表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/27

第20話 コハクを部品に戻すな

 管理者前庭は、戦場というより審問室だった。


 天井も壁も白い。床には円形の紋が幾重にも刻まれ、その中心から桃色の鎖が何十本も伸びている。鎖は金属ではなく、光を束ねたような物質で出来ていた。冷たいのに柔らかく、柔らかいのに逃がさない。そんな最悪の印象だった。


 その鎖のほとんどが、コハクへ向けてわずかに震えている。


「認識番号、近衛機二号。帰投命令を確認」


 どこからともなく響く声は、天照そのものではない。もっと無機質な補助音声だ。だがその向こうに、本体の意志がいるのが分かる。


 コハクの片膝が床へ落ちる。


「接続拒否……継続」


 声はいつも通り平坦だ。けれど肩が震えていた。

 彼女の中で何かが引き裂かれている。命令系統と、自分で選び取った意志が、真正面から衝突しているのだ。


「コハク、耳貸せ!」

 灯真はすぐ横へしゃがみ込んだ。


「今のお前は何だ」


 唐突な問いだった。シグレが「は?」という顔をする。

 だが灯真は続けた。


「近衛機二号か。王都の部品か。天照の回収対象か」


 コハクの瞳が揺れる。

 それは痛みによる反射だけじゃない。問いが中へ届いた証拠だ。


「……違います」


「じゃあ何だ」


 桃色の鎖が一本、彼女の肩へ絡みついた。コハクの喉から短い息が漏れる。


「コハク!」とかぐらが駆け寄る。


 だがコハクは鎖を振り払おうとしながら、歯を食いしばって言った。


「私は……灯真の、仲間です」


 その瞬間、灯真の掌の《黍団子認証》が強く脈打った。

 従属の証ではない。相互確認の回路として、今だけ一段深く噛み合う。


 補助音声が即座に否定した。


「定義不整合。再調律を開始します」


「させるか!」


 灯真は鍵片を鎖の根元へ突き立てた。一号から渡された欠片が白光を裂き、再接続の波形をほんの一瞬だけ乱す。その隙にシグレが飛び込み、床紋の継ぎ目へ工具杭を打ち込んだ。


「床紋、全部一枚じゃない! 制御輪ごとに分かれてる!」


 アヤメは上空から前庭の全景を見て叫ぶ。

「中央を切るより、左三輪をずらした方が鎖列が絡まります!」


 コハクが引かれているなら、相手の回収動線を自滅させる。

 灯真は即座に判断した。


「左三輪を壊す! かぐら、式の読み替えできるか!」

「やります!」


 かぐらは床紋へ札を投げた。桃色の式が一つずつ剥がれ、祈祷の文字が裏返る。“帰投”の字が“遅延”へ、“奉納”の字が“保留”へ変わっていく。


 見ていて気持ちが良かった。

 今まで神聖不可侵みたいな顔をしていた仕組みが、結局は誰かが書いた式に過ぎないと暴かれていく感じがした。


 だが天照も黙っていない。

 前庭の白壁が開き、近衛機型の白兵端末が四体、無音で滑り出てきた。顔のない人型。槍でも刃でもない、拘束具のための長柄器を持っている。


「暴れる人間を丁寧に縛るための設計って顔だな」

 朱羅が吐き捨てる。

「一番嫌い」


 彼女は前へ出た。白兵端末の長柄が振り下ろされるより先に懐へ潜り、関節を裂く。アヤメの羽根刃が二体目の視界孔を潰し、シグレが三体目の脚輪を爆ぜさせる。正面から四体全部はきつい。だが時間稼ぎなら足りる。


