相対性理論(2)
「で、あのK-POPデビュー組みたいな3人は、ナニ?」
教務室のデスクで、なんて事のないように向けられるケイトの冷たい視線が、佳哉には痛い。けれど、あれは小百合が自分でやったこと。
「ナニと言われても。似合ってんじゃん?」
だから、佳哉はケイトにしれっと答える。
「似合ってるから、問題なの。どうせ、3人組の誰かの仕業でしょ。うーん。レギンス履かせてるから、、、、秘書さんか。」
「よくおわかりで?」
「だって、姐さんが選んだら、もっと穏やかな由緒あるお嬢様風に仕上がるわよ。実際、小百合は由緒あるお嬢様なんだけど。それに、もし警護の彼が服を選んでいたら、もっと派手色で露出度もバーンと上がってるでしょ。って、うわー。やだやだ。これだからもう。自分好みの服を着せる執着って。怖っ。。。想像がついちゃう自分もヤだわ。」
心底嫌そうな顔をしたケイトが、寒気からか身震いする。あんな3人組だからしょうがないじゃんと思っても、佳哉は自分の身の可愛さから口にはしない。
「ねぇ、佳哉。あの子、と言うかあの子たち、あの格好のまま放課後にくる気よね?うーん。。。」
「何か気になる?」
「こう見ると、チューターってさ、やっぱり、容姿がそれなりに整ってるんだよね。」
「アナタが言うな。」
そこら辺の芸能人もかくやという美女に、誰も容姿のことは言われたくはないだろう。何を言われても、嫌味に聞こえてしまう。
「あぁいう格好をプロがさせたら、やっぱり人目を引くのよ、あの3人。よくあれで、仲良し3人組と称して試験受けに行ったわね。山葉塾も、よく許したわ。名前とか、どうしたんだろ?あーあ。今だって、あの子たちの周りの視線がいつも以上にうざいのに。うー。今日の放課後のお店の変更できるかなぁ。ちょっと小百合に聞いてくる。って、小百合はどこ?」
「あ。んー。。案の定、、、席にいない・・・。生徒かな?たっちゃんさんが近くにいるだろうから、探してみて。」
小百合の生徒対応がある度に、熊守がそっとなんてことない雑用をごく自然に、小百合の近くでするようになったことに気づいた時、佳哉は薄寒さを感じたけれど。そういうご時世だと思えば、否定はできなかった。小百合を探しにいくケイトの背中を見て、なんとなくそんなことを佳哉は思い出す。
「、、、、、ほんと、バカみたい!!」
悲鳴のような細い叫びが響き渡ったのは、その直後だった。
時は少し遡り。。。
「りっちゃーん!!時間あるー?」
「あれー?どうしたのー?」
チューターの打ち合わせも終わり、各々がチューターのデスク周辺で自分の作業に没頭している中。自習室の受付から飛び出す元気な声に小百合が睨めっこしていた端末から顔を上げると、高3H英語で担当している生徒の翼が小百合を手招きしていた。競合他社への潜入での入校試験に疲れ、打ち合わせの盗み聞きも終わり、いい加減に飽き飽きしていた小百合は、嬉々として生徒対応に向かう。律が自然と小百合についてきたのは、明日から土曜のクラスを正式に手伝ってくれることもあるからだろう。なんとなしに、3人で講師室寄りの相談コーナーのあたりで落ち着く。
パッと小百合の全身を眺めると、翼がニパッと笑った。
「うっわぁ。りっちゃん、今日、可愛い!!」
「あ、ほんと?こういう格好、初めてしたから、素直に嬉しい。」
「うん、うん。可愛い。あ、お目目はグレー?」
「よく気づいたね?グレーのカラコン、入ってる。」
「りっちゃんのことなら、わかるよ。そういうメイクも似合ってていい。なんか、いつもより幼い感じもあっていい!!あーあ。だけど律さんに、なんというか横でそういう格好をされちゃうと、悔しい。」
「悔しい??」
「遠いなーって思う。」
「遠い??」
翼が自分の制服姿に、視線を下げた。
「来年、こっちに来るために今、死に物狂いで頑張ればいいよ。」
会話にハテナマークをつけた小百合に対し、律と翼は何かをわかり合っているようで。
「うん。死ぬ気で、なんとしても1年しかないし。」
「あ、いや。おそらく、あと3年はあるはず。」
「マジで?うわぁ。なら尚更、さっさと今年でなんとかしなくちゃ。」
「そこで、そんなにあるならじゃぁいいやってならずに奮起できるのが大事。一緒に頑張ろう。待ってる。」
