権威ある魔法陣(2)
「小百合ぃ?さすがに言葉が乱れ過ぎじゃない?」
目の前のテーブルに並んでいく数々の料理から目を離さず、自分の向かい側で恵叶が苦笑いをして小百合を見遣る様子に、西橘はそっと口をつぐんだ。その横では、佳哉が我関せずとメニューと睨めっこしている。円卓では、嫌でも全員の顔が視界に飛び込んできてしまう。
3人とも、果たして学生なのかと疑うほど、洗練された佇まいでその場に馴染んでいる。服装しかり、姿勢しかり、雰囲気しかり。言うまでもなく、その場に馴染んでいるのだ。
比べて西橘は、なぜ自分が今ここにいるのか、自分にはまだ理解ができないでいる。身体的な居場所の話ではなく、心理的な意味で自分だけが異物感がある気がするのだ。しょうがない、ここはもう、食べる役割に徹しよう。どう見ても、料理が滅多にお目にかかれないレベルで美味しそうなのだ。意識的に気配を消して、マンゴージュースを口に含む。その味に、心臓が止まるかと思った。当時の関係者がいるのか?と疑うに充分なほど、自分の好みの味に調整されていた。
「だって、恵叶、これって。。。何、これ。。。」
箸が止まったまま、唇を噛み締める小百合の顔には、悔しさとも呆れとも違う、なんとも言えない表情が浮かんでいた。
そんな二人の会話を空気のように扱えるのが、佳哉が佳哉である所以だろうし、この二人とずっと関係性を築き続けられた理由でもあるんだろう。
「あ、海老餃子を追加で食べたいかも。あと、これと。小百合が好きなのは、、あ、そうそう、それ。え?胡麻団子?甘い系は後でだってば、恵叶。」
近くのスタッフを目線で呼ぶと、淡々とメニューを追加していく。念のため、二人に声を掛ける気遣いも忘れない。
「他、何か食べたいものってある?」
ずっと昔から続く、小百合の家での1ヶ月に1〜2回の、3人たまにゲスト参加有りな日曜日のブランチ。今日のテーマは小百合の『飲茶が食べたい』との叫びで、香港式飲茶。ほかほかと漂う香りに、あーだこーだと騒ぎつつも、3人のお喋りも箸も止まらない。たまにお互いが好き勝手に喋って言葉のキャッチボールに失敗しているのは、いつものこと。言いたいことを、言える関係だからいいんじゃない?と全員で黙認している。
「あ、俺、肉食いたい。なんか肉系の、ない?」
すっかり冴えない契約社員の擬態を解除した熊守を、講師の顔を捨て去ってやや不安顔のまま昔の弟子モードになっている西橘が嗜めた。
「師匠、、、ちょっとは遠慮した方がいいんじゃないですかね、、、?」
「いいんだよ、別に。お前もなんか、好きなもの食っとけ。メニュー、俺も見ていい?」
アナタには別に訊いてないんですけどねと佳哉は呆れながらも、ふんぞり返っている熊守をチラッと見てメニューを差し出した。
「ほんっとに、なんなんですかね。その変身ぶり。」
ネタバラシしたいからランチにゲストを呼んでるよ、と佳哉と恵叶は小百合から食事前に説明を受けた。「たっちゃん」に対する小百合の接し方から、二人も思うところはあったけれど、それでもやっぱり半信半疑だった。あの、あの熊守が?と。でも、本人は謙遜するものの往年のヒット曲である「恋希う魔法陣」の歌とダンスの実演を前にしたら、「たっちゃん」が「TATSU」で、実力万歳な方向に脳筋の小百合が「たっちゃん」に懐いていたこと含め、色々と納得せざるを得なかった。同時に、このネタバラシのために、意味もわからず命令で熊守の隣で踊らされていた西橘に、ちょっぴり同情もしてしまった。
小百合の周りは変人が多いしなと、例のちょっと愛情のイっちゃってる3人組(専属組)を思い出して、まぁ、そんなもんかと佳哉と恵叶の二人はこの奇妙な現実もスルッと受け入れることにしたのだ。
「あ、一応、おすすめコレだそうで。」
モヤモヤがあったとしても、訊かれたことには律儀に応えるのは佳哉の性分だ。
「あ、俺、これと。っっ、あ、佳哉、カリっとした焼き豚ない??」
「小百合が好きなんで、もう頼んでます。他は?ニシタチさんはどうします?」
佳哉は熊守に対する一切合切の遠慮や気遣いを、仕事中以外は捨て去ることに決めている。小百合が何も言わないと言うことは、それでいいはずだ。
「その、、、ここ、レストランとかじゃないんだよね??充実ぶり?が凄い、、、ですよね?」
メニューを差し出された西橘が、敬語も使えなくなるほど緊張しつつ恐る恐るメニューを手にして、非常にシンプルな疑問を口にする。きっと、この場での一番の良識人は、西橘だったりするのではないだろうか。
「あー。レストランの厨房ごと小百合ン家に呼んでますからね。慣れてください。」
口いっぱいに料理を頬張って現在おしゃべり禁止状況の小百合に代わって、恵叶が答えた。
「慣れてって言われても。。。」
「この場所の秘匿義務を破らない限り、御身は無事ですよ?」
うっすらと綺麗に笑った恵叶に、西橘が震える。
「恵叶さん。その顔で、きれいに笑われると、本当に怖いです。」
「そうかしら?」
もちろん、恵叶は確信犯。ちなみに呼び方は、名字以外ならなんでもいいと言う小百合に合わせて、3人分、これになった。
「で、そこのお姫様は、、何に対して荒れてるわけ?」
大人しくジャスミン茶をすすった熊守が、話題を拾い直す。
「たっちゃん、ニシタチさん。これ、読んだ?」
小百合から差し出されたスマホの記事を、熊守と日橘が目にする。
「「あー。。。。。」」
二人で同じ反応になった。
「割と、、、その記事が出てすぐに読みました。」
西橘が簡潔に、けれど丁寧に答える。まだ遠慮は深いらしい。
書かれた記事の内容は、他の予備校に在籍する「有名な」講師のインタビューだ。今でも、ポツポツとこういった記事は見かける。特に珍しいものでもない。今と昔を比べて、昔の良さを牧歌的に懐かしむ記事だ。講師の口から語られる『昔』に生徒をしていた想定される読者たちには、記事の内容がなんであれ、青春時代の1コマの思い出として懐かしさから刺さるのだろう。恐らく、懐メロを聞く感覚に近しい。
「チューターの学生さんたちも、皆さん、これ、読まれたのですか?」
西橘の問いかけに、佳哉がギュッと眉間にシワを寄せた。




