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『歌が見えた ―弱い光魔法しか使えない私ですが、歌うと感情を隠せない天才歌姫と世界初の魔法ライブを作ります―』  作者: あらたかたかじろう


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第三幕「星冠祭」 第44話 全員の仕事

 リラは初めて、正式な報酬表を作った。


 術者報酬。


 奏者報酬。


 衣装の仕立て直し。


 楽器の運搬。


 耐火布。


 排水枠。


 立入防止柵。


 避難路の灯具。


 観客参加用の低出力小光石。


 当日の食事と、帰りの移送費。


 魔法そのものは術者の魔力から生まれる。


 けれど、安全な境界を作り、人を働かせ、道具を運ぶには金がかかった。


 予算は足りなかった。


 南区の商店会へ協賛を頼んだ。


 酒場の店主は、当日の食事を現物で提供すると言った。


 花火工房は、耐火留め具と安全箱を貸し出した。


 王立音楽院からは、マリエの小型鍵盤を教育協力の名目で借りられることになった。


 路上公演を見た露店祭の責任者は、南区の名を掲示へ入れることを条件に、運搬費の一部を負担した。


 それでも、少し足りない。


 アルドは金を出さなかった。


 代わりに、リラが書いた申請書を赤字で埋めて返した。


「ここは何」


 リラが紙を広げる。


「協賛金の使途が曖昧だ」


「舞台のため」


「役所は『舞台のため』では金を認めん」


「夢がないなあ」


「夢は無料だ」


 アルドの杖が、耐火布の項目を叩く。


「だが、安全布と楽器運搬は有料だ」


「師匠っぽい」


「弟子ではない」


「まだ言うんですか」


「契約書にない関係を勝手に増やすな」


「そこまで言うなら、弟子契約を――」


「報酬表を先に直せ」


 リラは口を尖らせ、赤字の横へ具体的な使途を書き直した。


     ◇


 全員分を入れると、最後に残る金額はわずかだった。


 リラは自分の欄へ、ゼロと書いた。


 演出家報酬を削れば、ほかの者へ約束した額を支払える。


 誰にも相談しなかった。


 百人試演で失敗した。


 セラを傷つけた。


 その自分が報酬を受け取ることに、どこかで抵抗があった。


 予算調整という形にすれば、罰を受けていることを誰にも説明しなくて済む。


 完成した表を机へ置く。


 最初に見つけたのは、セラだった。


「リラの分がない」


「予算が足りないから」


「ほかの人はある」


「働いてるからね」


「リラは?」


「私は言い出した人」


「仕事をしてない?」


「してるけど」


 セラの指が、報酬表のゼロを押さえる。


 紙が机へ擦れ、小さな音を立てた。


「これ、予算じゃなくて罰でしょう」


 リラの笑顔が止まる。


「そんなことないよ」


「失敗したから、もらわない?」


「責任者だから、足りない分を――」


「責任者が無料なら、失敗しても仕事じゃなかったことにできる」


「そんなつもりは」


「ある」


 セラはゼロから指を離さない。


「自分だけ罰を受けて、終わったことにしたい」


「終わったとは思ってない」


「なら、報酬をもらって」


「許してないでしょう」


「許すことと、払うことは別」


 セラの声は平らだった。


「私はまだ、百人試演のことを許してない」


「うん」


「でも、今の演出をしているリラへ、無料で働けとも言ってない」


 リラは紙へ視線を落とした。


 謝罪。


 許し。


 報酬。


 すべてを同じ秤へ載せようとしていた。


 セラは自分の報酬欄へ目を落とした。だが、数字には触れなかった。


「私の分を減らして、リラへ回すのも違う」


「今、それを言おうとした?」


「少し」


「駄目。私の分を作るためにセラの報酬を削ったら、その分だけセラがただ働きしたことになる」


「では、足りない分は」


「全員で考えよう」


     ◇


 報酬表を囲み、全員が集まった。


「人件費を削る前に、不要な支出を確認します」


 レティアが紙を項目別に並べ直した。


「題字用の装飾布は不要です」


 エヴレンが顔を上げる。


「必要です」


「文字を読む機能に、銀の縁取りは不要です」


「品格に必要です」


「あなたが個人で負担するなら残せます」


「では、私が負担します」


「報酬から差し引くのは禁止」


 セラが言った。


「個人の衣装費として払うなら?」


「自分で選ぶなら」


 エヴレンは満足そうにうなずいた。


「美への投資は、自分の財布から行います」


 ラウルは運搬費の項目を指す。


「安全箱は工房の荷車で運べる」


「工房の許可は?」


 セインが尋ねる。


「親方に聞く」


「未確認の削減として扱います」


「今聞いてくる」


「走らないでください」


「なぜお前は、俺が走る前提なんだ」


「過去の行動記録です」


 ラウルは不満そうに工房へ向かった。


 マリエは楽器調律費を確認する。


