聖女さま、異世界へようこそ(6)
宴は進み、お互いが記号ではなく、個別の人間であることを充分に認識もできた頃。
「あれ、そういえばアキ様は?」
何気なく恵叶が佳哉に尋ねた。
「遅れてくるって、言ってたような?連絡あったら、拾いに行くんだよね?車で?誰か、なんか聞いてる?」
「いや?あれ?そういえば連絡ないですね?」
瞬時に歩夢が手元の携帯を確認した。連絡は、特に来てはいない。
「それってさっき聞いた四天王の最後の一人だよね?王子様なんだっけ?」
西橘先生が、興味深そうに尋ねる。
佳哉が言外に「本物の王子様だったあなたに言われてもねぇ?」と匂わせながら、言葉を返す。
「彼はまぁ、迷子の王子様というか、強引に僕らの仕事に引き込まれちゃった可哀想な役回りというか。僕ら同学年から見たら、あんまり王子様ってかんじはないですけど。実際、ここにいる僕ら3人のように好き好んで志願してこのバイト始めたわけじゃなく、成績優秀者で学費免除者だったがために職員さんからチューターやらないかと受けた頼みを、断れずに流されただけですし。」
「そうなんですか?」
意外そうな律の反応に、あれ、言ってなかったっけ?と小百合が首を傾げた。
「あ、たっちゃん、夏観さんから、連絡ない?」
「――――。。。。」
「たっちゃん、、、、聞こえないってば。。。」
業を煮やした小百合が、熊守の隣にストンと席を移した。
「あ、そう。え、アキフミ、今日、研究の続きがあるから来ない??って??たっちゃんに言ってた、の??」
「残念、王子様は、欠席なの?」
西橘先生が、それとなく皆に聞こえるようにもう一度、言葉にした途端。
−――――ガッチャーン。
厨房の方でなにやら色々割れた物凄い音がした。こういう雰囲気のお店にしては、こんな騒音珍しいなと思いながら、小百合は確認のため声を張り上げる。
「え、ちょっとどうなってるの?佳哉!!ねぇ、事前に、っても昨日の今日だけど、ちゃんと暁史にも連絡したんだよね?」
「したけど。小百合は?今日、目の前に本人がいたんじゃないの?それこそ、何か言ってなかった?」
「うーん。。。チューターやってる時って、生徒対応で目一杯で、正直、あんまりアキフミとは話しない。。。。」
途端に、さゆりが自信なさそうになる。
「あ、りっちゃんのこれは、本当です。僕、土曜日にバイト入って、びっくりしました。りっちゃん、全然、チューター同士の会話がなくて。けど、確かにいっつも僕ら生徒と一緒にいてくれてたなぁって、そりゃ仕事中の会話とか無理だなって納得でした。」
「小百合さん、確かに、教務室で喋ってるのって打ち合わせ前だけですよね。後はずっと、書類とにらめっこか、誰かしら生徒さんに呼び出されて廊下に出てっちゃってて、教務室にほぼいないです。」
「ごめん、律。歩夢。それ、褒めてる?貶してる?」
「「ただの現実を言っただけです。」」
口をそろえた二人に、うえーっと小百合がその場に突っ伏すフリをする。そうか、暁史は来ないのかととため息をつきながら、佳哉がこの話題はもう良いやとばかりに、熊守に新たに尋ねた。
「そういえば、そもそもなんで熊守さんが、見張り役に駆り出されたんです?夏観さんの一存じゃ、まだ勤務時間になるこの時間、こうやって外に出れないですよね。」
話題はいつだって取り留めもなく、あちらこちらへ、揺蕩うように移り変わる。
「校舎長が、、、講師の先生に失礼にならないように、、、、と。」
ボソボソとだけと、これまでずっと黙っていた熊守が口を開いた。
「ん?これは、ちゃんと勤務時間にカウントされてます??」
校舎長がいる方が先生に失礼になってたでしょうねと毒づきながら、恵叶がふと疑問を口にした。
「いや。今日は早上がりになって。。。」
