第4話 手のひらサイズの攻略法
東門の残骸は、さっきまで王都の入口だった場所とは思えなかった。
砕けた石、ひしゃげた門扉、赤黒い肉片と金属線。巨大鬼が倒れたあとだというのに、現場にはまだ熱が残っている。兵士たちは距離を取り、槍を構えたまま半円を作っていた。
その中心で、残骸が脈打っている。
どくん。
どくん。
巨大鬼の胸部だった部分が、潰れた鎧のように盛り上がり、その隙間から新しい腕が生えようとしていた。小型。だが動きはさっきよりずっと速い。失敗個体を捨て、中枢だけが次の器へ移ろうとしているみたいだった。
「なんだよそれ……フェイルオーバーかよ」
灯真が吐き捨てると、隣のかぐらが意味も分からず怯えた顔をする。コハクは大盾を構えたまま短く言った。
「対処法を」
「無茶振りが軽いな!」
だが、パニックにはならない。
もう一度同じものを見たからだ。怖い。けれど、怖いのと解析できるのは両立する。
灯真は残骸を睨む。外殻の形成が不完全。中心部だけが優先して再起動している。つまり、防御層がまだ薄い。内部侵入の難度はさっきより低い。
ただし問題は別にある。
頭の奥で、まだ微かに残る泣き声。
汚染率四三。これ以上使えば、今度は何が混ざるか分からない。
「百瀬灯真」
名を呼んだのはコハクだ。彼女の声は相変わらず平板だったが、接続中の《黍団子認証》越しに、ほんのわずかな緊張が伝わってくる。
「行くなら、今です」
「俺が躊躇してるように見えるか」
「見えます」
「見えるのかよ」
即答されて少しだけ気が抜けた。たぶん彼女なりの、変な励ましだ。
そこへ、木箱の陰から小さな影がひょいと顔を出した。
銀髪の少女。背は低く、きつい目つき。袖の長い整備服を着て、工具の束を腰にぶら下げている。
「へえ。桃から出てきた英雄様って、もっと筋肉で解決するタイプかと思ってた」
第一声から感じが悪い。
灯真が眉をひそめると、少女は肩をすくめた。
「私はシグレ。城の下働き兼、古層機関の分解屋。で、その鬼モドキ、胸骨の右下に中継芯がある。さっきアンタが止めたの、そこに近い配線でしょ」
「……なんで分かる」
「残骸の焼け方がそう言ってる。見る目だけは本物らしいね、勇者様」
最後の一言は半分茶化しだったが、分析自体は的確だった。灯真は一瞬だけ驚く。
「お前、整備士か」
「分解屋だって言ったでしょ。壊す方が得意。あと城の台所から桃饅頭をくすねるのも得意」
「最後の情報いる?」
「人柄を知るには必要」
相性がよさそうで、悪そうだ。
けれどこういう余計な一言を言えるやつは、修羅場で案外折れない。
残骸の脈動が加速する。新しい頭部が半ばまで形成され、赤い眼が開きかけた。時間がない。
「コハク、前を抑えろ。シグレ、構造の変化があったら叫べ。かぐらは――」
「私は?」
かぐらが食い気味に身を乗り出す。
「後ろで祈っててくれ」
「ざっくりしてますね!?」
怒った声なのに、少しだけ現場が和んだ。兵士たちの顔からも強張りが数%抜ける。こういう一拍があるだけで、人間は意外と動ける。
灯真は深く息を吸った。
見つける。
入り込む。
止める。
前の世界で散々やってきたことを、ただ剣の代わりに針でやるだけだ。
「《一寸界侵》」
世界がまた広がる。
今度は準備していたぶん、前回より少しだけ冷静だった。瓦礫の隙間は峡谷になり、飛び散る火花が流星のように遅く落ちる。灯真は残骸の割れ目へ飛び込んだ。
中はさっきより明るい。形成途中の制御線がむき出しになり、赤と青の光が脈打っている。そこへ、シグレの声が遠くから飛んできた。
「右! 二本束ねてるとこ、そこ偽装配線!」
「聞こえるのかよ!」
「黍団子接続の副作用! 便利でしょ!」
便利すぎて怖い。
