権威ある魔法陣(6)
とろっとした香りを放つ小さな粒のタピオカミルク。プルンと震える杏仁豆腐。鮮やかな色彩で華やかさを足す、マンゴーソースの極甘ジュレ。
全てが、もちろん、甘い。それぞれの一皿が、非常に甘い。見た目も香りも、甘い。すっかりお腹は満たされているのに、どれもこれもが別腹におさまってしまう不思議な贅沢。さすが、至福と名高いここ(レストラン)のデザート。皆で思い思いに舌鼓を打って笑顔に、、、のはずではあるのだが。
一人ほどゴマ団子を口いっぱいに頬張っている者もいるけれど、そのゴマ団子を味わうことも忘れた様子で、当事者1名を除くテーブルの全員が1点を見つめて微動だにしない。
「あ、、、、、ぜんぶ混ぜた。。。。」
心の声が漏れたのは、誰だろうか。全員同じ思いなので、咎める者はない。
「おい。ここでもやるか?それ。」
熊守はこれまでに上がった話題は自分ごとではないからと気配を消していたくせに、我慢ができなかったようで呆れつつ「御行儀悪い」と西橘を一刀両断にした。
「あ、すみません。つい、、、好きなんで、いつもこうで、うっかり。。あ。。。。」
某ミsュランの星を掲げるこのレストランも、まさか出張先に出したデザートを全部をグチャグチャに混ぜられるとは思っていなかっただろう。西橘の手元では、原型を留めないほどに全部が混ぜ尽くされている。所々が微妙にマーブル模様なのが、辛うじて元はそれぞれ別物だった品の名残か。
「そんだけ緊張感が抜けた、と。」
熊守が意地悪く笑い、芝居がかった台詞で続けた。
「では、そんなアナタにちょっとここで余興を。」
「余興??」
はてなマークを盛大に飛ばしつつ警戒した西橘を無視して、ゴマ団子の咀嚼を終えた小百合がパンパンと手を打った。あ、そろそろどうしようかと思ってたんだよねー、たっちゃんありがとーと小百合が呟く声は、熊守の不気味な笑顔に気を取られている西橘の耳には届かない。
なんの前触れもなく、ストンと部屋の照明が落ちる。聞こえてきたのは、その場の誰にでも、既にどこか聞き覚えのある曲。
こういった楽曲に疎い僕でさえわかるわ、と佳哉が独りごちる。なんたって、聞き覚えも何も、これはこの会食前に熊守に西橘が命じられて、わけがわからないまま踊らされていた「恋希う魔法陣」。だけど、曲調が先ほどと少し異なる。
「あああああああ!!!!!」
西橘が声をあげ、思わず立ち上がった。
イントロが終わってスポットライトがついた場所に視線が導かれ、見つけたのは軽やかに踊り、歌い出す2人の青年。そこにいたのは、現在、アイドル界の注目を欲しいがままにしているルカと、いつかの講師室突撃事件の、あの美青年だった。
熊守にポンポンと背中を叩かれ、西橘は座るように促される。そのまま大人しく着席するが、踊って歌う二人への視線は縫い止めたように即席のステージから外せない。懐かしいような、けれど、懐かしく思いたくないような。思い出したいような、思い出したくないような。
「どうだった?」
西橘が息を潜めて思い詰めたようにステージを見つめ続けていたのは、どれくらいの時間だったのだろう。3分か、4分に満たないはずだ。いつの間にか曲は終わり、部屋の照明が戻っていた。周りはすっかりデザートを満喫しきったようだけど、西橘にはそれどころじゃない様子だ。
「言葉が出ない、、、、か?」
いつもより気遣わしげな師匠の声に、西橘はなんとか答えようとはしたけれど。西橘は自分の中にある思いが、グルグルと身体中を這い回り、言葉にできそうにない。
「ドラマの形で、リバイバルが決まったの。」
そんな西橘を一瞥して、小百合がよく通る声で告げた。
「当時は、異世界冒険モノの、魔法学校を描くアニメだったけど。なぜかね、舞台が現代の地球で、日本で、しかも、予備校なのよ。」
「。。。。。。」
「だいぶこじつけよね。まぁ、教師と生徒の恋愛パートがあるから、教育現場である普通の学校を舞台として書くには、コンプラ的に多方向への差し障りがあるんでしょうね。過去の作品とか見れば、イマサラ感強いけど。」
予備校なら講師と生徒との恋愛アリって発想、かなりイイ迷惑なんだけど、と恵叶が呟く。