「あれ?熊守さんの今日の勤務シフト、本来、最後までのはずでしたよね?水曜に見た勤務予定表だと。。。?え?勤務時間勝手に早められて、その分給料払わない、と?え、もしかして、校舎長、最近なんか大人しくなったかと思ってたけど、陰湿になっただけ??それ、結局、イジメの続きやってる???」
「あれ?恵叶?前に私が騒いだ時は、何も言わなかった・・・。」
「教務室で、校舎長本人を目の前に、校舎長のそれはイジメですなんて小百合のように言える度胸は私にはありません。」
「そうなの?」
「そうなの!ただ、、、最近、就活でさ、いろんな企業の採用関連のページ見にいくじゃない?社員仲良いですーって感じのことは、どの会社も当然、会社紹介のところに書いてあって。興味本位で、この予備校の見ちゃったの。もちろん、『和気藹々とした現場』、『風通しのいい社風』、『社員仲良し』、『理想の勤務時間』とかパワーワードが炸裂してたの。あー、、、、って思ったわ。現実って、こんなもんよねーって。」
その場一同、苦笑いである。
「それ以来、職場のイジメっていうか、こういう嫌がらせっぽいことを目の前にしちゃうと、ヤだなぁって昔以上に思うようになったのよね。ずるいと言われたら、それまでなんだけど。」
「身を以て感じるとね、そうだよね。たっちゃん、本当はすごい人なのにね。あんなおっさんにいいようにイジメられていい人じゃないんだよ。」
「熊守サン、本当に凄い人なのにね。」
小百合に同調するように西橘先生が、ポツンと呟いた。渾身の、心からの賛辞だった。
彼自身の想いであり、無論、誰にも聞かせるつもりはなかったのだろう。ただ、あまりに心がこもっていて、独り言にしてはその切なさゆえに、言葉が響いてしまった。
「え?西橘先生は、熊守さんのこと、ご存知?なんですか?りっちゃんが、熊守さんはすごい人だって騒いでいるのは、皆知ってますけど。」
「ん?お二人は、ほぼ初対面ですよね?熊森さん、経歴不明すぎる人なんですけど、ご存知なんですか?」
漫才コンビが、何気なく拾う。悪気はない、純粋な疑問。
「、、、、、、。」
西橘先生が、グッと黙ってしまう。どうやり過ごそうかと言う焦りが、うっかり顔に出そうになるが必死で抑えつつ、なにもない顔をどうにか維持して返答を。。。
「お話のところ、申し訳ございません。こちら、先ほどお騒がせしたお詫びになります。」
と、黒服に身を包んだ体格の良い店員が、年代物のワインのボトルをテーブルへ差し出し、西橘先生をグッと見つめた。皆の視線は、そのままワインボトルに自然と注がれる。よくわからないけれど、いいものっぽい物を、頂けるような?
助かったとばかりに、西橘先生が答える形で、
「いや、お気遣いありがとうございます。むしろ、申し訳ないです。お恥ずかしながら僕はあまりそう言ったものに詳しくないのだけれど、、、。」
「ご謙遜を。」
「いや、本当に。どうか良いようにご案内いただれば。」
「かしこまりました。お客様には、どうぞこちらを。お会計の際に、どうぞお出しくださいませ。」
なにやら、熊守にも黒い小さなカードを差し出す。
大人の世界って大変なんだねと言うまた別の雰囲気が出来上がり、洗練された店員の滑らかな動きで、ゆっくりそっと注がれていくワインに、誰もが釘付けになる。かすかに漂うワインの芳香にグラスの煌めきはもちろん、お店のBGMまでもが、これから待っている瞬間への期待感を後押しする。どんな味がするんだろうか。もはや、先ほどの話題はすっかり身を潜めていた。
話題は常に移ろいゆく。それが、この放課後の不思議で楽しいところ。ではあるけれど。
この時、「ちょっとさぁ、、、何してくれちゃってんの?」と言わんばかりの目で小百合が黒服の男性を軽く睨み、「たゆたい、移ろいゆくのが醍醐味と常々、仰っていたのはどなたでしたっけ?」としれっと流し目で答えていたことに気づいたものは、誰もないない。




