表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『歌が見えた ―弱い光魔法しか使えない私ですが、歌うと感情を隠せない天才歌姫と世界初の魔法ライブを作ります―』  作者: あらたかたかじろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/28

第一幕「歌が見えた」 第21話 十一枚の申請書

 星冠祭まで、残り十六日。


 五十人の試演で、最も多かった要望は「最後をもっと大きく」だった。


 同じ言葉が十二枚に書かれていた。


 リラは回答用紙を作業机へ並べたまま、その十二枚だけを別の山にはしなかった。


「客は分かってる。炎を倍にする」


 ラウルは一枚目を読んだだけで、すでに両手を広げている。


「あなたの炎だけを倍にすれば、水面が蒸発します」


 レティアは回答用紙より先に、床へ引かれた安全線を見た。


「蒸発する前に、もっと水を出せばいい」


「あなたの無計画を、私の魔力量で埋めるつもりですか」


「出せるんだろ?」


「出せます。ですが、朝を映す前に白い蒸気だけが残ります」


 二人の間に、まだ火も水も出ていないのに熱が生まれる。


 リラは十二枚の回答用紙を指先でそろえた。端を合わせるたび、乾いた紙の音が一つずつ重なる。


「たぶん、火を倍にしてほしいって意味じゃないよ」


「炎が一番印象に残ったんだろ」


「だからこそ、そのまま大きくしたら、もっと炎だけが残る」


 ラウルの広げていた腕が、少しだけ下がった。


 レティアは何も言わず、リラの次の言葉を待っている。


「最後に全部が別々に出たでしょう。炎を見た人、水面を見た人、幻影の窓を見た人。それぞれは大きかったけど、同じ瞬間に世界が変わった感じは、まだ弱かったのかもしれない」