西橘が遂に顔面蒼白になった。だってこれは、、、彼が『西館』だった時。初めて声優に挑戦したアニメだった。青臭くて月並みな言葉になるけれど、すごくすごく必死でガムシャラに頑張った。それなのに、結局、「派手な異性関係」をでっちあげられた舞台装置になってしまった。思い入れとか、そんなじゃない。大事な何かを、今でさえまだ、えぐられるような痛みが襲ってくる。忘れていたはずなのに。
気づけば、件の青年が西橘の横に立っている。
「その彼、昔、たっちゃんのスクールにいてね。今、実家の関連の会社の事務所に在籍してくれてるんだけど。西橘先生が演じてた教師役に指名されて内定していて。何の因果か、数学の講師役なのよね。」
「。。。。。」
「で、ここ。ドラマの関係者の一覧の、極秘情報なんだけど。名前、見てくれる?」
小百合は青年からタブレットを受け取ると、テーブルの中央にポンっと無造作に置いた。西橘は動いていない頭のままノロノロと、恵叶と佳哉はなぜ自分たちもと疑問に思いつつ、資料を眺める。
「高村俊史、、、、、?」
そんな関係者名簿を見せられても誰も知っている人がいるわけないのにと思っていたからこそ、恵叶が目敏く見つけて声に出した。知っているの?と問いかける表情の佳哉に、頷く。
「だって、それ。うわ、、、久々に見たわ、その名前。ええっと。。。。。そうそう。インディーズでシンガーソングライターやって、そこそこ売れた『トシ』の本名でしょう?確か、、、異例の転身って触れ込みで日本のキー局のプロデュース系のオーディション番組に挑戦して、アイドル方向に行って、、、社長ご子息だけど中学受験で失敗って触れ込みのセレブキャラでファイナリストまでは行ったけど、デビューには至らなかったはず。。。番組後に改名して、、えっと。。ごめん、そこから先は興味なくて覚えてないわ。。」
地元どころか隣の学区出身の歌い手だったから、なんとなく応援するような雰囲気が周りにあったらしいからライブハウスの壁で見たこともあって、偶然覚えてただけよ、全然私の趣味じゃないし、と恵叶が肩をすくめる。じゃぁ、そこから先は俺が、と熊守が続けた。
「改名後の名前は、俊史の『俊』の字から取って、カタカナで『シュン』。番組でのデビューは叶わなかったけど、2.5次元の舞台監督に声をかけられて、そこ中心に話題になって。最終的には、アイドル枠でお茶の間へ。今は表に出ることは減ったけど、まだ業界に残ってるな。アナウンサーの卵向けの養成スクールとか、夜のお店経営とか、はたまた廃版しかかった雑誌を買収したり、何やらだいぶ手広く手を出している。なぜか知らんが、こういったところにも名前が出てくる。」
それが何か自分たちに関係があるんだろうか、という戸惑いが恵叶と佳哉から伝わってくる。
小百合が、そんな二人に伝えた。
「この『シュン』ってね、西橘先生が『ニシタチ』ごと業界を卒業されるきっかけを作った張本人。」
「小百合さん。遠回しにありがとうございます。大丈夫です。その、、、僕が女性関係が派手だと一方的にされて、、、貢がされて傷ついた被害女性の一人だと言い張る非常に裕福なご家庭の女性から話を聞いたと僕をゴシップ雑誌で糾弾して、その被害女性とやらを慰めて親密になってそのまま結婚した人間です。その後、1年も経たずに不倫して即離婚してますし、そもそも貢がせていたのはソイツですけど。」
気丈にも、震える声で西橘が説明をした。
「先生、ごめんなさい。わざわざ、ありがとうございます。私からさらに付け加えると、10代の頃に実家の会社の売り上げを見事に盗んで、実家の会社を潰しかかったことを公ではない場所では普通に武勇伝として豪語している。ご実家が彼との縁を切る代わりに、被害届を取り下げたらしいの。」
それって、と、佳哉があからさまに動揺した。
「ちょっと、待って。小百合。隣の学区で、、、社長の息子で、、、実家からお金を持ち出して会社潰しかけて、、、って。。。。しかも、、、苗字が高村って、、、まさか。あのあたり、、、その苗字多い地域ではあるけど、、、。」
「そう。非常に残念な事実なんだけど。高村暁史の、、、、、実兄。」
誤植、編集しました。