灯真は指示された偽装配線を避け、さらに深部へ潜る。鬼側も侵入者を察知したのか、内部壁が蠢いて通路を塞ごうとした。肉と機械が混ざった膜が、まるで生きた防火扉みたいに閉じていく。
「やっぱり対侵入仕様あるよな!」
短剣を振るい、膜の継ぎ目へ滑り込む。そこで初めて、別の映像が頭へ流れ込んだ。
白い部屋。
泣く少女。
その首元へ埋め込まれる赤い核。
『お姉ちゃん』
「――っ!」
足が止まりかける。今の声は子どもじゃない。幼い女の子だ。しかも、なぜかその響きにかぐらを思わせるものがあった。
だが立ち止まれば終わる。灯真は奥歯を噛み、芯を探す。
あった。
残骸の中心、二重の肋骨みたいなフレームの奥。赤い中継芯が規則的に瞬いている。前回と同じ停止点だが、今度は周囲に機械的な防護弁が付いていた。
「シグレ!」
「聞こえてる!」
「右側の弁、開閉周期!」
ほんの一拍で返ってくる。
「三、二、三、二の変則! 長い方のあとに刺して!」
心臓が跳ねた。
こいつ、本当に分解屋だ。
周期を数える。
一。二。三。閉。二。開。
その隙間へ、灯真は身体ごと滑り込ませた。
短剣が芯へ届く。
「止まれ!」
刺した瞬間、今度は泣き声ではなく、怒りが流れ込む。
『返して』
『わたしの家族を返して』
『鬼じゃない、鬼にされたの』
頭が割れそうだった。胸の奥まで他人の感情が入り込み、自分の怒りと区別がつかなくなる。《一寸界侵》のリスク。汚染率の意味を、身体で理解する。
それでも刃は離さない。
離せば外でまた被害が出る。
数秒後、残骸は沈黙した。
*
現実側へ戻った灯真は、コハクに支えられながら膝をついた。今度は吐かなかったが、視界の輪郭が赤く滲んでいる。
「成功」
コハクが確認する。
「っぽい……」
兵士たちの歓声が上がる。だが灯真はそれどころではない。頭の中で、幼い声がこだましていた。
『お姉ちゃん』
かぐらが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「……なあ、かぐら」
「はい?」
言うべきか迷った末、灯真は口を開いた。
「お前、妹とか……いたか?」
かぐらの顔色が、凍った。
返事の代わりに、周囲の兵士たちがざわめく。シグレだけが面白くなさそうに眉をひそめた。
「その顔、本当に地雷引いたんだ」
かぐらは唇を震わせ、やっとのことで声を絞り出した。
「……いました。十年前、鬼害で亡くなったことになっています」
その一言が落ちた瞬間、城の上空で桃色の結界が揺らぐ。誰かが結界柱に干渉したのだ。見上げた先、最上塔の窓に白衣の男が立っていた。こちらを見下ろしながら、薄く笑っている。
その胸元には、大神殿の紋章。
かぐらが青ざめる。
「清嵐……!」
男は唇だけで、はっきりとそう告げた。
『次は、姫をいただく』
同時に、東門の外れで新たな爆音が上がった。誰かが結界柱そのものに刃を入れたのだ。兵士たちが悲鳴を上げて散る。灯真は痛む頭を押さえながら、それでも立ち上がった。
頭の奥で、幼い声がまだ離れない。かぐらの妹。鬼の核。王都の結界。別々のはずの単語が、ひとつの配線図みたいに繋がり始めている。もしこの国が最初から鬼を作る側でもあったなら、桃から流れ着いた勇者という物語そのものが、誰かに都合よく設計された導線かもしれない。
シグレが珍しく真面目な顔で呟いた。
「清嵐が結界柱を狙うなら、次は東門だけじゃ済まない。王都を守る柱は四本ある。一本揺らせば、残りの保守負荷は跳ね上がる」
「つまり?」と灯真。
「次の一手が来た時、今よりずっときついってこと」
ずいぶん分かりやすい最悪だ。灯真は息を吐き、針みたいに細い短剣を握り直した。
今度は門じゃない。王都全体が狙われている。




