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権威ある魔法陣(4)

「うーん?」

少しだけ首を傾げて視線を誤魔化すと、小百合は苦笑いを浮かべた。西橘に対して、意外とちゃんと考えてたんだなぁとか、プロのクズとか歌ってごめんとか、心に浮かんだ諸々のことはそっと自分の中に留める。世の中、全てを正直につまびらかにしても、誰も浮かばれない。言わないほうがいいことも、ある。

「概ね、皆が思うところは同じかなぁと。この誰得か分からないクソ記事の最たるところは、これを公共の場に晒したことかなと言うのが第一の感想かしらね。」

口が悪いわよと言う恵叶のツッコミに対して、彼女の好物である海老餃子の皿を差し出すことで謝罪の返事にして、小百合は続けた。

「別に、こう言う風に思う人間がいたって、昔を懐かしがったっていいと思うの。別に、独裁国家でも無ければ、思想統制されてるわけでも無いんだし。いろんな思いがあっていいと思うんだけど。これはさ、飲み屋で同じ経験をした者同士の内輪の愚痴大会でやるべき会話であって、公共の場で、さもこれが全体像のようにして語る内容では無いよなぁと。」

はぁ、とため息をつく。

「これ、普通の会社で、上司が部下にしたら、たとえ飲み会の場だとしてもハラスメント案件でしょ。『昔こそ黄金時代、俺様すごかった』な年上の話が聞きたくなくて、飲み会に行かないんだから、若手は。それをさー、この記事は公共の場でやらかしたのよ。」

「昔の時代を懐かしむために、今の時代をわざわざディスる必要も無いし?。」

海老餃子にホクホクしながら話を拾った恵叶に、小百合が頷く。

「今の時代をディスるなら、誰にだってできる。本人が自らおっしゃる業界の重鎮の立場なら、この今の時代に『だから、この業界に何が必要か、そのために何をしているか』を語るべきかなと。それにさ、、、正直、日本をマーケットの主戦場の1つにする業界全てに平等な話なのよ、これ。少子高齢化による国内需要の絶対数の減少、ただでさえ小さくなったマーケットを更に新規の業者や他業種と奪い合う構図、収益の縮小や収益化の複雑化が避けられない状況、若年層の趣味嗜好の変化、コミュニケーションの対面形式から画面越しへの移行、海外との新たな競争、新たな海外顧客の可能性、下手したら商品そのものが必要なくなる可能性。。。既存の枠組みが通用しないぞって話は、ほぼ、今の日本そのものの話。何も、予備校業界に限った話じゃ無い。それを、さも、予備校の悲劇みたいに語られてもね。これまで今の時代にアジャストもせず昔のやり方のまま何もしてきませんでしたーって自分を晒しただけに聞こえる。」

それだけじゃ、そこまで吐き捨てないだろ、と、熊守は小百合にその先の話へを促した。

「そうね。少し今の私の立場から俯瞰的に見れば、、、まずこの話を読んだ、顧客側はどう思うのよ。例えばこれ、、、身近な例で自動車の話だったら?どう?最近の買い手はタイパ重視で質が悪いからご挨拶的なお伺いはできない、少子高齢化でお給料の払いがよくないから営業する気が出ない、お店に通う形式の販売手法はオワコン。そもそも自動車に乗る価値も落ちた。そんなふうに自称エース社員の豪語するメーカーの車に乗りたい??乗りたくないよね?つまり、将来、これから顧客になる可能性があった層に忌避感を植え付けることもできる。」

やだなーそんなクルマ、、、は、と佳哉。

「加えて、そんなふうに言われた自動車会社に就職したいなと思う、やる気ある若手っている?いないよね?今の若手は、わざわざ苦労の匂いだけがする業界や職場に、行こうとなんてしない。それこそ、人生のタイパやコスパ重視なんだから。なんと、将来の業界の担い手も潰してみせた。競合他社は、さぞ喜ぶでしょうね。この記事がもし、経験年数が長い人間が自分の仕事を守るために意図的に書かせたものなら、ある意味では天晴だわ。」

僕よりずっと辛辣なコメントだと思うんですけど、、と西橘がこぼす。

「当然でしょう。私の立場からしたら、事業関係者が公共の場でこんな発言したら、とんでもない事態だわ。同じ理念を追って仕事をしていなかったんだってことでもあるし、上としてのミスになる。もしこの発言が上の立場のものだったら、もう、会社ごと解体する勢いよ、これなら。」

小百合が壁際にいる黒づくめの男に、チラっと視線を向ける。そんな事態は起きませんよ、と視線で貰った返事にほっとしてしまったことは、しっかり彼にバレているだろう。

「加えて、、、私は悔しいことに、この記事の話を今まさにその職場にいる人間が『自分が頑張らなくていい』と言う逃げの理由づけにする可能性には至らなかったの。件の後輩アホが、『業界の重鎮だと認められているらしい人間が公にこう言った。だからここでは、頑張る必要は無い』と、自分自身を納得させたと。それを、高々に正論の如く周りに論じた、と。」

あーあ、と天井を睨んだまま、小百合が乱暴にチャーハンのお皿を手元に引き寄せる。炭水化物万歳。今はエネルギーが要るのだ。

「ちなみに、、、どうやってその場は、静められたの?」

西橘が佳哉に尋ねる。

「後輩たちが、『飲み過ぎたら退場ってルールですよー』と勝間アホをさくっと会場外に退場させて、帰宅させました。もちろん、動揺した子たちも多かったんですよ。ただ、同時に残った小百合のクラスの元生徒の後輩が、『僕らの知らない権威あるらしいどっかのおっさんのヨタ話より、今ある先輩たちの姿を見てどう思うかだよね。だって、僕ら、先輩の姿を見てこのチューターのバイトに立候補したんだし。』って綺麗にまとめて。ちょうど、荒れる直前の会話で異世界モノの小説の話が出てたんでしょうね。『過去に誰もが使ってた昔の偉い人が考えたと言われる魔法陣を、今も大事そうに眺めてるなんて可哀相』とか言い出したんです。『小説の中じゃ、昔の魔法陣ってバカにして自分考案の図案で俺TSUEEEEEEを満喫してそうなヤツほど、現実世界じゃ真っ先に古い魔法陣ってだけで考えもせずに寧ろありがたがるんですね』ってなりました。」

あの時、思わず、硬い空気の中でも佳哉は笑ってしまった。

「僕はあまりそう言った小説は読まないんですが、どうやら、ラノベ読んでる皆の感覚だと『権威ある』って書いて、『使い古し』と読むんだそうです。その発想、いいなぁと思いました。きっちり会費を勝間アホから回収していたところ含めて、可愛い掛け替えのない後輩だなと思いましたよ。ただ、その場では何も言っていませんでしたが、言葉にできないモヤモヤする思いはどこか残ってしまってたんでしょうね。小百合に、元生徒の感覚で、あーだこーだ愚痴ったのは、僕は知らなかったですが。」

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