表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/26

第15話 一号勇者の残響

 下層ゲートへ降りる頃には、誰も余計なことを喋らなくなっていた。


 崩落を免れた補助足場を伝い、縦穴の最下層へ降りる。そこはもう保守区画ではなかった。広い。静かすぎる。壁も床も白く磨かれているのに、ところどころへ古い赤が染み込んでいる。洗い流したのに消えなかった痕みたいだった。


 開いた扉の先には、円形の前室がある。

 中央には巨大な半割れの桃殻。天井から吊られ、無数の管と鎖で固定されていた。外側はひびだらけなのに、中身だけはまだ生きているみたいに淡く脈打っている。


「……これが“桃を割れ”の桃か」

 灯真が呟く。


 かぐらはゆっくり近づき、殻の表面に刻まれた文字を読む。


《桃殻基体 一号予備封殻》

《緊急時継承槽》


「一号の、予備……」


 つまり一号勇者は、ここへ何かを残せる設計だった。死んだ後に、記憶だけでも、機能だけでも、次へ渡すための殻。


「王都、ほんとに人の終わりを終わりにしないな」

 シグレが吐き捨てる。

「後始末の悪い天才ばっかり」


 コハクが桃殻基体の基部端子を調べた。


「赤い結晶鍵に反応します。ただし、開封と同時に内部情報が外へ解放される可能性があります」

「可能性じゃなく、たぶんそうする前提だろ」

 灯真は鍵を握る。


 ここで逃げても、もう答えは出ない。

 なら割るしかない。


「開ける」


 かぐらが隣へ立った。

「私も」

 コハクも一歩進む。

「補助します」


 アヤメは周囲の見張りへ、シグレは外部端子の安全解除へ回る。朱羅だけが少し離れた位置で腕を組み、半分睨むような顔でこちらを見ていた。


「今さら怖い?」と灯真。

「別に」

 朱羅は目を逸らす。

「ただ、一号の残り方が気持ち悪いのは事実」


 それには全員、心の中で同意した。


 赤い結晶鍵を基部へ差し込む。

 桃殻基体が深く鳴動する。天井の鎖が揺れ、ひびの隙間から白い蒸気が漏れた。


《月代系認証 承認》

《桃系列二号 接続》

《継承槽 開封》


 殻がゆっくり開く。


 中にあったのは、人間の体ではなかった。


 透明な液に沈む、桃色の記憶結晶群。脳に似せた形の演算塊。その周囲を、細い骨格フレームが守るように囲んでいる。人をそのまま保存したのではない。人だったものを、情報と機能へ分けて延命した残骸だ。


「……ひどい」

 かぐらの声が震える。


 灯真は返事ができなかった。

 同情だけでは追いつかない。これは墓じゃない。再利用のための倉庫だ。




 しかも部屋の隅には、記録ではなく現物らしいものが残っていた。

 古びた作業机。欠けたマグ。折れた筆記具。壁に走り書きされた計算式と、何度も書き直された脱出経路。継承槽は巨大な設備なのに、その周囲だけ妙に人間の生活臭が残っている。


「一号、ここで考えてたんだな」

 灯真が呟く。

「逃げ方も、止め方も、たぶん一人で」


 シグレが壁のメモを指でなぞる。

「この人、計算の癖がアンタにちょっと似てる」

「やめろ。妙に実感出る」


 けれど本当に似ていた。追い詰められた時ほど、感情で暴れず、紙と手順へ逃がす書き方。壊れそうな頭を、工程表で無理やり立たせる人間の痕跡だ。灯真はそれを知っている。前の世界で、自分も何度もそうしてきたからだ。


 その時、結晶群の一つが強く発光した。


 視界が真っ白になる。


     *


 気づくと灯真は、見知らぬ白い部屋に立っていた。


 現実ではない。感覚で分かる。これは記憶投影だ。


 部屋の中央に、一人の少年が座っている。年は灯真より少し下。ぼさついた髪に、疲れた目。見た瞬間、灯真は妙な既視感を覚えた。顔が似ているわけじゃない。だが、徹夜明けのまま椅子から立てなくなった人間の空気が、あまりにも身に覚えがあった。


