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高3H英語  作者: 鞠矢百合


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76/99

緑黄色野菜(7)改

誤字含め、読みにくい箇所を一部訂正しました。

男性読者には興味のない話題かもしれませんが、将来、自分の大切な人ができた時のために、自分ごとの1つとして知っていただければと願っています。

 とろん。。。。。とろん。。。。。

ゆっくりと規則的に落ちていく水滴を眺めながら、半分、夢見心地で玲奈は思った。点滴が管を通って、ゆっくりと自分の体の中へ入ってくる。そのせいか、腕はひやっと冷たい。その冷たさがどこか心地よさもあって、なかなか、覚醒には遠い。もしかして落ち着けるように、眠くなるような成分でも入ってるのだろうか。

 「りっちゃん、信じてくれた。。。」

体はギシギシするのに、玲奈の心は軽い。今日、話せてよかった。

「迷惑かけちゃったけど。。。」

もしかしたら、面倒な生徒だなって、もう、自分のことをイヤになるだろうか。

浮かび上がった不安を、即座にもう一人の自分が否定する。りっちゃんは、そんなチューターじゃないよ、と。高校2年生でクラスを受け持って貰った時、決して自分も周りも優等生な生徒ではなかった。どちらかといえば、賑やかでうるさい集団。流行の話題、彼氏の話ばかりで、勉強の話なんてどれほどあっただろう。たった1年前の自分が恥ずかしくなるほど、なぜか女子高生の立場を謳歌して浮かれていて、思えばりっちゃんにとっては業務範囲外の雑談ばかり。それでも、りっちゃんは1つ1つ真剣に向き合ってくれた。

 先ほど医師から告げられたのは、おそらく、精神的なところから来る、摂食障害。それに伴う、重度の月経不順。横であからさまにほっとしていた母親をどこか苦々しく思いつつ、思い出したのは、りっちゃんのトークタイム。近隣の高校での体育祭が重なり、授業の出席者が奇跡的に女子だけだった日に、中学受験や高校受験をした人の中には経験あるだろうけれどと前置きした上で、マイクを切って『受験と女子の体』についてちゃんと話してくれたのだ。アスリートもそうだけど、極度の緊張状態に置かれる受験では、いつどこで突然、生理が始まってしまうかわからない。だから、突然の事態に動揺しない心積りをして、面倒がらずに常に準備しなさい、と。そう言う話を親含め周りとすることは、恥ずかしいことではないのだと。同時に、「彼氏に浮かれてないで、自分の体は大事にしなさい」とも。

 「後期は、土曜のハイレベル英語に移っていいかな。」

同じ高校の同じクラスの子たちが、進学校よろしくスーパークラスやスーパーαクラスの授業ばかりを選択していることを踏まえれば、プライドが山のように高い母親は、玲奈がハイレベルの授業を受けたいと言うときっと嫌な顔をするだろうけれど。こんな理解不足のままで授業を聞いても、それこそ時間と学費の無駄だ。なんてことは、自分の学習進度を日々記録つけて観察している母親には、それこそ分かっていそうなものなのに。

高校2年生までは、玲奈だってスーパー英語の授業でこんなに四苦八苦することはなかった。いつも通り予習して、授業を受けて、復習して。たまにの模試でも、そこそこ出来ていたけれど。高校3年生になってから、突然、授業に追いつけなくなってしまった。授業を聞けば、そうか、とは思う。でも、予習では見慣れない単語を追いかけるのが精一杯。復習では構文を取り直すので精一杯。何をどう、設問に回答していくのかが、いつも置いてけぼりになってしまった。そのまま何かの拍子に歯車が狂ってしまって、ご飯が食べられなくなって、誰にも何もいえなくなって、何もかも嫌になって、結果が今のこの状況。