「音楽院の教育協力へ、調律も含められる可能性があります」


「学院に借りを作らない?」


 リラが尋ねる。


「正式な協力申請です。借りではなく、記録される実績になります」


「なら、お願いしていい?」


「私が申請します」


 マリエは自分の欄を削らず、必要な費用の負担先を正しい場所へ戻した。


 ノアは自分の報酬欄を確認する。


 銀貨二枚半。


 蜂蜜牛乳二本。


 作業時間上限。


 夜間作業なし。


 工房責任者の承認。


 休憩時間。


「ノアは下げない?」


 リラが尋ねる。


「下げない」


「即答」


「年少術者の報酬を、予算不足で安くするのは禁止」


「一番正しい」


「リラも下げないで」


「私は年少じゃないよ」


「無料の責任者も危ない」


 ノアは表のゼロを鉛筆で塗りつぶした。


「お金をもらってないと、嫌になっても途中で辞めにくい」


「自分で始めたからって?」


「うん。無償だと、全部我慢するのが立派みたいになる」


 十二歳の言葉に、リラは返せなかった。


 セインが経費表を一枚めくる。


 前の試演でリラが書き残した、


 ――三千人へ貸せる、小さな灯を探す。


 という一文の横に、細かな調査結果が追記されていた。


「候補として、灯務局の低出力小光石があります」


「調べてくれたの?」


「手のひらの中だけを照らす、点検時のだけを照らす、点検時の貸出器具です。観客参加への転用例はありませんが、出力条件は満たします」


「何個借りられる?」


「三千個は不可能です」


「やっぱり怒られた?」


「まだ照会しただけです」


「申請前から無理って言われたの?」


「三千個という数量については」


 セインは客席区分表を開いた。


「ただし、全員分を用意する必要はありません」


「どう分けるの?」


「生活灯を使えず、なおかつ参加を希望する方へ限定します。必要数を見積もったうえで、貸出数、点検担当、回収場所を申請します」


「受け取った人は、好きなときに灯していい?」


「いいえ。演出側の合図と、安全担当者の許可がそろった場合だけです」


「使わなくなったら?」


「途中で消して構いません」


 セラが経費表を見る。


「受け取らない人は?」


「何も持たずに観覧できます」


 リラは、低出力小光石の項目へ丸をつけかけた。


「採用――と言いたいところだけど、まだ借りられるか決まってないんだよね」


「はい」


「じゃあ、削らずに残す。参加したいのに、自分の光を持っていない人を、演出の外へ置かないために」


 セインが項目の横へ、申請予定と書き加えた。


 レティアが再計算する。


「不要な装飾費、重複している運搬費、印刷部数を削れば、演出家の最低報酬は確保できます」


「最低なんだ」


「相場に対しては低額です」


「正直だなあ」


「次回は、契約前に予算を組んでください」


「次がある前提?」


 セラが尋ねる。


 レティアは一度だけ動きを止めた。


「同じ失敗を次回へ持ち越さないためです」


「合理的」


「当然です」


     ◇


 最終的な報酬表には、全員の名前が並んだ。


 セラ。


 リラ。


 ノア。


 ラウル。


 レティア。


 エヴレン。


 マリエ。


 セイン。


 奏者たち。


 運搬担当。


 安全補助員。


 誰が、どの役割を担い、どこまで責任を持ち、いくら受け取るかが書かれている。


 リラは、自分の名前を小さく書いた。


 ほかの者より、半分ほどの大きさだった。


 隣で見ていたセラが、紙を指で戻す。


「小さい」


「欄には入ってる」


「ほかの人と同じ大きさで」


「読めるでしょう」


「また、見えなくていいって言うの」


 リラの筆が止まった。


 舞台衣装を選んだときと同じだった。


 名前を書いても、目立たない場所へ自分を置こうとしている。


「書き直して」


 セラは筆を奪わなかった。


 代わりに書くこともしない。


 リラの前へ、紙と筆を戻した。


「自分で?」


「自分の名前でしょう」


 リラは一度、小さく書いた文字へ線を引いた。


 消すのではなく、訂正したことが分かるように残す。


 その横へ、ほかの者と同じ大きさで書き直した。


 リラ・オルフェン。


 少しだけ筆圧が強くなり、最後の線が欄の中央まで伸びた。


「これでいい?」


「うん」


「大きすぎない?」


「普通」


「普通って、難しいなあ」


「慣れて」


 セラは報酬表を持ち上げ、全員の名前を順に確認した。


 祭りの光の内側には、十二分の公演しか見えない。


 その外側には、工房の仕事があり、研究所の責任があり、劇場と音楽院と防衛隊の任務がある。


 傷つく可能性も。


 失う機会も。


 払われるべき金もあった。


 彼らは人生を捨てて舞台へ集まったのではない。


 それぞれの生活へ戻る道を残したまま、十二分だけを持ち寄った。


 だからようやく、その公演は誰か一人の夢ではなく、全員の仕事になった。

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