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隣の人は、何する人ぞ(2)

 「さぁて、前期最後!もう前期最後だよ??早くない??さて、先に今日も喋って、次の休み時間で連絡事項にしまーす。いつも通り、休み時間の最初の7分をりっちゃんにくださいね。で、残りの時間はしっかり休み時間に当てて休憩しましょう!ただ!!トイレ行きたいとかは、私が喋ってても、席を立つことを断らなくていいからね。行ってください。皆の自分自身の体の声が最優先です。」

教室の扉を開けあた勢いのまま、授業終了の挨拶もそこそこに、生徒たちに有無を言わさないペースで小百合は喋り出した。この時間のテーマトークにどれだけの思いを詰め込められるかは、悲しいかな、時間との勝負でもある。

「では、今日のテーマ、いくよー!今日は2つあって、1つ目は『放物線』、2つ目は、『隣の人』です。」

目の前の生徒たちも慣れたもので、1限目の教科書も机のそのままの状態で、じっと座って目をキラキラさせながら小百合の話に耳を傾けてくれる。この大事な生徒たちの視線に、全力で応えたい。小百合を支えているのはいつだって、ただ、その思いだけだ。

「では1つ目、放物線のお話です。実はりっちゃん、昨日に大学のテストが終わりまして、もう、めっちゃハイです。いつも皆には『テストは復習が大事』とか言ってるけどさ、今は、終わったぁああああと言う感想しかないや。もうね、模試とかの後の皆の解放されたような気持ちが、今ならよーく分かる。さっき、教務室したでもチューター同士で話題になってたんだけど、皆に言ってることと自分たちが今やってることに矛盾あるよなぁって。」

生徒たちから、笑い声が出る。なぁんだ、りっちゃんだってそんな気持ちになるんだ、と言う親近感からだろう。受験を超えた大学生だって、所詮は同じ人間。何かに超越した手の届かない存在ではないことを生徒たちが認識して、自分たちだって受験は乗り越えられるんだと言う安心感につなげてもらえたらいい。

「で、まぁ、当然いろんな科目のテストがあったんだけど。この開放感の叫びを私にもたらしてるのは、ラテン語のテストでさ。。。」

え?ラテン語?どんなテスト?と言う好奇心で、教室が柔らかい空気になる。小百合がいつも変わった内容の授業を受けているのは小百合がテーマトーク中にするので生徒たちも知っているが、小百合が自分の大学で学んでいる具体的な内容の話までは、なかなかしない。正確には、時間もないので出来ない。ただ、話の全部が受験ど真ん中の話ばかりじゃ誰だって気疲れしてしまうから、こういったところでネタとして大いに活用している。それに、少し先の未来が自分の知る誰かの実体験として生徒の目の前で展開されることは、『大学』や『受験』をフワフワした記号にせず、生徒たち自身にも『実現可能な世界』だと感じてもらうために大事だと、小百合は個人的に考えている。

「聞いて!テスト時間、しめて3時間。ずっと、単語の活用形を紙に書くの。ずーっと、、ずーっと、ひたすら、気が遠くなるほどの数の単語の活用形を書き続けるのよ。んーと、英語だとi、my、me、mineの活用表があるじゃない?ラテン語って、そういう感じの単語の変化が全単語において、えげつない種類、例えば男性女性形、主語の人称分、格の種類分とか、つまり膨大な数が展開されるの。単語の語尾によって、活用パターンもかなりあるからね。動詞ならこれ一個!とかじゃないのよ。。それを書き続けた最後に、ちょろっとだけ教科書例文の丸暗記で、一文まるっと書くとかも複数問題あって。ギリシア語のテストの時にもめちゃくちゃ苦労したから、ある程度の覚悟はしてたんだけど。覚悟足りなかったわぁ。あ、どっちの言語も古代語の方ね、現代語じゃないよ。現代語はわからん。日本語も古文漢文と現代文ってあるでしょって話が逸れた。もうね、全くもってあのテストは地獄の3時間で、思い出したくもないわ。」