「なら、俺が待てばいいのか」


 リラの頭に、改善案が浮かんだ。


 十二人が大きくしてほしいと答えている。なら、次は演出を大きくする。


 簡単な答えだった。


 けれど、口に出す直前で止まった。


 アルドから渡された回答用紙には、こう書かれていた。


 ――光が大きくなったところで、歌詞が聞こえなくなった。


 大きくしてほしい十二人と、大きさに歌を奪われた一人。


 どちらかを数で消せば、また同じ失敗をする。


 必要なのは、ただ大きくすることではない。


 歌を隠さず、遠くまで届く見せ方だった。


「どうしたの」


 少し離れた木箱から、セラが尋ねた。


「今、簡単な答えを言いかけた」


「簡単だったの?」


「十二人が大きくしてほしいって。だから大きくしようって」


「言わなかった」


「一人、歌が見えなくなったって書いてたから」


 セラは少し考え、リラの顔を見る。


「じゃあ、まだ答えはない?」


「ない。今のところは」


「さっきは、見つけた顔だった」


「顔に出てた?」


「全部出てた」


「セラに言われると、かなり確かな診断だなあ」


 リラは回答用紙から手を離した。


「まだ分からない。でも、出力を増やすより先に、時間をそろえたい」


「時間?」


「最後の一瞬。歌と、炎と、水と、幻影と、光と闇が、同じところを見て開くための合図がほしい」


 舞台下で譜面を整理していたマリエが顔を上げた。


「音でそろえるなら、終わりの四行を固定できます」


「固定したくない」


 セラがすぐに答える。


「歌詞は変えるかもしれない」


「では、音程ではなく呼吸です。最後の四行へ戻る前に、必ず一度、低い音を残す。そこから先の言葉は変えていい」


「昨日も、その場所から戻らなかった」


「はい。だから、音だけでは全員へ確定を伝えられません」


 マリエは譜面の空白へ鉛筆を置いた。


 低い音を一つ残すだけでは、セラが迷っているのか、別の道を選んだのか、遠くにいる術者には分からない。


「見える合図が必要ですね」


 レティアが言った。


「三千人の後ろからでも?」


 ラウルが倉庫の天井を見上げる。


「全員が直接見る必要はないよ」


 リラも視線を上げた。


「最後の合図を、一人だけが見ればいい。その人が、残り全員の時間をそろえる」


「指揮者ですか」


「もっと速い人」


 リラは、祭典広場の上空へ走った白い稲妻を思い出した。


「雷を入れよう」


     ◇


 王立魔導防衛隊への依頼書には、アルドの署名だけでなく、使用する術式、安全距離、想定拘束時間、観客数、演目の目的まで記載を求められた。


 リラが三枚で足りると思っていた申請書は、最終的に十一枚になった。


「雷を一回出してもらうだけなのに」


「一回で人が死ぬ属性だからです」


 ノアは作業机の端で、申請書の控えを順番にそろえていた。


「書類が多いほど安全なら、役所は世界一安全な場所だね」


「役所で死ぬのは、だいたい書類の下敷き」


「怖いことを眠そうな声で言わないで」


「あと、十二歳に危険書類の確認をさせないで」


「確認してるのはノアでしょう」


「気づいたから見てるだけ」


 ノアは最後の一枚へ目を通し、途中中止権限の欄を指で叩いた。


 リラ、セラ、ラウル、レティア、エヴレン、マリエ、ノア。参加者全員の名前が並び、それぞれに中止権限ありと記されている。


「ここは合ってる」


「褒められた」


「当然のことをしただけ」


「アルドさんと同じ褒め方を覚えたなあ」


 申請が受理されたのは二日後だった。


 派遣されるのは、王立魔導防衛隊・雷信隊のセイン・オルネス。


 十九歳。


 雷信隊は、魔物災害が起きた際、広域警報、避難路の表示、離れた部隊への信号、複数の救助班が動き始める時刻の同期を担当する。


 昨年の星冠祭では、王城から南門まで一本の白い稲妻が見えた。セイン本人が放つのは、既設の導雷経路を正確に通す低出力の雷だ。王都を横切るほどの大きさは、幻影と演出設備が白い軌跡をつなぎ、視覚的に補っていた。


 あれは単なる祝祭演出ではない。


 市民が警報用の雷光を見分けられるようにする公開訓練を兼ねており、同時に、防衛隊の精密制御を示す儀礼任務でもあった。


 その一度の雷で、セインは王都中に名を知られた。


 そして、ラウルが最も一方的に張り合っている相手でもある。


「あいつの雷は、音が大きいだけだ」


 派遣当日の朝、ラウルは耐火板を運びながら言った。


「火も熱いだけと言われたら怒るでしょう」


 レティアは床の排水溝を点検している。


「火は残る。雷は一瞬だ」


「去年、その一瞬の直後に金獅子を出したのは、あなたの工房では?」


「あれは雷を引き立てたんじゃない。雷が俺たちの火花を始める合図だった」


 ラウルは耐火板を床へ置いた。


 鈍い音が倉庫へ響く。


 リラは安全線の位置を直しながら、顔だけを上げた。


「今、私と同じことを言ったね」


「違う」


「どこが?」


「俺の方が先にやってる」


「なるほど。発明者としての権利を主張してるんだ」


「雷を入れるなら、最後に残るのは炎だ」


「歌です」


 セラの声が、舞台中央から飛んだ。


 ラウルは一度口を開き、そのまま閉じる。


「……歌の次に炎だ」


「順位を作らないで」


「二位なら譲歩してるだろ」


「誰も交渉してない」


 倉庫の扉が開いた。


 会話が止まる。


 入ってきた青年は、旧兵站庫には似合わないほど整っていた。


 白金に近い髪の先だけが淡い青を帯び、青い目は真っすぐ前を見ている。白と濃紺を基調にした防衛隊の制服には金の細線が走り、片側の肩から短い外套が下がっていた。


 白い手袋。


 磨かれた長靴。


 耳元には、細い稲妻を形取った銀の飾り。


 一歩ごとの幅まで決められているような歩き方だった。


 その後ろには、防衛隊の隊務官が一人いる。今回の派遣が私的な見学ではなく、正式な技術確認であることを示すように、記録板を胸へ抱えていた。


「王立魔導防衛隊・雷信隊、セイン・オルネスです」


 セインは舞台中央で足をそろえ、全員へ過不足のない礼をした。


「派遣時刻、予定どおり到着しました」


 セインは記録板を開いた。


「総演出監督からは、歌唱の変化に応じて構成を組み替える実験演目と伺っています。本日は、雷信術による同期が可能か、異常が起きた場合に誰が中止を判断するかを確認します」


