聖女さま、異世界へようこそ(5)
ぽんぽんっと、律の背中が二度叩かれた。確認しなくてもわかる、りっちゃんだ。
「ありがとー。伝えたいことが、伝わってたんだーってわかって、嬉しい。」
気づけば、放課後全員の注目の的になっていたけれど、律にはもう周りの視線はどうでも良くなっていた。
「もちろん、伝わってます。」
「でもねぇ。。91.75%だったんだよ。」
「何がですか?」
「律がいたあのクラスで、私にちゃんと卒業の連絡をくれた生徒の割合。」
「ちょっと待ってください。小百合さん、何人あのクラスで抱えてたんですか?」
去年の生徒時に、律目当てに小百合のクラスへちょくちょく遊びに来ていたこともあって、思わず、歩夢が声を出した。
「97人。」
「は、、、?97人、、、、?つまり、、、89人は小百合さんに直接、卒業後の進路の連絡をしたってことですか??」
「まぁ、そうとも言えるけど。でも、8人もわかんなかったのよ。己の未熟さに悔しさしかないわ。」
「でも、89人ですよね??」
「ちなみに、小百合のクラス在籍者でもう一回頑張ると決めた生徒さんは、全員、この校舎が中心の高卒クラスにいたりする。小百合は、直接結果を聞いていないからって、その連絡をくれたとする92%に含めてないけど。」
佳哉が話題に参戦した。
「普通は恨み辛みがきちゃって、他の予備校行っちゃったりするんだけどね。同じ予備校でって言っても、同じ校舎への通いはほぼない。保護者の信頼度が強くて、はっきり言って職員びっくりの、異常値。やっぱり宗教ぎみ。」
だんだん会話がいつもどおりのチューターの調子になって行く様子を、熊守が、面白そうに眺めている。
「、、、それは、りっちゃんが!!『まぁ、もう一回くらい頑張ったっていいじゃん。私だって、高卒クラス出身者だし』って、あっけらかんと、かなり気持ちを楽にさせてくれてましたし。。。って、あ!!」
律が気づいたように、小百合に問うた。
「昨年は、今日のあのお話に、『プラス1回したって、たった3ミリ!』と言ってくれてたと思います。代わりに、就活の部分はありませんでした。僕の今の立場だと、就活部分のお話は、大学生活が垣間見れるようで、それがちょっと、今から聞けてずるいなって思っちゃいましたけど。」
「あー。。。毎年、喋る内容が同じってことにはならないかな。さすがに自分の経験が増える分、話す内容は、できるだけブラッシュアップするようには心がけてるし。そう言う意味では、毎年毎年より良くなっているはずで、そうなると初年度の生徒にはごめんって思っちゃうんだよね。。。」
はぁ、とため息を小百合がこぼした。
「今年はね、今のところ、志望校とか志望学部を見る限り、ご家庭の事情でその道しか許されないみたいな子がいないんだよね。だから、まだそのプラス1回の話はしてないの。最終週近くなったら、する予定。」
「その道しか許されない、、、とは?」
「うーんと、、、職業で言えば、医者、歯医者、弁護士が筆頭かなー。ご家族の事業の関係で、何がなんでも、医学部、歯学部、法学部、医療関係学部に進学しなくちゃいけない、とか。容易に想像がつく、アルアルな話でしょ。あるいは、親戚一同全員同じ大学卒業生とかで、学部なんてどこでもいいけどその大学しかダメとか。要は、進学先が本人の意思とは別のところで既に決められてる子たち。その子たちに、チューターの立場で何を言ったらいいんだろうって、私はまだ答えを持ってないの。」
痛ましそうな顔で、恵叶が小百合を見た。
「そういう進学の仕方を否定する気は一切ないんだ。それも1つの生き方だろうし。外野がゴチャゴチャ偉そうに評価することじゃないもの。ただ、その決められてしまった選択肢の中で、どういうふうに足掻いて、どうやって楽むかなんて、、、難しい課題だなぁって。唯一私が生徒たちに言えるのが、『プラス1回したって、たった3ミリ!』だったのよね。保護者の方の経済的負担を度外視さえしてしまえば、1年そこならなんて社会に出た際には大したことないから、本当に。」
小百合は手の中のグラスを傾けて、そのまま一気にあおる。普段しない粗雑な飲み方は、何か硬いものをグラスの中の液体と一緒に飲み込んでしまうような仕草だった。
「君たちは、本当にこのバイト、好きなんだね、、、?」
それまで黙って話を聞いていた西橘先生が、ポツンとこぼした。
「そもそも、なんでウチの放課後なんかにいらしたんです?高校生クラスは、ここではご担当されてませんよね?」
