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隣の人は、何する人ぞ(1)

 「あっっつ・・・。もはや息苦しくない??日本ってさ、いつから亜熱帯地になったんだっけね。。。」

「控えめに言っても、クソ暑いですよね・・・。湿度があるから、重苦しいと言うか。」

「気づいたら、もう、前期最終日だもんなぁ。あ、小百合は夏講なつこう中、チューターのバイト入るの?」

小百合、歩夢、暁史たちは三者三様にあーだこーだと言いつつ、今日も順調に?教務室が回っていく。

「入るよー。やっとテストから解放されたんだもん。」

暁史は思わず、小百合ってバイト代を稼ぐ必要あるの?と冗談半分に聞きかけて、アホらしくなってやめた。小百合が、バイト代の範囲内での買い物や遊びしかしてないように見えるのは大学1年次から有名な話だし、それを聞いて何か面白い話が出るわけでもない。むしろ、藪蛇になる可能性の方が高い。

「あれ?テスト?もう終わったんですか?」

「うん。ウチの大学、3学期制なんだよね。正直、今はイェーイ、テスト終わったぁあああああ!!って感想しか思い浮かばないわ。模試は復習が大事とか生徒にいつも言ってるのに。なんだか申し訳なくなってくる。。。」

「まぁ、それは、、テストの目的が違うとか言えなくもないですかね。。。ところで、3学期制、なんですか??」

苦笑いの小百合に、苦笑いの歩夢。現実はいつだって、そんなもん。

「そう言う反応だよね、普通。3学期制なのよ、これが。行く大学が何学期制かなんて、なかなか受験生でそこまで調べること、ないもん。私も、入ってオリエンテーション受けて、初めて知ったクチ。皆のトコと違うから、皆と休みがズレちゃうのが、本当に盲点だったわ。」

「珍しいですもんね。」

「この夏休みに学生を海外留学させるため、だと思う。海外の大学のスケジュールに合わせてるんだよね。実際、この時期に短期留学する学生がほとんどだし。」

「まぁ、言わずもがな、小百合さんの大学は国際系ですもんね。小百合さんは留学には行かないんですか?」

「行かなーい。興味なーい。私は、今年こそ皆と旅行に行く夢を叶えるのだ!!」

デスクで派手なガッツポーズをつけて、小百合がその場で宣言した。

「旅行?」

「あるよー。チューター旅行。って、あれ?もしや、まだ、未公開情報。。。だっけ?」

ん?と言う反応をする歩夢に、小百合がヤバっとばかりに尋ねた。

「僕ら1年は、少なくとも何も聞いてません。。。。」

「うえぇ。やば。まーた怒られる。。。歩夢ぅ、、、、佳哉か恵叶から公式の連絡あるまで、お願い、内緒のままで。。。」

カクッと下を向いた小百合に、歩夢が笑いながら答えた。小百合が仕事内容そのもの以外のことになるとからっきしポンコツだと言う佳哉や恵叶の言い分が、なんとなくわかってきた気がする。

「はいはい。小百合さんの、例のうっかりですね。」

「ありがと。面目ない。あー。こうやって信頼度も先輩度もどんどん下がってくんだ。。。」

「そんなことないですよ。いつも頼りにしてます。」

「お。歩夢が優しい。」

「と言うことで、今日のテーマで何を話すか教えて下さい。」

「え、、、、なんてゲンキンな!!!」

「なんつーか、歩夢はだいぶ小百合の扱い方に慣れてきたよね。」

それまで黙っていた暁史が、感心したように指摘して笑った。

「暁史までヒドイ。。。あーあ。初日の歩夢はもっと初々しくて可愛かったのになぁ。」

むくれて見せた小百合に、真面目に歩夢が応える。

「いつまでも初々しかったら、僕はとっくに小百合さんに愛想尽かされてると思いますけど。」

「そーねー。否定はしないわねー。」

「で?小百合は今日、何話すの?」

改めて、暁史が小百合に尋ねた。

「んー。隣人対策。」

「隣人対策?」

「そ。隣の人は、何する人ぞ、ってヤツ。」

 「おーい。そろそろ打ち合わせ入るぞー。」

その場の空気をぶった切って、高校生クラス担当教務職員の夏観がチューターたちの座るデスクに声をかけた。

「はーい。」

「え?ここで?ここで会話終了ですか?このまま打ち合わせで、その後、またずっと生徒対応で、小百合さん、デスクに戻ってこないですよね?僕はいつ、そのお話を聞けるんです??」

