第二幕「歌を返して」 第25話 夜灯花の約束
リラはすぐには答えなかった。
故郷はどこだったのか。
母親はどうなったのか。
なぜ家が焼けたのか。
聞こうと思えば、いくつも質問があった。
けれど、セラが渡したのは、そこまでだった。
「歌に出てくる灯は、この花?」
「少し」
セラは花から目を離さない。
「全部じゃない」
「うん」
「幻影にしないで」
今度は、リラを見る。
「分かった」
「エヴレンにも話さないで」
「話さない」
「光粒子で真似もしないで」
「しない」
三つ目の返事のあと、セラはすぐには続けなかった。
白い花の一つが、温室を抜ける風にわずかに揺れる。
「次の歌に、勝手に入れないで」
「入れない」
「私が使うと言うまで、舞台のものにしないで」
リラは一度うなずいた。
先ほど頭の中で作った、窓辺の光を思い出す。
消したつもりでも、形は残っている。
「一つ、言っておくね」
「何」
「今、少しだけ考えた」
セラの表情が固くなる。
「夜灯花を、歌の最後へ置いたらきれいだって」
セラは何も言わなかった。
リラは逃げずに続ける。
「でも、使わない。考えたことまでなかったふりをすると、いつか自分で思いついた演出みたいに扱うかもしれないから」
二人の間にある距離は変わらない。
けれど、セラの肩はまだ強張っている。
「これはセラの記憶。私がきれいに見せるための材料じゃない」
「本当に?」
「うん」
「思いついたのに?」
「思いついても、使う権利は私にはない」
セラの視線が、リラの顔から花へ戻る。
膝の上で重なっていた指が、少しだけほどけた。
「……でも、覚えてて」
見せない。
使わない。
忘れない。
思いついてしまったことまで含め、同じ場所に置いておく。
「覚えてる」
リラは短く答えた。
今度は、約束をきれいな言葉へ言い換えなかった。
◇
二人は夜灯花の区画を出て、果樹の温室まで歩いた。
その間、リラは一度も演出の話をしなかった。
セラも、先ほどの記憶について続きを話さない。
落ちた実を管理人が拾う音や、水路を流れる水の音だけが、二人の間を埋めていた。
植物園の出口近くには、苗を売る小さな台があった。
夜灯花の苗が一つ置かれている。
素焼きの鉢。
三輪だけ咲いた白い花。
値札には、銀貨三枚と書かれていた。
セラの足が一瞬だけ遅くなる。
すぐに前を向いたが、リラは気づいた。
「欲しい?」
「買わない」
「欲しいかを聞いたんだけど」
「高い」
「つまり、欲しくないとは言ってない」
「今の財布で買うものじゃない」
セラは歩き出した。
リラは苗を見る。
自分の財布には銀貨二枚と、何枚かの銅貨がある。
足りない。
交渉すればいい。
何か手伝えることがあるかもしれない。
頭の中で方法を探し始めた自分に気づき、リラは息を吐いた。
苗から離れ、セラの隣へ戻る。
「買わないんだね」
「うん」
「分かった」
セラが横を見る。
「それだけ?」
「本人が買わないって決めたものを、私が勝手に買ったら怒るでしょう」
「かなり」
「なので、今日は成長したリラ・オルフェンをお見せしています」
「見せなくていい」
セラの口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
出口へ向かう途中、管理人が二人を呼び止めた。
「灯務局の方ですか?」
リラの外套から作業証がのぞいていたらしい。
「今日は休日ですが、所属だけなら」
「夜間通路の灯具が一つ、昨日から不安定でして。正式な修理依頼は出しているのですが、来てもらえるのが三日後なのです」
管理人が温室の外壁を示す。
夜灯花の区画へ続く通路に、小型の灯具が並んでいた。
一灯だけが、昼間でも分かるほど不規則に明滅している。
リラの足が自然とそちらへ向きかけた。
袖が後ろへ引かれる。
セラがつかんでいた。
「今日は休み」
「見るだけ」
「顔が直すって言ってる」
「たぶん、導光線が一本外れてるだけ。十分もかからないよ」
「アルドに休めと言われた」
「倉庫へ入るなとも言われたけど、植物園の灯具については――」
「役所の規則から抜け道を探さないで」
リラは明滅する灯具を見る。
灯りの下を通る人はいない。
今すぐ危険というわけでもなさそうだった。
「今日は閉鎖できますか」
セラが管理人へ尋ねた。
「はい。日が暮れる前に、この通路だけ立入禁止にする予定です」
「なら、正式な修理を待ってください」
「セラ?」
セラはリラの袖を離さない。
「危なくないなら、今日は直さない」
「でも、私ならすぐに」
「すぐに終わる仕事を全部引き受けたら、休みはなくなる」
明滅する灯具。
外れた導光線の位置まで、見なくても想像できた。
直したかった。
灯りが一定に戻る瞬間を見たかった。
けれど、管理人は通路を閉鎖できると言っている。
今、リラがしなければ誰かが危険になるわけではない。
「……分かった」
言葉にすると、想像していたより悔しかった。
セラの指から力が抜ける。
リラは自分から灯具へ背を向けた。
「三日後、依頼が灯務局へ来たら、私が直します」
「そのときは仕事」
「うん」
「今日は休み」
「厳しい管理者だなあ」
「アルドよりは話を聞いてる」
管理人へ事情を説明し、通路の閉鎖札だけを一緒に運んだ。
札を立てるのに、光魔法は必要なかった。
販売台の前をもう一度通ったとき、セラは足を止めなかった。
リラも止まらなかった。




