一人の男子大学生が駆け込んできた。

「すみません!!!!」

「あ、ヒサくん。お久しぶり?」

顔と名前がすぐに一致するのは、小百合の強み。昨年の、件の高卒生コースの生徒だった。そして、、、目の前の美香が入れ込んだ相手。ヒサくん本人は美香の気持ちに気づいていながら、見事に避け切って無事に第一志望に合格したけれど。

「りっちゃん、お久しぶりです。それに、、、ああ、りっちゃんのとこの生徒さんか。大学生に無事になったの?チューターも?おめでとうって、もう9月だし、今更かもだけど。あれ、そちらはもしかして、今年の現役の生徒さんまで?うっわぁ。。。どうやら、ご迷惑をおかけしたようで。申し訳なさすぎる。」

どうも、と気軽に返事を返した律に、小百合は意外そうに感じた。

「あれ?ヒサくん、律と知り合い?」

「りっちゃーん。。。そりゃ、あれだけ去年、りっちゃんを一緒に囲んでいれば、さすがにね。。。」

「そっかぁ。。。」

それを聞き、小百合は再び何かを考え込みそうになる。

「りっちゃん。本当に、今日は申し訳ないです。」

「いや、ヒサくんが謝るようなことでもないし。え??で、なぜこんなベストなタイミングでここに?」

「今日、高卒クラスの皆が集まる同窓会で。取り敢えず声をかけたら、美香からも参加するって連絡はあったんですけど、集合時間になっても、集合場所にいなくて。なんかヤバイなと思ったら、美香の病んだツイをその場でクラスの子が見つけて、もしかして校舎を襲撃するんじゃと思って慌てて皆で様子見にきたんです。ただ、もう生徒じゃないから俺らが皆で押しかけるのはマズイとなって、取り敢えず代表で俺が校舎に駆け込んで、、、すぐさま高校生クラスの教務さんに掴まれて文字通り引きずられてここに案内させられました。やっぱり来てよかった。。。あ、クラスの奴らも、外にいます。会っていきます?」

「今日はいいよ。また別の日に。今はとにかく、そこのリーダーを連れて帰ってあげて。」

「こんなことしでかしたのに、『また』と言ってくれて、ありがとうございます。じゃぁ、ひとまず、『また』。」

「うん、『また』ね。皆にも、よろしくね!」

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