 「りっちゃんが、いる。」

口にしてみれば、それだけで全部大丈夫な気がしてくる。そう告げたら、りっちゃんから叱られるのも玲奈にはわかってる。りっちゃん(自分)は逃げ場ではない、と。

ふと、久しぶりにお腹が空いてきた。

「今言うと、お夕飯にほうれん草のペーストとか出てきそうでヤだな。」

そっとひとりごちる。母親の派手な色のスーツが恥ずかしくてイヤで、それをりっちゃんに溢したときに玲奈の制服を例に「お母さま、広告代理店の営業でしょ?あのくらいの気概がないと潰れちゃうから、必要な武装なのよ。玲奈の制服みたいなものよ。自分の私服で、その色、着ないでしょ。ほら、緑黄色野菜、元気なビタミンカラー、カロテンばっちり、お野菜いっぱい取ろう!食べちゃえば、玲奈の勝ちってとこ?」とやや意味不明に笑い飛ばしてくれたのだ。あっけらかんと言われて胸がスっとして、それ以降、母親の身なりは気にならなくなった。そんなこともあった。

 今、自分は何が食べたいんだろう。こんな時、何を食べたらいいんだろう。

 ふと玲奈は気づいた。自分で何かを決めたことってあっただろうか。母親が決めたから、誰かが言ったから、その決められた通りにずっと行動してきて。もしかしたら、何も自分で決めないから、あれだけ母親が詳細に玲奈の毎日を決めるのではないだろうか。自分で何も決められずにその場に止まってしまうと思われている、玲奈のために。

 けれど、そうだとしても、母親に純粋に「決めてくれてありがとう」と感謝するのは、なんか違うし、シャクに触る。あれは、状況を逐一把握したい母親の願望や、ここまではできて当然と言う母親の理想が強く混ざってるから。そんなことも、玲奈は今なら感じられた。

 ひとまず、今日は寝て、明日に。ちゃんと自分の言葉で言ってみよう。ハイレベル英語に移ると「決めた」と。移るのがダメだと母親に言われたら、りっちゃんに相談してみよう。どうやったら母親を説得できるか、りっちゃんなら一緒に考えてくれるから。

 そして明日から、お野菜もいっぱい取ろう。いろんな気持ちも、いっそ食べちゃえばいい。

 まずはここから、だ。そっと目を閉じた玲奈の顔に、うっすらと自然な笑みが広がった。高校3年生になって初めて、自然に口角が上がった。




 小百合の前のテーブルいっぱいに広がる、野菜のせいろ蒸し。たくさんのタレに、抹茶を筆頭に様々なトッピングの入ったカラフルな塩。野菜ばかりでも、飽きることはない。どう見ても緑黄色野菜に偏っているのは、あえてスルーすることにした。美味しいは正義。うん、ちょっと、肉も食べたい。そのうち、出来上がりが届くだろう。何か言いたげなシロの視線を無視して、せっせ箸を進める。

 「ところで、姫さまは、なぜ、妊娠の可能性はないとお思いに?」

何事もなかったように夕食にガッツく小百合へ、ジジが何気なく問いかけた。職務上の守秘義務違反にならないギリギリの範囲の話でも、十分に疑問に思うのだろう。とりわけ、ジャケット1つを廃棄処分してきたのだ。そのくらいの話は許されると信じたい。

「ああ。あの子、マンジャロの副作用の説明をしたら『怖い』と素直に思えたって言ったから。じゃぁ、大丈夫かなと。当時のクラスの出席者が女子だけだった時に、『女子高校生』マジックの話をしておいたんだよね。ちょうど、初カレだなんだって浮かれる生徒も多かったから。」

