権威ある魔法陣(1)
まっさらなテーブルクロスの円卓の上。次々と運ばれてくるお皿の様々なお料理からは、食欲を刺激する香りが立っている。気持ちいいと思える柔らかい日差しに、落ち着いたクラシック音楽。お皿を並べるスタッフの手元から一切のカトラリーの音がしないのは、教育の賜物か。大皿料理はどう取り分けるのかなと現実逃避を図る間もなく、スタッフにより手際良く取り分けられていく。
ふっとため息をついた西橘は、横で涼しい顔で座っている師匠をひと睨みすると、諦めたように視線を目の前のテーブルへ戻す。
今朝、突然電話をしてきて、「今日、オフだろ?高級ホテルでのランチに耐えられる、動きやすい格好をしろ。15分後に出発だ」。自宅前に車が横付けされたと思えば、昔馴染んだあの送迎車の高級版で。「行き先?よく分からん。知る必要はない」と豪語しながら押し込まれ。車からはまさか、外が見えない仕様だったり。どこの悪辣な機関所属の方ですかアナタは!と言う叫びを、そう言えば師匠は昔から滅茶苦茶だったな、との諦めの気持ちでなんとか抑え込んだと思えば。
ついた途端、先ほど、自分の昔の持ち歌の1つだった、「恋希う魔法陣」を師匠とともに踊らされたばかり。なんだその歌のタイトルは、とか、今さらに思うが、とりあえず、体が自然と覚えていたことにびっくりしたのもの事実。踊り終えた後、師匠が何か言いたそうな顔をしていたが、とりあえず無視しておいた。師匠は相変わらず、完璧に踊りこなしていたのが地味に悔しい。意味もわからないまま、着席を促されて、今、絶賛、空腹でここに至る。
思えばこの1週間、西橘には怒涛の日々だった。
いつもの夏期講習期間、担当の最終日。いつも通り、講師室の自分の周りには、質問とは言い難い内容で賑やかに取り巻く女子生徒たち。ここまでは本当に、いつも通りだったのに。
モーセの十戒のように女子生徒の壁が割れて、一人の青年が、自分の前に立ったのだ。過去にいろんな美形を生で見てきた西橘も驚くほど、キレイな青年だった。「美しすぎる佇まい」と言うのは静寂を呼ぶんだなと明後日なことしか思い浮かばなかったほど。その彼が、寂しそうな顔で、そっと小さく呟いた。
「この僕の体をあんなに感じたのに?どうして置いていったんです?」
講師室が、奇妙な熱を孕んだ静けさに包まれた。
「では。また、お仕事をご一緒するときにでも。」
そのままスクっと立ち去った彼を、茫然と皆が目で追い。好奇心、下心、嫉妬、様々な思いを乗せた視線はそのまま、ブーメランのように西橘へ。
ポカーンとしている西橘に何か思うところがあったのか。実際、全く心当たりがないのだから、仕方あるまいに。
かつてない静けさで粛々と講師室を辞した女子生徒たちが、廊下で絶叫した声が、講師室まで響いた。
誰あれ?すごいカッコいい!芸能人かな?先生ってソッチの人?だから誰にもなびかないの?また会えるかな?お仕事って言ってたから、予備校関係者?まさか、あの顔で?やっぱりアイドルか何かでしょう?西橘先生、もう一回、西館に戻るのかな?
ある意味、阿鼻叫喚の図。
叫びたいのはこちらである。西橘が半ば意識を飛ばしかけて、取り急ぎ手荷物をまとめて帰宅準備をしていると。
本当に黄色い絶叫が校舎中に響いた。
「さっきは僕の仲間が、講師室を騒がせてごめんね。」
低いのに、甘く高く響く独特の声。
「早く大学生になって、僕らに会いに来て。」
20代前半の現役のトップアイドルが、まさかの至近距離で全力で営業スマイル。
「ルカー!!!!」
「さぁ。ここでは、シー、っだよ。」
大絶叫に向けて人差し指を口元にあて、軽くウィンク付き。
先ほどと違う熱量に浮かされた静けさが、講師室のある1階フロア一体に広がった。
そこからの西橘の記憶は、ほとんどない。そのまま突撃してきたルカに引き摺られるようにタクシーに押し込まれ、気付いたら家だった。
次の講習から、どんな顔して出勤しようか。もう普通に、図太く居座るだけか。この騒ぎで仕事を失ったりしないだろうか。
グルグルと雑念だけを抱え、次の講習期間。不思議なほど、全てがいつも通りだった。講師室での女子生徒の壁がだいぶ薄くなり、繰り出される質問がちゃんとマジメなものになっていたこと以外は。
逆に怖いから、自分のエゴサはしない。それだけを西橘は自分の心に誓った後、思い出したのだ。そう言えば、師匠が「美形細マッチョを送る」と、当時は意味不明なことを意味あり気に言っていたことを。美少年や、女性を送り込まれるよりは、よかったのかもしれない。
頼んでいないのに、そっと目の前にドリンクが運ばれてくる。トロピカルなマンゴー系のジュース。昔から、確かに好きだったけれど。。。
「お気に召していただけました?」
その声にハッとして見上げれば、あの日の美青年が、目の間に。
西橘が「あ!」と声をあげようとして、
「え?何このクソ記事。」
集中して眺めていたスマホから顔をあげた小百合が、吐き捨てるようにこぼした声と重なった。