回答せず、小百合が質問にド直球の質問で返す。
「純粋に、好奇心。僕は、学生時代は自宅と大学の直行直帰で、学生らしい経験が一切なかったから。『その日のバイト代が、その日のチューター同士での飲み代に消える』って他の校舎でチューターさんが話しているのを偶然聞いて、絵に描いたように学生っぽくていいなぁって。講師にも学生の輪に入って行く機会があるのは、講師の中の風の噂でなんとなく知ってたし。僕もご一緒してみたいなぁと。」
「その日のバイド代は、確かに、その日に消えてますねー。」
「バイト代が消えないのは、1年時くらいですよね。先輩たちが奢ってくれますから。」
漫才コンビが遂に喋り始めた。
「やっぱり、こちらの校舎でもそうなんだね。そういう、自分には全くなかった経験を実際に生で見てみたいっていうだけなんだ。それで、教務の方に、声をかけてみたんだ。」
そしたらびっくりしたんだよ、と西橘先生は続けた。
「『華やかな』方ですか?って聞かれて。は?と思って。今、皆に言った理由を伝えたら、次は『何系ですか?』と。校舎によってチューターもだいぶ雰囲気が違うとかで。体育会系の何号館、意識高い系の何号館、研究者気質のなんとか校、、、と。僕は、できれば自分の存在で騒がれたくない旨を伝えたら、『じゃぁ、あの校舎だったら、徹底的に管理されてるのでお勧めします』って、こちらの校舎を紹介されたんだ。」
あー、、、、逆効果もあったかと言う顔で佳哉がガックリと下を向いた。
「他の校舎だったら、SNS管理とか、もっと緩いのか。。。。」
「そう。それはやっぱり、僕としては困るんだ。ちなみに、もし『華やかな』方を希望してたら、今頃、未来のアナウンサー志望の子たちのメディア組の飲み会に連れていかれて、翌日にはSNSで僕の顔が全世界で晒し者、だったよ。」
え、気持ち悪っと小百合がこぼす。
「色々、気持ち悪いよね。だいぶ前に大手メディアの接待問題があったけど、結局は似たような構造なのかなって。ちなみに有名大学在籍者限定とか、顔のいい男子学生限定とかもあるらしくて。もちろん、誰かに指示をされたわけではなく、バイトの学生たちが自ら好き好んでやってるらしいんだけど。つまり、それで何かしらアドバンテージがあるってことなんだろうね。」
この校舎じゃ絶対にあり得ないと、佳哉の顔にデカデカと主張が浮かぶ。
「実際、一度でもこうやってコミュニケーションを取れば、『講師』『チューター』っていう記号から、お互いが個別で誰々さんって言う認識になるじゃない?少なくとも、明日から、キミらは、僕を遠巻きにしてチラチラと『アレが元アイドルか』って僕を見るんじゃなくて、ちょっとした挨拶くらいはできそうな関係はなるでしょう?人間としては好ましいんだけど、そこに利害関係を持ち込まれる危うさもある。」
小百合の眉間にシワがよった。
「僕は、ここにそういう利害関係を持ち込みたくないんだ。せっかくの、仕事の場だから。そんな思いで今日お邪魔させてもらったら、、、びっくりするほど真面目な仕事についての話ばかりで、正直、嬉しさしかなくて。僕の仕事は、誰かとチーム組んで話し合ってとかじゃなくて、黙々と1人ゲームみたいなところあるから。こんなふうな『教育現場』って感じに、自分がどこにいるのか感動したよ。」
「そうですか。まぁ、当初の質問にお答えしますけど、好きかどうかと聞かれたら、好きなんでしょうね、このバイト。仕事内容もですけど、チューター皆が、ちゃんと真剣に向き合ってるので、余計にこの雰囲気は好きですね。」
小百合が当初の質問に答える。
「え、四天王いるところで仕事の手とか抜けなくない?」
「適当に仕事したら、確実にツめられるし?真剣になりますよ、そりゃ。」
と漫才コンビが言い出した。
「四天王?って?」
西橘先生が知る必要など、なかろうに。
「ちょ、ちょっと!!余計なこと言わんでいい!!!」
佳哉の抵抗も虚しく、後輩たちによってどんどん語られて行く、チューターのよもやま話あれこれ。気づけば誰もが自然に笑い、話し、その場を楽しんでいた。
放課後が放課後である所以は、笑顔の渦になる理由は、まさにこの「自覚して作り上げている、利害関係の無さ」にある。この稀有さを真に理解できるのは、社会人として生きている期間がチューターより長い西橘先生くらいだろう。そしてこれが、彼が最も見たかった景色だった。




