権威ある魔法陣(5)
「焼き豚、登場〜♪」
新たにテーブルに届けられたお皿を見るや否や、その場の雰囲気を吹き飛ばすように小百合が目を爛々と輝かせる。
「やっぱり、コレは香港飲茶式が好みだな。うん、この香ばしさ、良き良き。」
カリッとした皮に、じゅわぁっと広がる油の旨味。カロリーとか、今日この瞬間は忘れるに限る。おそらく、非常に高い。調理過程で油分はだいぶ削ぎ落とされているとはいえ、なんたって、動物性油脂の塊には違いない。
「小百合はホントにそれ、好きよねぇ。」
眉間にシワを寄せながら難しい顔をしていた恵叶も、思わずと優しく笑いながら、呆れるように言った。
「うん。私の中では、ここのクリスピーポークがイチバン。このカリッとした感じが、ほら。。。」
「せっかく好物を目の前にして小百合がご機嫌なところ、暗い話に引き戻して申し訳ないんだけど。」
「うん?全然、いいよ?」
「私、そんなに大した立場の意見とかは無理なんだけど。このクソ記事の中で、引っかかってるところがあって。」
「なぁに?」
「昔は、講師が日本中の校舎を飛び回った。今は、講師の出校じゃなくて、録画で十分だと思われる。ってくだり。」
「うん?」
「今、就活してる中で、、、企業の募集要項とかめちゃくちゃチェックしてて、、私だけじゃなくて周りでも、『出張も転勤も絶対にないこと』を重要視してるのね。少しくらいお給料が下がろうが実家から通えればそのくらいの下げ幅は許容範囲だし、名誉男性になりたくないからそこで出世できなかろうがどうでも良いし。」
「今は、女性じゃなくても基本的に『転勤なし』って希望がほとんどだよね。優秀な頭脳を持つ人は、転勤がないことを理由の1つに外資系に行っちゃうし。だから、恵叶のその配属の希望が特殊だと思わないよ?」
「ありがと。。。その、、、就活で企業を見るマイナス・ポイントでしかない出張や転勤を、、、記事内で、『こんなに全国に行った』とこの講師が誇らしく語る意味が私は分からなくて。実際に、そんなに仕事上、大事なの?全国行脚って?」
「あー。。。」
小百合が苦笑いの表情になる。
「難しいよね。。あのパンデミック期間のおかげで、日本でもやっとビデオ会議的なものも増えたし、在宅ワークも増えたけど、やはり実際に会うことが大事、出張に行くべきだって言う考えもあるし。ただ、今の責任権限者がどう思っているのかって言うことと、これから先の、、、それこそ、出張も転勤もナシで就活する世代が責任権限者になった時に何を大切に思うのかって、きっと異なってくるからね。今この瞬間は、どちらか一方の方法ではまだダメなのかなと思うかな。」
「いや、小百合さん。そんな真面目な仕事の話じゃないと思う、それ。」
珍しく、西橘が口を挟んだ。
「え?」
「アイドルや有名なアーティストがそれぞれの場所のファンに会いに全国ツアーするでしょう?そう言う感じだと思うよ。この有名講師の俺様は、全国からこんなに所望されてたんだって過去の栄光の自慢と、今そんなふうに全国を飛び回る経験したことある若手なんていないでしょってマウント。」
「え、しょうもな。。。」
と言うか、ニシタチさんってば容赦ないな、小百合が半眼になった。
「そう、しょうもない話なんだよ。対面がどうとか、そんな高尚なビジネスの話じゃないって。」
佳哉が思わずと訊ねる。
「え、、じゃぁ、なんでこの人、録画系の通信講座とかは否定するんですかね?それこそ、普段なら校舎がなくていけないようなところまで、自分の授業を全国津々浦々まで行き届かせられるわけじゃないですか?全国のファンが求めてる、にはなるんじゃないんですか?」
