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高3H英語  作者: 鞠矢百合


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緑黄色野菜(4)

血液系の話題が苦手な方は、読まずに次へお進みください。

「あら、そうなの?」

努めて冷静に、まるで何事もなかったように。小百合は柔らかい声色を出す。腹筋に全身全霊をかけて力を入れ、決して悟られぬようにそっと息を吐き、細心の注意を払って紡ぎ出された相槌は、不自然なほど自然だった。

いつか、こんな会話をする日が来るかもしれないと、ありとあらゆるパターンを想像して想定問答をしては来たけれど。実際に会話の中へ身を置いてみると、これほどまでに緊張するとは小百合自身、思ってもみなかったと言うのが素直な感想だ。

「うん。。。来ないの。。。」

幸い、相手に小百合の緊張感は伝わらずに済んでいるようだ。

「とりあえず、座ろうか。」

救護室に備え付けの折りたたみ椅子を持ち出し、とにかく生徒を座らせる。

「それで?どのくらい、生理、きてないの?」

「4ヶ月くらい、かな。。。」

4ヶ月。すでに、高校3年生になってから、か。彼女の学生カードも見てないし、最近の成績もわからない。邂逅があまりに突然すぎる。彼女の名前は。。。えっと。。。

小百合はそっと、生徒を見る。

綺麗なナチュラルの黒髪にパッツンとしたボブヘアに、進学校らしい自由な校風を謳歌する、あざと可愛く着崩した制服。その装いは、高校2年時と変わらない、今っぽ可愛い女子高生。成績は、それなりに良かったはず。けれど、くったくなく笑っていた姿が思い浮かばないほど細い手足と、顔に浮かぶ思い詰めた表情に小百合の心が痛む。

「そっか。。。えっと、、玲奈ちゃんは、最近、ご飯はちゃんと食べてる?」

「りっちゃん。ちゃんと玲奈のことも、、覚えててくれてるって本当だね。あのね、、、ご飯見ると、うわってなって吐きそうになっちゃうの。」

「そうなの?いつごろから?」

ありとあらゆる可能性が引き金になりそうで、内心、冷や冷やなことは、なんとしても悟らせまい。

「うーん?もう、ずっとかなぁ。だから、夏休みに入ってから、ママには自習室仲間の皆で食べてるって言ってる。」

母親は気づいているだろうなぁと小百合は思うが口にはせず、そっと、玲奈の両手をとった。言葉を、ゆっくりと促す。

「ちょっと食べれないくらいは、いっかなって思ってたの。イNスタには細い子たちがいっぱいいるし、そう言う感じかなって軽く思えてたから。」

折れそうに細い指先は、微かに震え続けている。手の甲や、指の関節をくまなく見る。幸い、拒食症を患った人に多く見られる、吐きダコはなさそうだ。

「けど、こんなにウエってなるの、もうやだ。」

「そっか。。。前に、、私のクラスにいた頃、皆が健康診断の体重測定がイヤだとか、痩せられる注射がお姉さんたち世代で悪い意味で流行ってとか、話をしたのを、覚えてる?」

「うん。」

「そう言うお薬を服用したことは、ある?」

「ないよ。だって、りっちゃんのその話、すごく怖かったもん。」

「怖かった?」

「うん、大概のことを『ふうん?』って笑顔で聞いてくれるりっちゃんが、健康な人が使ったら体に悪いんだって淡々と体への怖い悪影響ばかり言うから、すっごく怖くなっちゃって。」

一応、物事の悪い側面を事実のままに言ってはおいてみるものだなぁと、あの日の自分を褒めつつ。そんなちょっとした会話さえ、自分の知らないところで誰かには大きな影響になってしまうと言う危険さも改めて自覚しつつ。

「じゃぁ、夜は眠れてる?」

「全然、無理。夢の中で、予習に追われて、おわんなくて、授業とか間に合わなかったりする夢ばっか見る。」

「そっかぁ。。。」

 小百合の頭脳は限界まで稼働して言葉を探し続ける。自分は心理カウンセラーの専門家ではないし、ましてや医学的な専門知識があるわけでもない。その自覚は十分にある。状況を理解するには、相手が話をしたくなって貰うことに頼るしかないのだ。