「ありがとうございます。けど、待っているって言われちゃうのも、悔しいな。」
勝手に二人で話が進んでいく。
「え、ちょっと、置いていかないでよ。で、何の話?」
「いーの。こっちの話。で、あのさ、質問なんだけど。過去問、りっちゃんに言われたから、ちょっと覗いてみたの。で、相談に乗って欲しくて。ここなんだけどね。。」
慌てて二人の会話にはいる小百合に、翼が真面目に相談を持ちかけたのだが。
「へぇ、まだ、そんなことやってるんだ。」
小さいのに不思議と響いたのは、刺すような、それでいてどこか痛々しい声。翼の言葉を、まるでそこに翼がいないかのように遮った。3人がハッと視線を向ければ、一人の女子大学生がそこにいた。生徒ではなく大学生だと直ぐに思ったのは、持ち物、出立、服装、どれをとっても校舎から浮いていたから。なんとなく、小百合は翼を庇うように無意識に前に出る。
「あれ、、、リーダー、、、?」
その面影に、小百合は思い出した。昨年の、高卒クラスの生徒だ。小百合が在籍していたのと同じ高卒クラスのコースに昨年度在籍していただけで、特に高校生時に担当として面倒を見たとかはない。ただなぜかそのクラスの子たちは小百合の周りに出没し、しょっちゅう何かと話かけてきていたので、チューターとして応えられる範囲で相談に乗っていた。
「はっ。。。本当。。。何がリーダーって。バカにして。」
自嘲的に笑う彼女に、昨年よく見ていたようなあどけない元気さは見られない。彼女はクラスの中でも成績がかなり優秀で面倒見もよく、気前のいい感じだからリーダーと呼ばれていたはずなのだけれど。
「私だけ、志望校、落ちたからね。」
冷め切った声で彼女が言うと、コーヒーを片手に持ったまま、もう片方の手で彼女が肩がけしている鞄の中から何かをゴソゴソと乱暴に取り出す。小百合の視界の端で、熊守が物音を立てずに衝立をいくつか並べているのが目に入った。
「バっカみたい。そんな、茶番をまた繰り返していて。生徒が大事?ちゃんと見てる?みんな、頭、湧いてるんじゃないの。愛されてる??誰が?誰に?勘違いも甚だしい。生徒って愚かなんだよね。大学生になったわかったわ。昨年、私を馬鹿にして楽しかった?ほんと、無駄な一年だったわ。」
彼女の拳が、グッと握られた。
律がとっさにさっと小百合の前に腕を出して、小百合と翼を下がらせる。
「あっはは。あーあ。いつもいつも、誰かに守られちゃって。よかったねー。それに、何、その格好。今日は商売女にでもなって?男に腰振る日なわけ?りっちゃんってば、お気に入りの生徒とか侍らせて、ハーレムでも作ってんの?そういえば昨年もいっぱい侍らせてたっけ?あの彼も、結局、あんた目当てだったもんね。そっか。そういえば、イイトコのお嬢さんだもんね。逆玉の輿狙いに、皆、寄ってくるか。ざーんねん、私も男だったら、そこに混ざってあんたのご機嫌伺いしてあげているのに。」
小百合を傷つける明確な意図で発される言葉たち。だけどなぜか、傷ついているのは彼女のようで、小百合は情けなくも息を潜めるしかできずにいた。本当なら、生徒の翼には、こんなところは見せたくないのに。守る相手として、もっと安全なところに避難させなければいけないのに。向けられる強い憎悪に、縫い止められたように体が動かない。律と翼は、固唾を飲んで成り行きを見守っている。
フンっと彼女が握った掌を雑に開き小百合たちに見せつけた。そこにあったのは、遠くからでも光る、金色の細い鎖のネックレス。
「あんたのせいよ。あんたが大丈夫とか、頑張れとか、信じろとか夢みたいなことを言うから信じたのに。あんたが期待させるから、受かると思ったのに。全部全部、うまくいかなかった。こんなになったのは、あんたの甘い言葉のせいよ。私だけ、、、私だけ志望校に受からなかった。現役の時と、たいして変わんない結果だった。私の大学生活は、こんなはずじゃなかったのに。」
シャンっと音がして、ネックレスがこれみよがしに彼女の足元の床に投げ捨てられた。今年の1月、受験に挑む彼女にお守りとしてどうしても貸して欲しいと強請られて彼女に差し出した小百合のネックレスが、事切れたように床に広がる。
「ほんと、バカみたい!!!」




