ただしい愛し方なんて、あるの?(1)
「今学期もよろしくお願いしまーす。」
歩夢のまだまだ初々しい挨拶で、高校3年生の後期授業、高校のスケジュールに合わせればいわゆる2学期のチューター業務が始まった。高校生クラス責任者の教務である夏観が、必須の連絡事項などを口頭で確認しつつ、打ち合わせが進んでいく。
相変わらず暁史が時間ギリギリで出勤して息を切らしているのに対し、小百合は始業開始10分前に校舎に到着してからずっと、チュータ業務用に配布されているタブレットのスクリーンの座席表と名簿を眉間にしわを寄せて睨み続けていた。
「何か変なところ、ありました?」
始業前の書類チェックをした歩夢が不安になって、打ち合わせが大方終わったところでそんな小百合に声をかける。
「うーん。。。変というか。。。」
煮え切らない口調で、小百合が発言する。
「打ち合わせが全部終わってから、と思ったんですけど。夏観さん、この人数、間違いじゃないんですよね?」
「うん。間違いじゃないんだよ、それ。」
苦笑いで夏観が答えた。
「生徒数が116人って、どういうことでしょうか?」
「そのクラスの子の紹介含めた完全ご新規さんとか、夏講からの加入組とか、他曜日からの編入組がちょっとばっかり増えちゃってねぇ。。。」
116人ってすごい、と歩夢がぼそっと呟く。
「前期で辞めている生徒がいて、この人数ですか?もうちょい、他曜日のハイレベル英語のクラスに流せなかったんですか?」
「うん。そうなんだよねぇ。いやぁ、さすが『りっちゃん』だよね。今からそれなら、最終的には教室のキャパいっぱいに、200人まで埋めちゃうのもいいんじゃ。。。」
「先生に失礼ですよ。私ではなく、水島先生の出講のお陰が大きいだけでしょう?初野先生は、他曜日でも教えていらっしゃいますから。そもそも、スーパーやαクラス中心にご担当される水島先生が、ハイレベル・クラスをご担当されていらっしゃるなんて、異例中の異例なんですから。これなら正式に、今期から補助チューター付けてもらえますよね?」
「う、、、うん。。。」
「さすがに、補助なしなら無理です。回りません。」
小百合が押し切る。
「小百合さんなら、116人でも充分可能そうなのに。」
うっかり口を挟んだ歩夢は、続く小百合の勢いにちょっと後悔した。
「できる、できないだけなら、多分、できる。おそらく、対面での生徒対応やトークタイムだけなら、全く問題ない。けど、配布物があったら、配り切れない。物理的な手が足りないの。」
それに、、、と小百合がため息を漏らす。小百合の目は、名簿の中の生徒の一人の名前を捉えている。
「そういった配布物とかは絶対だから、コストパフォーマンスだけを求める人からは、配布物とかの必須事項だけを優先させろという意見もあるんだろうけど。リップサービスではなく本当に『りっちゃん』のことも生徒が求めてこの人数なら、対面での生徒対応とトークタイムを削れというのは、飲めない要求よ。」
「毎週同じチューターは無理だけど、必ず誰かはつけるようにする。」
さすがに、夏観も状況は理解している。
「もちろん、補助の学生にはチューターのお給料で、頼むんですよね?そうじゃないと、本来は名簿のシェアとかが守秘義務と契約の関係で不可能なはずというのは、校舎全体で認識してますよね?」
日頃の自分の行いを棚に上げて、小百合は念押しした。ただの雑用バイトとは異なる負荷がある分、チューターの仕事内容は正しく評価されて欲しい。
「チューターでのお給料分は時短になるけど。。。」
「そこは、今は構いません。全ての業務を一緒に担うわけではありませんから。ただ、150人を超えるようなら、さすがに補助でなはなく、2名での体勢をちゃんと考えてください。」
「はい。。」
渋々と、のはずが途中から目を輝かせながら夏観が頷いた。大方、人数拡大による褒賞でも思い出したに違いない。ここらへんの感覚は、どうしても社会人的に当然なのだろうけれど、小百合にはどうしても賛成できなれない。
「小百合と一緒に担当できるの、実はいいなとか、今、思ったでしょ?」
それまで黙って流れを聞いていた暁史が、ぼそっと小さい声で歩夢に話しかけた。
「はい。おそらく、これまでの感じから、補助に律が入るんだろうなと思うと、一緒に間近で仕事が見えるのは正直いいなと。」
「そんな簡単なものでもないさ。プレッシャー、でかいぞ。」