「うぅう。なんか、気持ち悪い。吐いちゃう。。。」

玲奈のえずきそうな気配に、とっさに救護室の備えの洗面器を用意する。繰り返される空嘔吐に、ひたすら背中をさする。自習室では、本当にギリギリだったんだろう。

「もうやだ。。。なんか、いつも気持ち悪くて、頭ボーッとするし、眠いし、夏なのに寒いし。授業、どんどん分からなくなるし。」

「分からなくなる?」

「予習しても復習しても、どんどん分からなくなる。ママが、今日はここまでがお勉強の範囲っていうのも、どんどん出来なくなるの。」

細かやに学習範囲を親が管理しているのも、高2の時から変わらずに、ずっとか。であれば余計に、この状況も母親は気づいているだろう。だからこその、あの面談回数かもしれない。この母娘はどこか、似ているところもあるから。

「模試も、どんどん成績下がるだけで。わけわかんないし。もう、怖いよう。。。」

「怖い?」

「うん。怖い。受験、怖いよぅ。」

「大丈夫。受験は怖くない。」

これは、事実として小百合が言ってあげられる。

「それに、ここ数日はもう、アタマおかしくなりそうなほど、お腹痛いの。。ずっと、ぐしぃって、地球の全重力がお腹にかかるみたいに痛いの。やだぁ。。」

 小百合が事実をさっと頭の中でまとめると。生理が来なくなって4ヶ月。食べ物を見たら吐き気がして、食欲はなく、常に眠くて寒気もあり、睡眠不足。当然、思考はクリアにはならず、情緒も安定しない。加えて、腹痛。前日にそんな話題をしたせいだろうか。真っ先に浮かんでしまう可能性は、やはり、アレか。。。体調不良の総合デパートかな、、、と現実逃避しかける自分を叱咤するも、一番繊細な質問は聴けずにいると。

「りっちゃんに言ってた、あの彼とは、別れたもん。。。」

玲奈が呟いた。

そ、、、そこから先は聞いていいかなぁ?!と小百合が心の中で押し問答する間もなく。

「い、、、いやぁああああ。なんか、ドロってしたぁ。。。」

玲奈がパニックを起こしかけ、立ち上がる。過呼吸気味になる前にとにかく呼吸を落ち着かせねばと、片目でいざと言うときのビニール袋を探し。。。玲奈のベージュ色の制服のスカートがじんわりと赤黒く染まり、そのまま足元を血液が辿っていくのが見えた。

「いやぁああああああ。」

ついに、玲奈が絶叫する。流石に、救護室の外へも響いただろう。

「玲奈!!!」

とっさに小百合は玲奈を椅子へ座らせ、自分の着ていたジャケットで玲奈の下半身を覆って見えない工夫をし、細い上半身を抱きしめる。

「玲奈!!大丈夫。大丈夫だから。りっちゃんに、守らせて。」

悲鳴を上げ続ける玲奈を左手で抱きしめたまま、小百合は壁にかかる内線用電話器のコードを右足で蹴り上げて手繰り寄せた。かける先は、もちろん、覚えさせられている熊守の内線番号だ。何の役に立つんだと熊守に文句ばかり言っていたが、まさか、役に立った。

「あ、たっちゃん?救急車要請。校舎付近でサイレン消すように言って欲しい。あと、面談止めて、母親呼んで。事情あって、男子禁制。そう、人目につかない搬送ルート確保してほしい。誰か女性職員、、、って、いねぇえええ!研修で出払ってんじゃん!あ、お掃除さんの、、そうそう、あの人呼んで!」

 ダンススクールをずっと運営していた彼なら、こう言った大概の荒波は経験済み。任せて安心だ。

「大丈夫、お母さんもすぐ来るから。」

「いや。。。怒られる。また、なんで玲奈はちゃんとできないのって、ママに怒られる。」

「大丈夫、りっちゃんがココにいるから!!」

少し強めに力を入れて椅子ごと抱きしめると、だんだんと玲奈の呼吸は落ち着き、代わりに今度は号泣し始める。

ひたすら抱きしめ、口の中が乾くほどに大丈夫と繰り返したのは、どのくらいの時間だっただろうか。時間にして、わずか1−2分だっただろうけれど。小百合には、途方もなく長い時間に感じられた。

コン、コ、ココンと、控えめな、不思議な音列のノックの音がする。この音は、たっちゃんだ。

「どうぞ。」

小百合の返事を待たず、真っ青な顔をした母親が救護室に飛び込んで来た。

「ママ。。。ごめんなさい。ごめんなさい。ちゃんとできなくて、ごめんなさい。お願い。まだママの子で居させて。ごめんなさい。」

泣きじゃくりながら繰り返される悲壮な玲奈の謝罪が、救護室に響き渡った。

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