「録画だと実際は、都内のちっちゃいスタジオ収録1発で終わるからじゃない?仕事の派手さはないし、目の間に生徒がいるわけじゃないから、生徒から自分を求められている感じもない。まぁ、難しい顔をした担当営業がじーっと見てるくらい?撮ったら撮ったで、あとは再生回数が勝手に積み上がるだけだから授業っていう実感は全くないだろうし。通信講座は通信講座としてライブ授業とは別に、わかりやすい授業にする創意工夫が必要なんだけど、、、ライブ授業一神教派だからさ、この人。とりあえず全否定。1回授業したら後は焼き回しなだけとか、それで授業の大事な極意が失われるとか、まぁ、失礼な話だよね。」
「ニシタチさん。こう言う講師は、参考書とかも書けないってこと?」
無邪気に小百合が質問を重ねた。
「参考書?この講師、書いてると思うけど。。。」
「だって、そうでしょ?著名な先生方は大半が、参考書を自分の名前で出されてますけど。それでその先生方のライブの授業、つまんなくなったりしないじゃないですか?私の感覚だと、昔は参考書として出されてたものが、今は動画の授業になったって理解なんですよね。通信授業系って。」
「ああ、なるほど。。。」
「この参考書を書いた先生の授業が受けたい。逆もありかな、この先生の授業が遠方で受けられないから、この先生の参考書に託す、と。受験生の情報の受け方の好みが変わって、活字から動画になっただけ。特に学力の基礎分野であればあるほど昔から、十分に共存してますけど。」
「あ。」
「何、佳哉?」
「さっきの、、、有名とか、人気とかの話に繋がるのかな。僕、スーパー物理っていう、特異な授業の担当チューターしてるじゃない?特待枠とか、他の予備校との掛け持ちの生徒、多いんだ。」
「特異とか言わないの。超絶優秀で変わった講師や生徒が多いのは事実だけど、、。」
恵叶が突っ込む。
「生徒たちに聞いたんだけど。現代文で、、、あの先生の授業を受けたら、その教科はもう絶対に満点近い、って誰もが崇めてる講師がいらっしゃるじゃない?今のこのご時世、わざわざ関東地区外から、それもアイロン・グリーン系の超絶優秀な生徒が、合宿まで組んで大挙して東京の校舎に講義を受けに来てるらしくて。そもそもライブ授業では東京だけに出ていらっしゃる上、その先生の最難関大対策の授業を受けるためには、それしか方法がないから。」
その場の全員が、あの先生か、、、と同じ人物を思い浮かべた。
「そう言う例を考えると、その先生は確実に『有名』だし、『人気』、『実力』あるし。今は、そう言う講師は自分が全国に行くんじゃなくて、生徒の方が全国から先生のところに集結する時代なのかなって思った。」
西橘がぼそっと付け加えた。
「佳哉さん、、、その先生は、今の時代の圧倒的な否定しようもない実力派講師で、かなり特殊な例だと思いますが。」
小百合がほおっとため息をついて続ける。
「、、、おそらく、『少子高齢化』、『若年齢の人口減』における、1つの成功例だよね。昔は人の数が多かったから、薄利多売でもなんでも、とにかく数があれば勝ちだった。600人教室とか、そのいい例。今、そんなサイズの教室で授業したら逆に悪評が立つ。代わりに今は、少数精鋭に向けて、1件あたりの対価を上げる方に舵を切った。その授業に価値があって受けてが認めれば、高価でも収益面は十分に機能する。ただ、、、対面での教育が贅沢品になっていくこの状況をどう考えるかは、また、別問題なんでしょうね。」
小百合が、さらに焼き豚をお皿に追加した。
「いっそ、家庭教師枠でもビジネスに追加したらいいじゃない?1枠3時間10〜30万、交通費・往復時間別料金で発生とかで。落札式にしちゃうと経済力だけがモノを言うから、応募者多数なら公平に抽選制。応募者数で、実際の人気と実力は測れるんじゃないの?」
「小百合さん、流石にエグくないですか?」
「受験競争が厳しい国とかだと、既にそんなもんらしいですよ?そしたら、こういう過去の栄光を良しとするクソ記事も、なくなるんじゃないの。」
パリッと焼き豚の皮を咀嚼する香ばしい音が、細やかに食卓に広がった。