 灯真はコハクの肩へ絡む鎖を両手で掴んだ。

 冷たいのに、火傷しそうなくらい熱が走る。


『返しなさい』


 今度の声は天照だった。

 やさしいまま、命令だけを通してくる。


『その個体は王都の防衛資産です。あなたが私的に保持していいものではありません』


「物みたいに言うな」

 灯真は低く返す。

「いや、ずっと物として扱ってきたから、そう言えるのか」


『近衛機は人ではありません』


 即答。


 灯真は笑った。怒りすぎると、逆に笑うしかなくなる瞬間がある。


「だったらなおさら、勝手に決めるなよ」


 彼はコハクを見る。


「お前はどうしたい」


 問いは単純だ。だがたぶん、コハクはこれまで何度もこの一文を飛ばされてきた。


 彼女は苦痛の中で目を開き、短く答えた。


「進みたい」


「じゃあ進む」


 それだけで良かった。

 灯真は《一寸界侵》を鎖の結節一点へ絞る。世界の寸法が細る。鎖の中の回収命令だけを裂き、材質そのものは残す。難易度は高い。頭が焼けそうだ。


 だが、ここで失敗したらコハクはまた“二号”へ戻される。

 それだけは絶対に許せなかった。


 かぐらの式改変、シグレの逆接続、アヤメの俯瞰、朱羅の足止め。皆の仕事が一瞬だけ綺麗に重なる。


 ぱきん、と音がした。


 コハクの肩へ絡んでいた桃色の鎖が、一本、断ち切れた。


 だが一本切れた程度で、前庭は止まらない。

 床輪が唸り、残った鎖たちが一斉に逆方向へ捻れた。引くのではなく、周囲から包み込む動きだ。回収対象を傷つけず、逃げ場だけを奪うための手付き。優しさの顔をした拘束だった。


「性格悪い制御だな……!」

 灯真は吐き捨てる。


 シグレが床へ膝をつき、工具杭へさらに力を込めた。

「これ、捕縛優先アルゴリズム! 壊すより保全、保全より従属って順番になってる!」

「つまり?」

「コハクを殺すくらいなら、こっち全員の骨を折ってでも連れて帰る設計!」


 最低だった。

 敵が仲間を大切にしているわけではない。高価な部品だから丁寧に扱っているだけだ。


 コハクは立ち上がろうとして、また膝をつく。

 肩、首、背中、腰。残った鎖が順番に絡み、体勢を奪っていく。


「命令系、再侵入……強いです」


 珍しく、彼女の声に悔しさが混じった。

 それだけで灯真の中の何かが決まる。


「強いのは分かった。じゃあ強い前提で壊す」


 彼は床紋の配列を睨んだ。中心輪、左三輪、外周六輪。さっきシグレが言っていた制御輪の分割。つまり回収鎖は一本の意志ではなく、複数輪の合議で動いている。


 だったら一点突破じゃない。

 意志決定のズレを作ればいい。


「かぐら!」

「はい!」

「帰投式と奉納式、意味が近い字をぶつけて衝突させろ。完全改変じゃなく、解釈を割る!」


 かぐらは一瞬だけ目を見開き、すぐ頷いた。

「……できます!」


 桃色の札が舞う。

 帰投、奉納、保全、沈静。その文字列へ、かぐらは似て非なる訓を差し込んだ。帰投を帰還ではなく帰依と読ませ、奉納を献上ではなく保留へ捻じ曲げる。神託の言葉遊び。けれど祭祀系は、その曖昧さこそが致命になる。


 床輪の明滅が乱れた。


「今!」

 アヤメが叫ぶ。


 上空から滑空した彼女が、絡み合いかけた鎖列の交点へ羽根刃を落とす。一本を切るのではない。交点をずらして、鎖同士を噛ませるのだ。鎖が鎖を締めつけ、前庭自身が一瞬だけ自分の腕を縛る。


「うわ、気持ちいい」とシグレ。

「趣味出てるぞ!」


 その隙へ、朱羅が白兵端末ごと突っ込んだ。

「どけ」


 短剣が端末の喉元を裂き、返す手で鎖の結節へ叩き込まれる。荒い。だが速い。怒りを推進剤にした突破だ。


 灯真はコハクの正面へ回り込んだ。


「もう一回聞く」


 コハクが痛みに歪みながら、それでもこちらを見る。


「お前は誰だ」


 さっきと同じ問い。

 けれど二回目には意味がある。一時の勢いじゃないか確認する問いだ。


 コハクは呼吸を整え、今度ははっきり答えた。


「私はコハクです」


 補助音声が警告を鳴らす。


「識別名上書き。違反。違反。違反」


「うるさい」

 灯真は吐き捨てた。

「本人がそう名乗った。もうそれで確定だろ」


 彼は鍵片を二本目の結節へ差し込む。一号の残響が脳裏を掠めた。回収される側の悔しさ。番号で呼ばれる側の息苦しさ。だからこれは、今のコハクだけのためじゃない。


 王都が“部品”と呼んできた全員への、遅い反撃だ。


 《一寸界侵》をさらに細く、さらに深く潜らせる。視界が歪む。鼻の奥で血の匂いがする。やりすぎだと分かる。けれど止めない。


 結節の中に、命令が見えた。

 帰れ。従え。保全されろ。選ぶな。


「断る」


 声に出した瞬間、二本目と三本目の鎖が同時に裂けた。


 コハクの肩が大きく揺れる。

 それから彼女は、自分の足で立った。


 残る鎖は、あと少しだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