隣の人は、何する人ぞ(3)
「さて、皆さん。この夏休み期間ですが。」
小百合はぐるっと教室を見渡し、敢えてここで小さく間をとった。生徒に自分の言葉をしっかり届けたいからだ。
「自習室に来て勉強しましょう。」
え?そんなこと?という声が今にも聞こえて来そうなほど、生徒から戸惑いの雰囲気が伝わってくる。
「え?よりによって、この場でする大事な話って、そんなこと?って思うよね。」
だからこそ小百合は、皆の戸惑いがちゃんと小百合まで届いていることを言葉にして生徒たちへ伝える。声に出さなくても視線や空気感で気持ちのキャッチボールができるのは、皆の気持ちを顔に出して欲しいと初日でクラスへ伝え、小百合と生徒の間に信頼を積み重ねて来たからだ。生徒とチューターで、お互いで作り上げてやっと可能になるコミュニケーション。クラスを作り上げることに全力を注ぐ小百合を不思議に思う人たちに対して、こう言うコミュニケーションは簡単に可能なことだとは思わないで欲しいと常に思う。願わくば、こういった気持ちのコミュニケーションが可能なクラスの雰囲気は、授業をする先生方にも授業がしやすい手助けになっていてくれたら。と、小百合は自画自賛的な方向で信じたい。
「そうなの、よりによって、そんなこと。あ、別に皆の自習室の利用率が上がると私のチューターの評価が上がるとか、そう言ったイヤラシイ大人の事情とか全くないからね。皆が自習室を使おうが、使わなかろうが、正直、チューターのりっちゃんの待遇には全く関係ないです。まぁ、イヤラシイ話繋がりで言っちゃうのであれば、まぁ、皆の普段の授業料には自習室のような設備費も込みだろうから、せっかくお金払ったんだから最大限活用したら、とは思うけど。」
生徒たちの戸惑いと次へと話を促す視線を受け止めて、小百合は続けた。
「自宅の方が集中できて勉強が捗る、ここに来るまでの往復の時間がもったいない、家ならすぐにご飯出る。とか含め、大多数の意見を取れば、自宅での学習の方がずっと快適なことは事実、だと思う。」
小百合の場合ははあんまり自分の家の居心地はよくなかったし、家での家族の干渉がイヤと思うお年頃な場合も高校生はあると思うけれど。
「じゃぁ、皆に訊くね?受験ってさ、ドコでするの?すっごい居心地いい、なんでも揃ってて勝手知ったる快適な自分のお家?違うよね?毎回、どこかしら出かけて、見知らぬ土地の、トイレの位置さえよくわかんない環境で、知らない人に囲まれながら、、、不便と不慣れの総合百貨店みたいな状況で、、、受験、、、つまり問題を解くわけだよね?」
生徒たちが、ハッと息を飲んだ。
「だから、自習室に来て、勉強して欲しいんだ。」
生徒全員の顔が上がり、その真剣な目に力が宿る。
「大切な受験日に、もしかしたら、道中でイヤな思いするかもしれない。ほら今、受験生を狙った痴漢とかも問題になってるでしょう?悔しいし、胸糞悪いぶっ飛ばしたい話だけど、悲しい事実として、そう言うこともある。受験日、隣とか前とか、近しい席の人が、、、めちゃくちゃ体臭クサイかもしれない。フケでいっぱいかもしれない。身体中なぜか掻いてるかもしれない。貧乏揺すり激しいかもしれない。気持ち悪いおっさんかもしれない。思いっきり露出度が高いおねーさんかもしれない。コスプレか?って程、奇抜な格好な人がいるかもしれない。もしかしたら、ゲロ吐くかもしれない。自分にそのゲロがかかるかもしれない。、、ごめんね、汚い話をして。明らかに高熱出てそうで、自分の今後の試験日程考えたら不安になっちゃうかもしれない。」
嫌だ、そんな、まさか。生徒たちの顔に、そう書いてある。
「志望度が高い大学の受験の日で、そんな状況になったら、どうする?そのせいで本領発揮できませんでしたーって、諦める?しょうがない、ご縁がなかったってことでーって、逃げる?第一志望を、そんな周りのくっだらない環境の所為で諦める?え?悔しくない?これまでの皆が努力して来た、ってか努力するのよ?、、、皆の必死の積み重ねを考えると、なんかバカバカしくない??」
小百合が列挙したのは、そこら辺の小説よりも不幸そうな、まさかの状況だけれど。
「模試で『本番の気持ちで受けて』って伝えて来たけどさ。ある程度、学校で模試を受けちゃうじゃん?いつもの場所で、いつもの友達。予備校で受けたとしても、たまに会場が初めての場合もあるけど、探せばやっぱり友達いちゃうじゃん。精神的か、物理的かは別として、どこかやっぱり快適さは存在しちゃうのよ。」
けれど、そのまさかの不幸を完全には否定できないのが、この現実世界。
「だから、自習室に来て、全然知らない人が横にいる環境で勉強して!一人ぼっちで心細いまま、お昼食べて!トイレまでいちいち遠い環境に慣れて!嫌だなと思っても、その快適じゃない不便な環境で、全力を集中して問題が解ける図太さを、皆には今から少しづつ身につけて欲しい。」
自分自身への苦い気持ちも込めつつ、小百合は自分の希望的観測も伝える。
「結局は根性論かよって、私も自分で思うんだけどね。不慣れと不便に慣れるって、きっと受験以外のこの先の人生でも、きっと役立つと思うんだ。就活、大学院試験、、、会社に入ったら商談、プレゼン、、とかかな?だから、皆自身の頭でこの根性論について考えてみて賛成だなって思えたら、ぜひ、自習室で勉強してください。ただ、不慣れさ極まって心病んで欲しくないし、体を壊してまでして取り組んでみることじゃないからね。慣れも一気にとかじゃなく、少しずつでいいんだから。心身が無理になる前に、自宅学習の日を作るとか、自習室の席を変えて貰うとか、自分から行動で環境を変えようね。それに、受験日では、他人の試験監督は皆のことに事細かに気づいても察してもくれないからね。皆が自分から動くんだよ。その練習だとも思って。」
頷く生徒たちに、切に願うのは、どんな環境でも自力で自分の健やかさを守ること。図太さはその手段の1つに過ぎない。今時、中高一貫校が多くて、高校受験でその図太さを鍛えてない子も多いから、こう言う言い方をしたけど。
「と言うことで、今日のテーマトークはここまで!!!残りの時間、あー、、、、ギリギリでごめん。神聖な時間のことも考えつつ、しっかり休んでください。以上、終わり!!」