本気で嘆いた小百合に、生徒たちから更に笑い声が上がった。そう、それでいい。

「しかもね?点数配分がまた、、、活用形1つにつき1点、、最後の1文も1単語ごとに1点。これが何を意味するかって言うと、、、、。」

小百合はぐるっと教室を、見渡した。

「継続的にしっかり全部、脳に焼き付けておかないと、絶対に単位が貰える合格点に満ちる回答ができないの!前日にちょっと予想つけて一部分だけ何か頑張って覚えてみたところで、焼け石に水!アウト!」

わーかーるー?このヤバさ。本気で単位が心配なのよ。。。と、小百合は今チューター中でここが教室でしかもトークタイム中であることを一瞬忘れて、真剣に遠い目をしてしまった。

「さてここで、ちょっと皆さん。突然なんだけど、『合格』って文字が書かれた高い籠に、ボールを投げいれることをイメージしてみて?どう???ボールってさ、重力もあるから、放物線を描くじゃない?上に投げても、ボールはどっかで必ず落ちてくる。どうやったら、カゴに入る?ボールはどんな弧を描く?例えば、明日の学校のテスト、ヤバイって状況だったら?すぐ目の前の高いかごを目掛けて真上に一直線にポーンって投げるよね。うまく行ったらラッキー。そしてテスト翌日には、テストの前日に学習した内容は全部忘れる。これ、結構な数の皆が経験あるよね。。。いわゆる、一夜漬け。そう、りっちゃんのラテン語はこれが許されない鬼テストだった。」

うんうん、と生徒の誰もが頷く。はぁ、っと小百合も頷く。

「じゃぁ、皆の受験だと、どうかな?どの距離のどの位置に合格のカゴがあって、どのタイミングで、どう投げる?ボールをどこのタイミングで、どの高さで投げてカゴに入れるのが、一番、余裕を持ってカゴに入れられる?確実にカゴごとに、毎回、入る?」

想像を馳せる先が小百合のテストの話から、生徒たちの自分ごとの受験の話になったからだろう。先ほどは打って変わって、教室中の眼差しが熱を帯びてくる。

「あのね、皆に考えて欲しいんだ、そう言うことも。皆にはもちろん、自分の希望する大学で大学生になるために、この夏休み期間は大いに活用してとにかくすっごい勉強して欲しいんだけど。ただ、この夏に学習内容や記憶容量や精神的な満足度のピークを持ってこないでって思うの。そして、今すぐに希望の大学には自分のこれまでの学習内容では手が届かなそうなことに、焦らないで欲しいんだ。受験日はこの夏じゃないでしょう?今は、少し先にあるカゴに放物線を描くボールをイメージをして、計画しながら勉強して欲しい。贅沢を言えば、ボールがゆるく少しだけ落ちてきたくらいのところで、余裕持ってカゴに入るような感じかな。だって、ピークにギリギリでカゴに入るのだと、その最大瞬間風速の一瞬しか合格のチャンスがないみたいな感じっぽいし。こう、描かれた放物線の内側の少し下全域が合格到達ラインなら、多少のことでは動じずに目標に辿り着けそうじゃない?」

小百合は生徒たち一人一人の目を見て、腕全体を使ってボールを投げる仕草をしたり、指で放物線を描いたりながら、願いを込めた言葉を紡いでいく。この熱量のある生徒の眼差しなら、今年も大丈夫そうかな?だから最後に、ちょっとだけ笑い話も付け加えておく。

「あ、ただ!このお話の放物線の具体的な角度や速度や距離云々の話がしたかったら、詳しいことは物理の先生としてください。まぁ、金曜にいるチューターでもいいや。りっちゃんには無理でーす。管轄範囲外でーす。」

大袈裟に肩をすくめ、投げやりな小百合の様子に、どっと皆が笑った。肩の力を抜くことは大事。ガチガチのままでは、聞いたアドバイスが自分に合うかの判断が真っ当にできず、全部を鵜呑みにして逆にいっぱいいっぱいになってしまうこともある。笑える余裕が、いつだって大事。きっとそれは、受験だけに限らない。

 「では、2つ目!次のトピック、隣の人。正確には、『隣の人は、何する人ぞ』ね。後4分、いくよ!あれ?時間切羽詰まってきた??」

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