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聖女さま、異世界へようこそ(7)

 「たっちゃんさん、お会計大丈夫ですか?」

「おっとぉおお?払えないとか、ですか??これはこれは、大っ問題発生?」

「ちゃんと領収証もらって、とりあえず経費請求してみましょうよ。」

「ダメなら、出るとこ、出ましょう!!!」

「出るってどこへって話ですけど!!!」

 お会計のために入り口付近のカウンターへ向かった熊守の背に、漫才コンビが後ろから声をかけた。放課後開始直後のサラダ全力喰いのおとなしさはどこへやら、いつものようにすっかりお調子者に戻り、怖いもの知らずではしゃいでいる。

 「皆も、たっちゃんって呼べばいいのに」

と言いまくった小百合に、

「最近は、呼び方を強制したって観点から、ハラスメント行為認定されるらしいから気をつけなさいよ。」

と恵叶が昨今のオフィスをめぐる常識を諭し、

「難しすぎない?最近の人間関係って、そこまで複雑にルール化しないと構築できないもんなの?」

と小百合が絶叫するまでの、いつものお約束パターンの結果。

 なんとなく呼び方が「たっちゃんさん」で定着した。

熊守本人もまた、いつもの通り表情を動かさず、ボソボソと「それで大丈夫です」と答えていたので、恵叶もそれ以上に注意するのは野暮とばかりに新たな呼び方定着は放置している。

 「おーい。まだ送金していない人、早く俺のアカウントに送金してくれるー?こっちはこっちで、チューター分のお会計あるんだからさ。」

佳哉が傾斜配分の計算をしてチューター同士での集金活動をしているのを聞きつつ、熊守は緊張でガチガチになりながら、黒服の店員と対峙していた。

 カウンターに置かれているのは、西橘先生と自分の分だと傾斜配分された金額分が書かれた紙。このお店のレベルの飲食が、普通はこのお財布に優しい値段で可能な訳がないことや、学生のバイトくらいでは貸し切り状態になんてできないことをあのチューターたちは理解してるんだろうかという、どこか他人事のぼやきが今の熊守の足をかろうじて床に縫いとめていた。足元がやや心許ないのは、靴裏からでさえ感じるドッシリしつつも柔らかくふんわりした絨毯のせいだと思いたい。

 震える手には、先ほどの名刺サイズの黒いカード。どう話を切り出せばいいのかわからず、熊守はじっと手元の黒いカードを見つめた。

 そこに書かれているのは、たった一言。

「聖女さま、異世界へようこそ。」

全くもって、意味不明である。

 「お嬢様の口に入るものはすべて、我々のチェックが必要ですので。こちらは必要経費ですよ。ご心配なく。」

熊守の緊張を見透かしたように、黒服の男が笑った。まさに、捕食者の笑み。獰猛な肉食獣に睨まれた草食動物の気持ちが、痛いほどに分かった。これがただの店員に扮して黙ってこの場で給仕をしていたなんて、どんな悪い冗談だというのだ。熊守だって、ボーッと生きてきたわけではない。生馬の目を抜くような業界にいて色々と見てきたし、それなりに強く振る舞える立場にもいた。それでも、厨房にまで人を入れて場所を貸切り、こんな物騒な人間がここにいると言うのを、嫌でも思い知らされる。

 「これから本登録ということで、よろしいですね?」

射抜くような視線で、目の前の男が熊守に問いかける。この場で、NOといえる人間はいるのだろうか。きっと周りには、このお店の会員登録か何かだと思われているんだろう。そんなわけあるか。この黒いカードが何を意味するのか、わからない人間にはそもそも手渡されたりしない。

「はい。よろしくお願いします。」

熊守は声を振り絞ってなんとか返事をした。

「かしこまりました。それでは、こちらにお名前と、お電話番号を。はい、ありがとうございます。そのお手元のカードはこちらにお戻しください。追って、本登録のご案内を本部の者からお電話にて差し上げますので、その指示に必ず従ってくださいね。」

「はい。」

今日、なぜ、この威圧の塊のような人間かここにいるのか。なぜ巡り合えたのか。きっと何かの偶然なんだろう。なんでもいい、掴み取れたのだから。

「では、こちら、お会計を。カードは一括でお願いしております。はい、こちら領収書です。」

淀みなく、流れるような一連の動作。一介の店員にしては洗練されすぎている出立への違和感に、熊守の後ろで、のほほんとチューターと騒いでいるニシタチでさえ気づかない。

「非常に苦労されていらっしゃる現状を続けて頂くことになるので、申し訳なさもありますが。経費で落ちなかった場合は、お知らせくださいね。」

そっと囁かれ、言外に「黙って校舎長にイジメられておけよ」と匂わされた。ただし、それなりの落とし前は、あちらで請け負ってくれるということ。

 熊守が領収書を受け取ると同時に、お店のドア付近のスタッフが全員に声をかけた。

「皆様、お車の準備が整いました。順番にどうぞ。」

本当に、流れがスムーズすぎる。

うっかり安堵のため息を漏らしてしまったことを許して欲しいと、誰宛てにか分かないけれど真剣に願った。

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