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『歌が見えた ―弱い光魔法しか使えない私ですが、歌うと感情を隠せない天才歌姫と世界初の魔法ライブを作ります―』  作者: あらたかたかじろう


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第三幕「星冠祭」 第57話 名前のある仕事

 星冠祭から三日後。


 旧兵站庫の入口には、朝から人の列ができていた。


 観客ではない。


 次の公演を依頼したい劇場主。


 記事を書きたい新聞記者。


 自分の魔法を演目へ使ってほしい術者。


 セラへ曲を歌ってほしい作曲家。


 王都以外での公演を持ちかける興行主。


 祭典庁の窓口を通してくる者もいれば、南区で場所を聞き、直接訪ねてきた者もいる。


 倉庫の前に立てた札には、


 ――本日は相談受付のみ。

 ――実演、歌唱、術式試験は行いません。

 ――無断記録禁止。


 と書かれていた。


 それでも扉が開くたび、外にいる者が一歩ずつ中へ入ろうとする。


「入口を暗くする」


 ノアが言った。


「だめ」


 リラが即答する。


「来た場所が分からなくなるくらい」


「帰り道も分からなくなるでしょう」


「半分は帰る」


「仕事も半分になるよ」


「休める」


 ノアは工具箱の上へ座り、眠そうな金灰色の目で行列を見た。


「リラ、昨日も寝てない」


「少しは寝たよ」


「机に顔をつけて、三十一分」


「よく覚えてるね」


「その間、私が受付した」


「助かりました」


「追加料金」


 ノアは机の上に置かれた蜂蜜牛乳を指した。


「もう払ってあるでしょう」


「これは午前分」


「時間制なんだ」


「仕事だから」


     ◇


 受付用の長机には、依頼内容を書き込む紙が並べられていた。


 最初の用紙には、昨夜までなかった欄がある。


 ――希望する担当者。


 セラ・アルメリア。歌唱、作詞。


 リラ・オルフェン。統合演出。


 ノア・ベル。闇演出、視線誘導、退避設計。


 ラウル・ガルド。火炎演出、防火設計。


 レティア・レニエ。水演出、水路・排水設計。


 エヴレン・フィオーレ。幻影演出。


 マリエ・セルヴァ。音楽構成、伴奏。


 セイン・オルネス。雷信演出、安全連携。


 その下には、奏者、音響技師、舞台係、安全補助員の名も記されていた。


「俺のところに、主役と書け」


 ラウルが用紙をのぞき込む。


「火炎演出です」


 レティアが答えた。


「火の主役」


「歌唱演目の主役は、歌手でしょう」


「最後の炎が一番大きかった」


「予定より小さくしたことを、三日前は誇っていませんでしたか」


「小さくても主役になれる」


「よい学習です」


「褒められてる気がしない」


 ラウルは紙から顔を上げた。


「それより、ノアの『退避設計』は何だ」


「逃げる道を作った」


 ノアが答える。


「俺にも防火設計と書いてあるぞ」


「燃やす人が、消すところまで考えるから」


「それなら、格好いいな」


「最初からそう書いてあります」


 レティアは、ラウルが勝手に「主役」を書き足さないよう、用紙を自分の側へ引いた。


 エヴレンは一覧を読んだあと、細い指で自分の欄を示す。


「幻影演出だけでは、私の芸術的統括能力が伝わりません」


「何を足すの?」


 リラが尋ねる。


「幻想美術監督」


「安全上の役割は?」


「観客の記憶へ、存在しない美を安全に残します」


「『幻影演出・視覚設計』では?」


 マリエが提案する。


「少し役所的です」


「依頼書ですから」


「では、括弧内に幻想美術監督と」


「長くなる」


 ノアが言った。


「名前より長い」


 エヴレンは不満そうだったが、最後には「幻影演出・視覚設計」で了承した。


     ◇


 マリエは、音楽に関する依頼だけを別の箱へ分けていた。


「歌唱依頼と、新曲提供の申し出は分けます」


「同じじゃないの?」


 リラが尋ねる。


「すでにある曲を歌ってほしい依頼と、セラさんのために曲を書きたい申し出は別です」


「どっちもセラが選ぶ?」


「はい」


 マリエは封筒の表へ、作詞者、作曲者、権利条件、改変の可否を書く欄を追加した。


「『自由に歌ってよい』と書かれた曲が三つあります」


「いい条件?」


「譜面の変更は自由ですが、記録販売時の追加使用料が売上の半分です」


「高いね」


「自由という言葉だけで判断しないでください」


 マリエは、その三通を契約確認箱へ移した。


「歌いたいかはセラさんが決めます。使えるかは契約を読んでからです」


「頼もしい」


「八年間、音楽院で契約書を読んだことはありません」


「大丈夫?」


「昨日から勉強しています」


「無理しないでね」


「リラに言われると、説得力がありません」