「プレッシャー?」
「生徒から見たら、チューター1年目もチューター3年目も、同じ『チューター』でしかない。これまでみたいに、ちょっと一緒に教室に上がるだけじゃない。正式に補助になった時点で、ずっと比べられるんだぞ、小百合の『チューター』ぶりと自分の仕事を。」
「あ・・・・。」
「物事は、一長一短。片方だけを見て、判断し無いほうがいいと思う。こと、小百合のチューターに関しては。理解できたら、自分のクラスに向き合おうか。新規の生徒もいるだろうし?」
「はい。」
合点が入ったと歩夢の顔に書いてある。
もう大丈夫だろうと判断した暁史は、自分のクラスの資料に目を向ける。スーパークラスだと、やはりといった感じだが。。。
「それにしても、毎年増えるもんだなぁ。」
暁史が呆れたように呟くのを、歩夢が拾う。
「何がですか?」
「前期だけで辞めていく生徒の数。」
「今は、昔と比較しても圧倒的に推薦入試組が増えているからねぇ。」
話題が変わって助かったとばかりに、会話に夏観が飛び込んだ。
「あ、もし推薦決まった生徒いたら、しっかり大学名聞いておいてね。よろしくね。じゃ、打ち合わせはここまで。」
「はい。」
神妙な顔で歩夢が返事をし、打ち合わせが終了した。
「よろしくね、じゃないでしょうに。」
小百合が夏観の背中を睨みながら、はぁっとため息を重ねた。
「小百合、今日はトークタイム、どうするの?本来は、後期もよろしくね的な挨拶とチューターの自己紹介だけど。」
「夏観さんも、推薦入試の結果の話をしていたし。今年は、もう今日、前倒しで推薦入試と一般入試の比較の話をすることにした。今、決めた。」
「前倒しで?」
「うん。1年時は生徒の弱音聞いて、11月にフォローで喋って、もっと早くに聞きたかったって言われて。だから去年は10月に話をしたんだけど、それでも悩んでる真っ最中で泣いちゃった子が出て。この人数なら、もう、今日やって、悩んだりする前に予防薬にしてもらおうかなって。」
「そうか。ちょうど、俺も、そうしようかと思ってたし。歩夢も、どうする?同じテーマでいく?」
納得し合う二人に、歩夢が尋ねた。
「あの、、、僕はずっと一般入試だけの志望で。推薦入試を考えたこともないので、下調べをしないと話ができないです。僕のクラスだけ、僕の知識やチューターとしての経験不足で話がしてもらえ無いのは、担当生徒に申し訳ないんですが。」
「あ、ごめん。入試制度の話じゃなくて。。。そっか、歩夢の出身校はほとんど全員が一般入試受験だよね。」
「はい。」
慌てて暁史がフォローに入った。
「うーんと、推薦入試と一般入試に貴賎の差は無い!と言えばわかりやすい?」
「あ。はい。」
「さっすが進学校出身者。さすがの理解力。」
「小百合さん、おだてないでください。」
軽く睨んだフリをした歩夢に、小百合はシュンとしてみせる。
「ス、、、スミマセン。じゃ、一応、私からもヒントを。大体のお話として。前期で辞めた、あるいは10月頃に辞める生徒って、推薦入試の合格の目処が立って、予備校の学費もったいないしって辞めるパターンが多いの。まぁ、予備校の学費、決して安くは無いからね。もちろん中には、共通テストの結果を提出必要があるとか色んな理由で、推薦入試合格後にも通い続ける生徒もいる。ただ、明らかに体に纏う雰囲気が緩むから、受かった子はすぐわかる。そんな中、後期の新規の生徒さんの中には、推薦入試を狙ってたけど叶わなかった子がたまにいたりする。当然、通期で通ってくれる生徒たちは、一般入試で最後まで頑張る組。」
「あ。。。」
「そう。生徒の心がね、微妙に不安定にもなっちゃうんですよ。この時期。その微妙さを、歩夢の言葉で励ましてあげて。」
「はい。」
「あとさ、トークタイムには関係ないんだけど。『自分の知識や経験不足で、生徒に不公平感が出る』って発想、成長にすごく大事な一歩だと思う。今日、それを歩夢の口から聞けてよかった。じゃ、そろそろ教室に上がろうか。いつもより早いけど、新しい生徒もいるし、夏休みのことをチューターと話したがる生徒も多いから。」
そういって「あー。初日は116人を一人かー」とぼやきながら小百合はさっさと教室に向かってしまったので。
「小百合さん、不意打ちすぎる。嬉しすぎる。」
歩夢が赤面して席に突っ伏してしまい、呆れた暁史に背中を叩かれ宥められていたりしたことを、小百合は知らなかったりする。




