緑黄色野菜(6)
車の窓の外を、変わらないいつもの景色が流れる。疲れた自分の顔が窓ガラスに映るのを見て、小百合は何度目になるのか分からないため息をつく。座っている後部座席をフラットシートにすると、もう何もかもイヤだとばかりに足を投げ出した。とうの昔に、靴は車内のどこかに脱ぎ去った。
「姫サァン?」
小馬鹿にしたように、送迎と警護を兼ねた御代真白が声をかけてくる。
「いろいろ、解決はしたんだろ?」
全てお見通しですとばかりな声色に小百合はカチンとするも、言い返す勢いはない。
「シロ、あのさぁ。。。。はぁ。解決はした、、のかなぁ。ただ。。。。」
「ただ?」
「私は何も出来なかったけど。」
「何も?とは?」
シートでだらんと伸び切った小百合に、シロがブランケットを差し出した。いくらパンツスーツだったとはいえ、淑女にあるまじき姿勢であることは否めない。素直にブランケットは受け取ることにする。
「何も、よ。ゼロ。ゼーロー。なぁんにも。誘導はたっちゃんが完璧にこなしたし、全てをまるく納めたのは、お掃除のお姉さんだし。」
「はっ。適材適所だろ。TATSUは受験生なんてメじゃないくらいヤンチャな子が多いダンススクールを、アレでも回してたんだ。本人だって、人目につかないよう細心の注意を払って移動してた経験がある。隠密行動のプロ。予備校のおとなしい生徒一人の退出を人目につかないよう誘導することさえ出来なかったら、無能だってシめてるわ。」
何をアホなこと言い出しているんだと、シロが肩を竦めた。
「それに、お掃除担当部のお姉さんとやらは、子供を3人育てきって、孫までいるんだぞ、あの人。包容力と図々しさで、その彼女に対抗しようだなんて、姫さんみたいな20代前半のガキが何をどうやったって、天地がひっくり返ったって無理。
「シロ、ひどい。」
「事実だろ。事実。それに、現場の何もかもを全部、姫さんが一人で出来ないといけないわけ?違うはずだ。姫さんは色んな現場があることを知って、その上で何をどう判断するかが可能になる必要があるのであって、現場のことをイチからジュウまで一人でこなすことを求められてはいない。」
小百合はパッとブランケットで顔を隠した。シロが言うことは、正しい。けれど、そうじゃない。そうじゃないんだよ。。。
「なに。それとも、自分がチューター業務は同僚より抜きん出て出来てるような思い上がりを、痛感したってわけか?」
「シロ、うるさい。。。」
どうしたって、シロは逃避をさせてはくれない。現実を見ろと、突きつけてくる。
「それも事実、だろ。事実。」
キツイ。けど、シロの顔を見なくなって、小百合にわかる。口調はキツいが、心配してくれていることくらい。溜め込む前に心情を吐き出せと小百合を甘やかすために、こうやってくれていることくらい。
ブランケットを引っ被ったまま、情けない声で小百合が喚いた。
「チューター、ちゃんと頑張って、、生徒に向き合っているつもりだった。けどさ、気付かないうちに面倒な保護者だな、出来るだけ会話は避けたいなと思っている自分がいた。なぜ、保護者があんなにも必死だったのか。その生徒がどんな状況だったのか。想像さえせず、『保護者』とか『生徒』と言う文字上の存在で終わらせてた。」
「担当生徒じゃないんだから、仕方ないだろうが。」
「全く知らない生徒でも、ないのに。保護者とだって、面識あったのに。知ろうとすれば、学生カード見て、知ることくらいできた。」
「それこそ、傲慢だろ。自分は全部できたはずって。」
「そうだよね。。。思い上がり、傲慢さ。うん、わかってる。そもそも、高2スーパー英語であれだけ面倒見ておいて、高3になったら後は勝手に自分で頑張れって放置はヒドイなって。そんな状況は、、、私はハイレベル英語担当だからスーパーの生徒は担当じゃないっていうのも、、、そもそも、、、水島先生の授業のチューターをしたいって言う私のわがままのせいなのに。」
「姫さん。暗に『他のチューターじゃ役に立ちません』って言ってるぞ、それ。姫さんはだいぶ、自分の万能感を見せびらかしたいらしいな?うっわぁ、ヤなヤツぅ。」
シロが的確に煽ってくる。