 マリエは視線だけで、リラの前に積まれた書類を示した。


 依頼書。


 取材申請。


 契約案。


 新しい舞台の相談。


 リラの机だけ、ほかの三倍ほどの高さになっていた。


     ◇


「見ろ!」


 倉庫の扉を押し開け、ラウルが新聞を掲げた。


 朝刊の一面に、星冠祭の記録画が載っている。


 客席の灯。


 水の霧。


 完成しなかった炎の翼。


 舞台の端で歌うセラ。


 祭典庁が公開を許可した記録幻影を、新聞社が静止画へ写し取ったものだった。


「俺の火が一番大きい」


「見出しは『無所属の歌姫、王都に新たな舞台』です」


 レティアが紙面を読む。


「記録画の上半分は火だ」


「歌姫の後方です」


「後ろから世界を支えている」


「物理的には水が支えています」


 ラウルとレティアが紙面の面積を指で測り始める。


 エヴレンは別の新聞を広げ、険しい顔をしていた。


「私の名前がありません」


「記事の下に出演者一覧があります」


 マリエが指す。


「小さい」


「全員、同じ大きさです」


「記録画に使用された幻影の設計者として、本文中に記載すべきです」


「抗議文を書くの?」


 リラが尋ねる。


「訂正要求です」


「昨日の取材申請を全部断ったでしょう」


「取材を受けていないことと、仕事の名を消してよいことは別です」


 エヴレンはすでに書き始めている。


 白金の髪が紙へ落ち、いつもの完璧な笑顔はなかった。


「記録画の使用許可は出てる?」


「祭典庁から新聞社へは出ています」


「エヴレンの幻影を載せる許可は?」


「演目全体の記録としては契約に含まれていました」


 リラは星冠祭の契約書を開いた。


「でも、個別の制作者名をどう表示するかは書いてない」


「次は書いてください」


「うん」


「私だけではありません」


 エヴレンは、新聞の隅に写った水の霧を指す。


「レティアさんも。暗転は記録画へ写らないため、ノアさんの名はさらに消えやすい」


 ノアが新聞をのぞく。


「写らなくていい」


「仕事の記録は?」


「残す」


「なら、同じです」


 エヴレンは訂正要求書の題名を、


 ――演目制作担当者の表示について。


 へ書き直した。


     ◇


 セインのもとには、王立魔導防衛隊・雷信隊から正式な呼出状が届いていた。


「処分?」


 ラウルが尋ねる。


「報告要請です」


「同じだろう」


「違います」


 セインは封筒から三枚の書類を取り出した。


「儀礼以外の公開演目で、雷信術を水路内部へ限定使用した事例について、技術報告を求められています」


「褒められる?」


 リラが聞く。


「報告前に評価は決まりません」


「怒られる可能性は?」


「承認済みの術式範囲です。規則違反はありません」


「じゃあ、怖くない?」


 セインの指が、書類の端へ触れた。


「少し」


「どうして」


「雷信隊の技術として採用された場合、私の演出ではなくなります」


 リラは目を瞬いた。


「広まるのが嫌?」


「必要な技術が広まることは、隊員として望ましいです」


 セインは一度、舞台に残る閉鎖水路を見る。


「ただ、昨日の雷は、私一人の技術ではありません」


「レティアの水と、エヴレンの幻影があった」


「リラの発動判断と、ノアの開く時刻も」


「報告書へ全員の名前を書く?」


「書きます」


 セインは封筒へ書類を戻した。


「雷信隊の技術になっても、どこで生まれたかは残します」


     ◇


 昼前になると、倉庫の入口はさらに混み始めた。


「一度だけ歌ってください」


「火の翼だけ見せてもらえませんか」


「闇を使わない版なら、子ども向け公演へ採用できます」


「観客の灯を毎回必須にすれば、宣伝しやすい」


「セラさんの涙を記録商品へ――」


「それは却下です」


 リラの声が、相手の言葉へ重なる。


 質問者が一歩下がった。


「本人の涙を商品条件にはしません」


「演出の再現性について伺っただけです」


「再現しません」


「では、昨夜と同じ感動は保証できない?」


「できません」


 答えたあと、リラは次の依頼人へ顔を向ける。


「こちらの契約は、肖像使用の範囲が――」


「リラ」


 ノアが袖を引いた。


「今、何件目」


「分からない」


「受付表では二十八件」


「まだ午前だね」


「休憩」


「この人の説明が終わったら」


「前の人にも言った」


 ノアは、リラの前に置かれた紙を一枚取った。


「これは、誰の仕事」


「契約を確認するのは責任者の――」


「私の闇の話が入ってる」


「だから私がまとめて」


「私が読む」


 ノアは依頼人を見る。


「闇を半分にしてほしい理由は?」


「子どもが怖がらないように」


「暗い時間を短くすると、転換が見える」


「では、別の演出へ」