「……やっと来たか、二号」


 少年が顔を上げる。

 その声は、遺言筒の中に残っていたものと同じだった。


「お前が一号?」

「正式には、一号の残響。本人の全部じゃない。都合よく切り出されて、都合よく残された、失敗作の抜け殻だよ」


 あっさりした口調だった。冗談みたいに言うから余計に痛い。


「なんで俺に声が届く」

「記憶素子が混ざってるから。お前の起動時に、俺の界侵補助と障害対処パターンの一部が二号側へ継承された」

「最悪だな」

「だろ。俺もそう思う」


 一号は少しだけ笑った。

 その笑い方が妙に普通で、灯真は逆に言葉を失う。もっと怨霊みたいなものを想像していた。だがここにいるのは、壊された後でもなお、説明と引き継ぎをしようとする“前任者”だった。


「鬼ヶ島は王都の下にある。知ってるな?」

「ああ」

「じゃあ次。王都が鬼を作ったのは、外敵を倒すためだけじゃない。天照の計算資源にするためでもある」


 灯真は眉をひそめる。


「計算資源?」

「感情だよ。恐怖、祈り、怒り、献身。人間が強く発した感情は、鬼核を通すと異常に効率よく蓄積できる。天照は“優しい失敗”を繰り返すたび、人の感情を大量に集められる」


 優しすぎる神の失敗例。

 飢饉で眠らせる。疫病で石化する。泣かなくて済むようにする。

 その全部が、結果として巨大な感情の収穫装置になっていた。


「……ふざけてる」

「だから止めようとした」

 一号の声が少しだけ低くなる。

「でも俺は途中で回収された。鬼ヶ島の深部に、管理者権限の核がある。あれを落とさない限り、桃も鬼も近衛機も、全部“運用で誤魔化される”」


 自分の口癖を他人に使われて、灯真は少しだけ息を呑んだ。


「それ、俺の……」

「半分はお前、半分は俺だろうな」

 一号が肩をすくめる。

「嫌なら上書きしろ。二号の言葉に変えろ」


 その言い方に、初めて少しだけ笑いそうになる。


 けれど次の言葉が、それを凍らせた。


「ただし、気をつけろ。鬼ヶ島の管理者権限は、月代系の祈りと桃系列の界侵が揃わないと扉を開かない。つまりお前とかぐらは、最初からセットで使う前提で設計されてる」


 灯真は言葉を失う。

 かぐらとの出会いすら、偶然じゃないのか。


 一号は、苦い顔で頷いた。


「王都はずっと、お前たちの組み合わせを待ってる」


 その瞬間、白い部屋の天井に亀裂が走った。外部干渉だ。現実側で何かが起きている。


 一号が急いで何かを放る。桃色の小さな鍵片だった。


「管理者権限の抜け道だ。正面から行くな。鬼ヶ島の第三搬入口を使え」


 受け取ると同時に、視界が崩れる。


 最後に一号の声だけが残った。


「二号。俺みたいに、途中で“処分済”になるなよ」


 崩れゆく白い部屋の中で、灯真は思わず叫ぶ。

「お前は、まだ生きてるのか」


 一号は一瞬だけ目を伏せた。


「定義次第だな」

 苦笑に近い声だった。

「身体はたぶん、もう鬼ヶ島のどこかで部品だ。ここに残ってるのは、切り取られた判断と未練と、少しの執念だけ。でもそれで十分だった。二号に渡すまでは」


 その言葉が、妙に静かに刺さる。

 死んでいないとも言えない。生きているとも言えない。それでも“渡すまでは保つ”と決めて、残骸の形でここにいた。


 灯真は短く息を吸う。


「……引き継ぎ、受けた」


 一号の目が、ほんの少しだけ柔らかくなった。

「ならよかった」


 それは上司でも英雄でもない、ようやく次の当番にバトンを渡せた現場担当の顔だった。だからこそ、灯真は余計に腹が立つ。こんなまともな顔の人間まで、王都は“処分済”の三文字へ圧縮したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