カクンと車が止まった。運転席からシロのインカムに、渋滞だと連絡が入る。確かに先ほどからちょくちょく渋滞に巻き込まれているようで、なかなか車が進まない。
「そんなじゃ、ない。。。」
否定する小百合の声は、弱弱しい。
「じゃぁ何?ワガママって言うなら、水島先生のチューター諦められんのか?」
「絶対に、イヤ。誰にも渡したくない。」
「渡したくないって、それは違うんじゃないのかね?」
「イヤなの。絶対に。」
「あー。ハイハイ。。。」
どこの駄々っ子だ、とシロが喉を鳴らして笑った。
「水島先生がいらっしゃるから、私が私でいられるんだもん。」
「わーかってっから。」
小百合の頭をブランケット越しに、シロがポンポンと軽くこづく。
師と仰げる存在に出会えただけで、サボりそうになる自分自身を律し、一生真摯に学び続ける方向へ自分自身を御せる。それが、どれだけ幸せなことかを知る人は、一体どれほどこの世にいるだろうか。
「じゃぁ、姫さんは何をそんなに不貞腐れてんだ。」
「消化不良。」
「何が。」
「全部。自分で何もできなかった悔しさ、幼さ。知ることを面倒がったり、決めつけて知ろうとしなかった傲慢さ。やっぱり自分じゃなきゃダメなんだなんて奢り。それでも譲れない、水島先生の『担当』であること。」
「自分でわかってんじゃないか。」
スーッと車が再び前へ進み出した。今日は高速ではなく、下道を使うらしい。
「じゃぁ、どうすんだ?」
「現場のヒトと知り合う。決めつけないで、何事もまず自分の目と耳で知る、勝手に思い込まない。周りを頼る、場合によっては教えて任せる。」
「で?他には?」
「学び続け、考え続け、水島先生の担当を外されないように頑張る。」
はぁ、と、ブランケットの塊から小百合が顔を出した。
「シロ、ごめん。」
モジモジとブラケットをまるめながら、小百合が謝罪を口にする。
「お安い御用ですよ。」
何事もなかったように、いつもの柔らかい優しい目でシロが小百合を見た。この男にもこんな目ができるだなんて、警備部の人間が知ったら『恐怖の前触れです』と全員が裸足で逃げ出すだろう。
「はい。ご褒美。」
ガサゴソと車内の冷蔵庫を漁っていたシロが、缶ビールを差し出す。おそらく小百合のチューター業務の裏でシロが買い出しにいかなければ、車内には常備されていないシロモノだ。
「え?いいの?ジジに怒られない?」
座席のシートを起こして、小百合がいそいそと受け取る。
「あいつは母親か。それこそ、その腹黒白づくめから、だ。今日は荒れているようでしたからってさ。姫さん、好きだろ、こういう雑な飲み方。」
「うん。」
プシュっと音をさせて、小百合が缶を開ける。ネイルによくないことはわかっているのだが、缶ビールは自分で開けるのが、いいのだ。
「ありがと。」
グッと飲んで、ほっと一息。
「あ、こっちで手ぇ拭いて。空きっ腹に入れると酔うから、ちょっとツマんで、な。」
シロがダイヤ型の綺麗な透明のプラスチックの容器に入ったドライフルーツを差し出した。こちらも、ワクワクしながら口に入れる。
「何のドライフルーツ?これ。甘い。」
「トマト。で、こっちは、キウイで、これがレモン。こっちは俺から差し入れ。」
「へぇ。色もきれい。シロにしては珍しく、お洒落ね。」
「一言余計だっつーの。ちなみに、トマトもキウイもレモンも、緑黄色野菜。」
「は?」
「フルーツじゃなくて、野菜ってのがなー。意外だよなーs。カロテンばっちり、お野菜いっぱい取ろう、、、って、、おい。投げるな。せっかく買ってきたのに、こぼれんだろ。」
小百合は、ブランケットをシロの顔を目掛けて放り投げた。
「そっちこそ、一言余計よ。せっかく気分良く飲んでたのに。」
「ちなみに俺は、姫さんが缶ビールよりシャンパンのハーフボトルを直飲みしてくれる方が、そそるんだけどなー。」
「爆裂下品。」
今度は本気で、シートに配備してあったクッションを投げた。
「あはは。」
あははじゃないってば!!と叫んで小百合は気づいた。自分が気分をちゃんと切り替えられていることに。
甘やかされている。その意味は、、、、人に恵まれている。これに尽きる。