 報告を終えると、倉庫にいる者を一人ずつ見た。


「要するに、俺たちがどれだけ危ないか調べに来たんだろ」


 ラウルが腕を組む。


「違います」


 セインは平坦な声で答えた。


「危険がないと証明するためではありません。危険が起きたとき、止められる状態かを確認します」


「似たようなもんだ」


「危険があることと、制御できないことは別です」


 ラウルが何か言い返しかける。


 その前に、セインの視線が焦げ跡の残る上着へ下がった。


「火花師のラウル・ガルドさんですね」


「焦げ跡で決めたのか」


「顔は事前資料で確認しています。焦げ跡は、念のためです」


「念のためって何だ」


「昨年の《金獅子》も記録映像で確認しました」


 セインは記録板へ目を戻す。


「点火から展開までが速く、形も最後まで崩れていませんでした。高い技術だと思います」


 ラウルの眉が、わずかに上がる。


「褒めてるのか、それ」


「技術を評価しています」


「なら、今年は火だけ見るな」


 ラウルは倉庫に引かれた水路と、幻影用の幕、それから舞台中央の印を順に指した。


「俺一人の演目じゃない。歌が変われば、全員の魔法も動く」


 セインの視線が、指された設備を追う。


「複数術者が、歌唱に合わせて構成を変えるのですね」


「最初からそう言ってる」


「概要としては聞いています。実際に何を基準に動くのかを確認しています」


 セインはリラを見た。


「全体の合図は、あなたが出しますか」


「はい。歌の変化を見て、私が演出合図を出します」


 リラは一度言葉を切り、倉庫にいる仲間を見た。


「ただし、危険だと判断した場合は、各担当が私の合図を待たずに止められます」


「中止権限は、全員にあるのですね」


「あります。私が続けようとしても、危なければ止めてください」


 セインは記録板へそのまま書き込んだ。


「分かりました。では、同期を確認する前に、各魔法の通常出力と停止までの時間を確認します」


「最大出力じゃないのか」


 ラウルが尋ねる。


「最大値だけでは、実際の運用条件を決められません」


 セインは焦げ跡の残る上着から、ラウルの両手へ視線を移した。


「昨年の《金獅子》を基準にすると、今回使う炎はどの程度ですか」


「高さは一・五倍。開花の幅は二倍。持続時間は同じだ」


「火の量を単純に増やすのではなく、薄く広げる形ですか」


「そうだ。熱を前へ押し出すんじゃない。上へ逃がす」


「観客側への熱量は、昨年と大きく変わらない」


「そのつもりだ」


 ラウルの腕は、いつの間にかほどけていた。


 セインは隣に立つ隊務官へ、今の数値を記録するよう目で促した。


「次に、発動を中止してから炎が消えるまでの時間を教えてください。昨年は、第三火球の開花が予定より四分の一拍早かった。私の雷光の残像と重なり、獅子の鬣が二層に見えました。偶然でなければ、優れた判断です」