「それを決める前に、私へ聞く」


 ノアは用紙へ、本人確認必要と書いた。


「リラだけに話さないで」


 依頼人は、十二歳ほどの少女と契約の話をしてよいのか迷った顔をする。


「こちらは、闇演出と退避設計の担当者です」


 リラが言った。


「年少者との契約交渉には、工房責任者と保護責任者も同席します。ただ、技術条件を決めるのはノアです」


 ノアはリラを見上げる。


「それでいい」


 リラはうなずいた。


     ◇


 レティアが机の横へ立った。


「水演出に関する依頼は、私が確認します」


「でも、全体との組み合わせが」


「組み合わせる前に、水として可能かを判断します」


 ラウルも自分宛ての封筒を集める。


「火は俺だ」


「安全条件まで読んでね」


「分かってる」


「大きさだけで選ばない?」


「俺を何だと思ってる」


「大きい火を選ぶ人」


「最後まで待った火も選べる人だ」


 ラウルは胸を張り、火炎演出の依頼箱を持ち上げた。


「報酬が低すぎるものは先に落とす」


「そこも大事です」


 レティアは否定しなかった。


 エヴレンは、幻影と記録利用に関する相談を受け持つ。


 マリエは歌と音楽。


 セインは防衛隊への報告があるため、今日の午後は参加しないと先に告げた。


 誰も、リラにすべてを任せなかった。


 リラの机から、書類の山が少しずつ減っていく。


「演出家って、もっと光を動かす仕事だと思ってた」


 リラは机へ額をつけた。


「夢は無料。安全布と楽器運搬は有料」


 ノアが蜂蜜牛乳を飲みながら言う。


「アルドさんの言葉、覚えたね」


「嫌な言葉ほど残る」


「今日は師匠、来てないの?」


「書類だけ置いて帰った」


 ノアは机の端にある紙を指した。


 アルドの字で、


 ――その場で受けるな。

 ――持ち帰れ。

 ――疲れているときに将来を売るな。


 と書かれている。


「嫌な言葉だけど、正しいね」


「だから嫌」


     ◇


 午後になり、入口の列が途切れた。


 最後の依頼人を見送ったあと、リラは倉庫の扉へ札を掛ける。


 ――本日の受付は終了しました。


 外に残っていた記者が一人、扉の隙間から尋ねた。


「一つだけ。今回の技術は、何という仕事になるのでしょう」


「仕事?」


「歌手、奏者、各属性の術者とは別に、全体を組み上げた役割です」


 リラは答えようとして、少し止まる。


 昨日までは、制度上「統合演出担当」だった。


 依頼書には、演出家と書かれるようになった。


 どちらも間違いではない。


「演出家です」


 今度は、小さく言わなかった。


「魔法使いではなく?」


「光魔法使いでもあります」


「どちらが本業ですか」


「両方」


「昨夜使った光は、弱い生活魔法だったと聞きました」


「そうです」


「強い魔法を使えなくても、魔法演出家になれる?」


 リラの指が、扉の取っ手へ触れた。


「私がなったので」


「正式資格は、まだ補佐では?」


「役所の書類が遅れてます」


 倉庫の奥から、セラのかすれた声が飛んできた。


 記者は一度目を丸くし、それから紙へ書き込んだ。


「ありがとうございます」


 扉が閉じる。


「言われた」


 リラが振り返る。


「何を」


「演出家って」


「昨日も言った」


「知らない人から言われると、違う感じがする」


「嫌?」


「怖い」


「やめる?」


「やめない」


 返事をしたあと、リラは胸元を一度押さえた。


 成功した一度だけの演出家ではないと証明したい。


 次の依頼も、その次も受ければ、偶然ではなかったと言える。


 そんな焦りが、朝から身体を動かしていた。


「今日、全部答えようとしたの、それ?」


 セラが尋ねる。


「何が?」


「次もできるって、早く証明したかった?」


 リラは笑おうとした。


 口元だけが上がり、セラの目が細くなる。


「顔がしてる」


「みんな、私の顔を読みすぎじゃない?」


「読まれたくないなら、変な笑い方しないで」


 セラは机の前へ来ると、残っていた依頼書を裏返した。


「三日で、次の価値を証明しなくていい」


「でも、今しか来ない話もある」


「なくなるものもある」


「惜しくない?」


「惜しい」


 セラは迷わず答えた。


「でも、全部取ったら、また私たちがなくなる」


 リラは裏返された書類を見る。


 断った依頼。


 保留にした契約。


 次の公演を待たず、別の歌手や演出家へ行く者もいるだろう。


 失う可能性は、本当にある。


「明日、後悔するかも」


「明日考える」


「明後日は?」


「明後日考える」


「合理的じゃないなあ」


「今日は休む日」


「それ、ノアの台詞?」


「使える」

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