お肉まだ?とジジに促しつつ、小百合が答えた。

「『女子高校生』マジック、ですか?」

心底不思議そうな顔をしたジジに、「なんか青春ど真ん中って感じで眩しくていいよね、やっぱり。女子高生って響き。」と笑いながら小百合が続ける。

「うん。あの女子たちが、男子高校生とか同い年くらいの相手と恋愛しているなら可愛い範囲だし、女子側は別にいいの。男子高校生側を『受験、本当に落ちるよ?』ってきっちり脅しておく必要があるだけだから。ただ、あのくらいの学校の子たちって、周りの視線への無意識のマウントもあるのか、やたら年上彼氏とか言い出すから。しかも、相手は家庭教師だ、中学の時の塾講だ、あとは文化祭のナンパ?だったっけな。正直、相手としてマユツバで。だから、彼女たちが本当にどんな素敵な女の子なのか関係なく、女子高生= JKって記号だけで特に年上の男性からはアクセサリーのように見せびらかす価値が出るんだよって伝えたの。大人の男性が色々知っていたりしてスマートっぽくて、高校生の彼女たちからはうっかりカッコ良く見えちゃうでしょうけど。そんなのはタダの経験マジック。彼女たちがまだ持ってない経験値に惑わされているだけで、その年齢になったら誰だって同じくらいのことは容易に出来るようになるよって。女子高校生の恋人を声高に吹聴する年上の男なんて、その男の同い年の女性から見たら、カナリの年下に手を出す最低なドスケベ。または同い年に相手にされてない彼氏候補最下層群。ドン引きなんだよって。」

「否定はできませんね。あ、お肉はまだです。もうちょっと野菜食べてください。」

ジジが納得した顔で、食べ続ける小百合の隣に腰を下ろした。小百合のグラスへそっと泡もののおかわりをつぐと、自分も食べ始める。小百合と食事を共にするのは、ジジの特権だ。

「で、同時に、彼女たちが心から望んでもいないのに、相手がその場の雰囲気とやらで体の関係に持っていこうとしたら、そんな『女子高生の体目当て』のオッサンは、恋愛という大義名分を得て大人社会の常識を誤魔化しているだけで、その実はお金や経験で彼女たちを買ってるだけ、つまりやってることはパパ活とたいして変わりないよって。遠慮なく自分たちから関係をお断りしなさいって。本当に彼女たちのことが大事なら、気持ちが整うまで、あるいは大学生になるまで、相手は待ってくれるよ、って。」

「パパ活。。。」

壁際で次の警護スケジュールを確認していたシロも「違わねぇな。」と思わずと呟く。

と、珍しく夜のこの時間まで残っていた紅一点の花が会話に加わった。

「確かにまぁ、女子高生アクセサリー説は否定しないけれど。大学生になったとしても、女子大生ってのも社会人からしたら充分に同じようなアクセサリーよ。姫様もちゃんと周りは見極めなさいね。もしかしたら、この人逃したら他にいないかもって思うことがあるかもだけど、私からしたら、他にもたくさんいる。絶対にもっといい人に出会えるわよ。だって広い世界にこれから出ていく世代なんだから。これからの出会いがたくさんがあるのに、今この瞬間に見える範囲の出会いに囚われてどうすんのって思うわ。ね?」

「はぁい。。。」

小百合も人生の先輩の言葉には大人しく頷くしかない。

「ただ、『待ってくれる』も言い様で、、、世の中には大学生になったら、社会人になったら、社会人何年目になって落ち着いたら、あの仕事が終わったら、とヤタラに理由をつけまくって、付き合っているとか結婚するとか重要な決断から逃げまくって逆に『待たせる』男性もいるからねぇ。自分の自信のなさを相手が一途に待ってくれる優越感で満たすヘタレもいれば、まだ遊びたいクズの場合もある。他には、一見女性の体を思いやっているように見えるけど、実は自分がまだ遊びたいからとか、結婚しているのを隠しているからとか言う理由で避妊に神経質になるヤツとか。まぁ、気をつけること、ね。そうやって女性の貴重な時間を無駄に使わせる相手も、さっさとお断り案件でいいと思うわ。そう、難しいわよね。だから、人付き合いにちゃんと向き合うと、人は成長できるんじゃないかしら?」

「はい。。。」

もはや、姉さんのその背景にある過去が何かを察することさえも不敬に当たりそうで、誰も何も口を挟まない。皆、あのヒールに踏まれる趣味は、ない。

「いつか、そこまで踏み込んで姫様も生徒さんに言えるようになるといいわね。ハイ、これ、ケーキは私から差し入れ。元気出してね。じゃ、私はこれで帰宅します。子供を迎えに行くわ。お疲れ様。」

「あ、お疲れ様です。」

嵐のように退出する赤い花の後ろ姿を見送りながら、先は長いなぁとジジとシロが思ったのは、ここだけの内緒の話。


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