「ああ、、否定できないわ。そうね、、、後で、律に聞いておいてよ。」

「またその流れですか。。。」

「おい、打ち合わせだから。りっちゃんも、歩夢も、お喋り終える!いいね!」

「「はーい。」」

夏観に諭されて、雑談終了。いつもの平和な土曜日、そのものである。


 現在、授業1限目の終了5分前。結局、あの打ち合わせの後、1限目の生徒を迎えに教室にスタンバイ。挨拶に出欠確認と慌ただしく過ごした後、教務室に戻る前に昨年度の担当生徒=今年もう一回がんばる生徒につかまってアレコレ話し込んで。結果、小百合はそのまま1限目終了に向けてまた教室にあがって黒板消しセットを抱え、扉の前に立つ。歩夢の指摘通りやっぱり教務室に戻れなかったなと、やや自嘲して小百合は笑ってしまった。最大限、生徒に向き合いたい。その思いと、それでいいのかと言う思いの間で、これでも揺れてはいるのだけど。

 小百合は、今日の連絡事項と出欠状況を念の為、手元の端末で確認した。続いて順にスーツのシワを伸ばし、ヒールが裾を踏まないように確認、最後にジャケットのボタンを止め、息を吸い込む。小百合が自分自身を「りっちゃん」へと仕上げていく、儀式のようなルーティーン。雑念は大概取り払われていく。

 準備のため今日のテーマとして話そうとしている話をもう一度頭の中で組み立てていると、先日の生徒との会話が、脳裏に浮かんだ。


 「りっちゃん、りっちゃん!!」

「あれ?どうしたの??」

水曜日の高校2年生クラスのチューターの打ち合わせ前。小百合が当日の配布物や連絡事項を確認しつつ、自習室の貸出カウンターのところで自習室の貸出に必要なカードの受付をしていると。土曜の高校3年生クラスの女子生徒が切迫した声で小百合の名前を呼んだ。

 さっきから彼女がモジモジとカウンター前にいたのは知っている。なかなか誰にも声をかけないので、思い切って小百合がカウンターに出てみたのだ。中高一貫校女子校の生徒で、クラスの中でも非常に真面目で、、、だからこそ、ちょっと神経質な子。

「なにー?今日はこれから、自習室?」

パッと彼女の笑顔が弾けた。授業進捗を教えてもらうためのカードを彼女にお願いしたら、返ってきたのはユーモアたっぷりのコメント。誰に対しても、あのコメントくらい肩の力を抜けたらもっとラクになるんだけどなぁと、私もこんなだったっけなぁと、小百合は自分ごととして彼女の緊張感を捉えている。

「あの、、、違うの、、、。」

なかなか言い淀む彼女に、小百合は少し声のトーンを落としてゆっくり明るく問いかけた。

「どしたのー?大丈夫、りっちゃんに言ってご覧?」

「あのね、、、席、変えて欲しいの。」

言えた、と言う顔をして彼女がほっと安堵のため息をもらす。

「席??」

「うん、自習室の。」

「何かあったの?机のライト、つかないとか?たまにあるんだよね。。。」

何かあったのだろうか。敢えて茶化した言い方で、なんでもないことだよと言う雰囲気を作って相手の話をうながす。

「そうじゃなくて、、、隣、、、男の人で。」

「おお???」

「その、、、なんか隣のひと、結構動くから、がんばってみたんだけど、集中できないの。」

あー。。。そうだ。これ系の話はまだ、してなかった、と小百合は一気に大反省。最近は、中高一貫校が増えていて、特にこの地域は女子校や男子校が多いと言うのに!

「なるほど。そっか。」

「うん。。。」

やっと言えたと、もはや、涙目の彼女には、席を変えてあげるのが今は正解である。

「えーっと、変えた席がどうかは、この段階では保証できないよ?」

「うん、わかってる。」

「じゃ、カードこっちに返して。。。新しい席はどこにしようか。って、あ!今なら女子専用自習室が空いてるけど。今日は、女子専用に−−」

「そっちがいい!!」

小百合が言い終わらないうちに、被せるように彼女が言い募る。このご時世、女子専用自習室も用意があるにはある。けれど、座席数は圧倒的に少ない。悲しいかな、空いていることが稀有なのだ。

「はいはい。じゃ、女子専用自習室こっちね。」

「りっちゃん、ありがと!!」

「はーい。今日は遅くまでいるからね、なんかあったら、また声をかけてね。」

「うん!!!」


 彼女の帰宅間際、小百合はその後の様子を念のため彼女に確認。ついでに、「こう言う時の対処法を次のテーマで教室で話していい?」と聞くと、「お願いします!」と元気な声が帰ってきた。

 それならば、可能な限り、期待に応えたい。

 何をいつ、どう話すか。小百合の中で、ガチガチに決まったスケジュールはない。臨機応変に、その時に最も適したタイミングで話すことだけは決めている。それが大事かつこう言った教室運営系に求められている「ライブ」感で、順繰りに見ていく録画視聴系や、指南書系受験本との違いだと思うから。

 教室で、先生がマイクを置いた。さぁ、前期最終日。りっちゃんの出動だ。

「はーい、皆さん。1限目、お疲れ様でしたぁああああ!!!!」

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