 ラウルの眉が動く。


「あれは、客席の風を見て早めた」


「やはり。記録映像だけでは、変更の決定者を特定できませんでした」


「分かるのか」


「雷信隊では、誰が、どの合図を受けて、何拍で動いたかを記録します。開始時刻をそろえるには、ずれた理由も必要です」


 セインには、本当に悪意がなかった。


 ラウルは舌打ちしかけ、隣のレティアを見た。レティアは口元を動かさず、目だけで「褒められましたね」と言っていた。


「今の笑顔は公式行事用ですね」


 エヴレンが、セインの斜め後ろから言った。


 いつの間にか長い白金の髪を肩へ流し、相手の立ち姿を舞台の小道具でも見るように眺めている。


「公式行事用、とはどの部分を指していますか」


「口元です。目は技術確認のままです」


「分ける必要があるのですか」


「十一種類ほど」


「私は三種類だと教わりました」


「教えた方は、ずいぶん大まかな人ですね」


「防衛隊の儀礼教官です。式典用、弔慰用、市民交流用の三種でした」


「今はどれを?」


 セインは一瞬だけ止まった。


 倉庫。


 技術確認。


 焦げた上着の火花師。


 客席後方にいる小柄な少女。


 教わった三種類のどれにも、正確には当てはまらない。


「市民交流用を選択しました」


「選択したと口にした時点で、少し失敗しています」


 エヴレンが微笑む。


 セインも笑顔を保っていたが、どの表情へ直すべきか分からないらしく、目元だけが止まっていた。


 リラはその隙を見つけたが、口には出さなかった。


「では、説明します」


 作業机の上へ演出表を広げる。


「最後の一節で雷を走らせたいんです。雷自体を大きな見せ場にするというより、火、水、幻影、光、闇が同時に変わるための合図にしたい」


「開始条件は?」


「セラの歌が最後へ向かう瞬間」


「終了条件は?」


「歌が終わるまで」


「無効条件は?」


「無効条件?」


「合図が見えなかった場合、歌の進行が変わった場合、ほかの術者が中止を宣言した場合。どの時点で雷を出さないと判断しますか」


 リラの口が止まる。


「そこまで決めてません」


「では、現在は演出案であって、運用手順ではありません」


 責める響きはなかった。


 セインは、机へ置かれた演出表の空欄を指で示しただけだった。


「まず、予定時刻は?」


「歌によります」


「許容誤差は?」


「まだ決めてません」


「発動合図は?」


「私の光です」


 セインの視線が、リラの指先へ下がる。


 リラが豆明かりを一つ灯すと、昼の倉庫では輪郭を保つだけで精いっぱいの光が浮かんだ。


「祭典広場では、私は舞台から離れた雷信塔に立ちます」


「はい」


「この光を、塔から直接確認するのですか」


「そのままでは無理です」


「中継担当は?」


「いません」


「信号術師を配置する予算は?」


「ありません」


 レティアが即答した。


 隊務官の筆が、記録板の上で一度止まった。


 セインはレティアの顔ではなく、演出表の人員欄を見る。


「中継担当なし。予備信号なし。では、歌声を発動合図にする方法は」


「セラの歌は毎回変わります」


 マリエが答えた。


「最後に戻る低音はあります。ただし、そこからどの言葉を選ぶか、何拍待つかは固定しません」


「同じ音が、毎回同じ意味を持つわけではない?」


「はい」


「それでは信号にはできません」


 セインの声は穏やかだった。


「魔物災害では、退避する住民と進入する救助班が同じ道を使います。合図が半拍ずれれば、双方が衝突する。雷は出したあとで取り消せません」


「分かっています」


 リラが言う。


「では、歌そのものと発動条件を分ける必要があります」


「未完成の歌を使うな、じゃなくて?」


「歌が完成しているかどうかは、私の担当外です」


 セインはセラを見る。


「ただし、合図の意味が一度ごとに変わるなら、信号としては使えません」


 正しいか間違っているかではなく、自分が扱える条件へ分けている。


 その言い方に、リラは先ほどより少しだけ息をしやすくなった。


「雷を出さずに、合図だけ試してもらえますか」


「確認項目は?」


「私の光を、離れた場所まで届けられるか」


「成功条件は?」


「見えたら成功」


「一度ですか」


「……一度じゃ駄目?」


「本番で背景光、煙、水滴の量が変わっても、同じ信号として識別できる必要があります」


 セインは倉庫上部の足場を見上げた。


「視認距離、点灯時間、周囲との明度差。その三つを記録します」


「届かなければ?」


「本日の試験は不成立。別の中継手段が必要です」


「届いたら?」


「視認試験の成立です。放電試験と参加の可否は別に判断します」


「先に全部区切られた」


「混ぜる理由がありません」


 セインはリラの顔を見た。


 次に、舞台中央のセラ、後方のノア、排水溝の横にいるレティアを順番に確認する。


「無放電の視認試験であれば行えます」


「ありがとうございます」


「条件を決めてください」


 リラは豆明かりを指先で転がしながら考えた。


「明るさと背景を変えて三回。セインが全部、同じ合図だと判断できたら成功」


「点灯時間は?」


「一呼吸より短く」


「秒数で」


「セラ」


 リラが振り返る。


「最後の前に吸う息、だいたい何秒?」


「決めてない」


「だよねえ」


「でも、長くても二秒は超えない」


 セラは歌詞の紙から顔を上げた。


「私が息を吸って、歌う前。その間に見えればいい」


 セインが、初めてセラへ正面から向き直る。


「発動可能時間を、あなたが指定する?」


「私の歌だから」


「毎回、位置は変わるのでしょう」


「変わる。でも、歌う前に息を吸うのは変わらない」


 セラの指が、歌詞の紙から離れた。


「私が手放す瞬間を、リラが見て光を出す。あなたは歌を予測しないで、その光だけを見る」


「歌唱判断はセラさん。信号判断はリラさん。発動判断は私」


 セインが三人を順に見た。


「役割を分けるなら、試験できます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