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聖剣と叡智の光都、ルミナス

「――ぺプシル!!いつまで寝とんの!!」

 

母親の怒鳴り声に、はっと目を覚ます。

 

「……うるせえ…」

 

見慣れた天井。見慣れた壁の傷。

寝返りを打とうとした瞬間、頭の奥に鈍い痛みが走る。


まるで、長い長い夢の続きを無理やり引き剥がされたような感覚だった。

 

「今日は聖剣祭りやけん、寝てる暇なんかあらへんやろ!」

 

うるさい母親の声で、窓の外に意識を移す。

いつものように賑やかな祭囃子と、人々の笑い声が流れ込んでくる。

聖剣が刺さった台座の周りには、今年も出店が並び、

子供たちが甲高い声で駆け回っているのが聞こえた。

 

(……なんだ、この感覚)

 

何か——酷く悲しい夢を見ていたはずだった。

なのに、目を開けた瞬間からその輪郭はどんどん崩れていって、指の隙間から零れる水のように、思い出そうとするほど遠のいていく。

 

「おいぺプシルー!寝坊かー?」

階下から、聞き覚えのある声が響いた。

 

眠い目を擦りながら階段を下りれば、

玄関には見慣れた顔が五つ並んでいた。

 

「今日くらい早起きせな!!」

 

緑髪の女――サクヤが、悪戯っぽく笑いながら肩を叩いてくる。その隣で、赤いメッシュの入った髪を揺らすグランヴィアが、豪快に笑った。

 

「聖剣祭り行かねえ理由なんて無いだろ!こーんなに出店があんだからよ!今年はステーキ奢ってやる!」

 

「金あんのか、お前」

 

「今日だけは特別だ!」

 

その様子を、グランヴィアと手を繋ぐ少女——ソラが楽しそうに笑っていた。

 

「兄さん、ずっと楽しみにしてたもんね」

 

眼鏡をかけた黒髪の青年――ヨザキが、静かに苦笑しながら手帳をしまう。

「今日は僕も休みだからね。付き合うよ」

イリアスは相変わらず気だるげに欠伸をしながら、鞄から何かの部品を取り出して弄っていた。

「腹減ったし、さっさと行こうぜ」

 

――どうして自分は、この人と友達になったのだったか。

そう思った瞬間、答えは自然と頭に流れ込んできた。


街の防衛演習で肩を並べたのがきっかけだ。

何度も一緒に修羅場を潜り抜けた仲間。当たり前の記憶。

疑う余地なんて、どこにもなかった。

 

外に出れば、聖光ルミナスは今日も眩しいくらいに賑やかだった。

聖剣パン、勇者コスプレセット、聖剣を抜けたら景品が当たる出店。

何もかもが、いつも通りだった。

 

街の行く先々に、皇帝レーネの御旗が穏やかに揺れている。世界は平和で、退屈なほど普通だった。

ルミナスはいつもよりも、沢山の人でごった返している。

 

いかにも鍛治職人のエプロンを着た者。

紺色のローブを着た者。

どこか野性的な、戦装束を着た者。

赤色が特徴的な、戦闘服を着た者。

吸い込まれるような黒の外套を着た者。


色んな街から人はやってきている。

 

「行こうぜ、いつもの店」

 

グランヴィアの提案に、誰も反対しなかった。

 

洋食屋トレンディの扉を開けば、カランカランと軽やかな鈴の音が鳴る。

 

「いらっしゃい!ペプシルちゃんと……あら、また賑やかな面子!」

 

女将さんが笑いながら席へ案内してくれる。

祭りの日だからか、店内はいつもより一層賑わっていた。

 

席へ着き、メニューを開く。

いつもの流れで、ぺプシルはステーキを頼んだ。

料理はすぐに運ばれてきた。


店主はいつもよりも声を張り上げている。

 

「本日のオススメはルミナスドリアと……」

 

「水竜鱒のお刺身も入荷しておりまーす!」

 

その一言に。

 

(――)

 

心臓の奥が、小さく跳ねた。

 

理由なんてない。ただの魚だ。

祭りの季節には、レヴァリアから仕入れられルミナスに並ぶ。

珍しくもない食材のはずだった。

 

なのに。

指先が、フォークを握ったまま止まっている。

喉の奥が、妙に狭い。

 

「ぺプシル?」

 

サクヤが不思議そうに首を傾げる。

 

「どないした、腹減っとらんのか?」

「……いや」

 

自分でも上手く説明できない感情だった。

悲しいわけではない。怖いわけでもない。

 

ただ、どこかで――誰かが、その料理を、心から嬉しそうに頬張っていた気がした。

 

「別に、なんでもねぇ」

 

そう答えて、ぺプシルはステーキへ視線を落とす。

けれど。

隣の卓から聞こえた、はしゃぐ少女の声。

 

「わあ、お刺身だ!」

 

その一言だけが、何故か、いつまでも耳の奥に残り続けた。

 

各々、料理に手をつけ始める。

 

「グランヴィア肉頼みすぎやろ!」

「美味えから沢山食うんだ!!」

「もう兄さん!迷惑かけちゃダメ!」

「……後で動けなくなっても知らないよ」

「ハハッ、そんときゃ置いてこうぜ」


暖かい食卓に、他愛も無い会話が広げられる。

ペプシルも、届いたステーキにナイフを差し込む。


「あちっ!」


サクヤがべーと舌を出している。

どうやら冷まさずそのまま食べたようで、火傷したようだ。

 

「あっついなこのドリア…」

「たりめーだろ」


つい。


間髪入れずに言葉が口をついて出た。

いつもの事だったかもしれない。


それでも。


前にも、こんなことがあった気がする。


柔らかい笑い方だった気がする。

食べることが好きな奴だった気がする。

 

……だが、それも靄がかかるようにかき消されていく。


「ぺプシル?」


イリアスが怪訝そうに眉を上げる。


「どうした」

「……いや」


小さく首を振る。


「なんでもねぇ」


そう答えると、何度も止まっていたナイフをようやく動かした。


六人は食事を終え、店に出た。

思ったより高くついたようで、グランヴィアが財布の中身を寂しそうに見ていた。

 

「なんやなんや!」


サクヤは突然、通りの先を指差した。

大勢の人が、一方向へ集まっている。


「人だかり?」

「祭りの催しか?」


グランヴィアが背伸びをする。


「違う」


ヨザキが目を細めた。


「あれは――」


ざわり、と群衆が左右へ道を開く。


その先を。

一人の男性が、ゆっくりと歩いてきた。


白を基調とした皇帝衣。

金糸で縫われた外套。

陽光を受けて揺れる、雪のような長髪。

 

穏やかな笑みを浮かべながら、人々へ手を振って歩くその姿に。


「皇帝レーネ様だ……!」


誰かが歓声を上げる。


「本物だ!」

「こっち向いてください!」


街中が歓声に包まれた。


けれど。


「わっ――」


レーネは裾を踏みそうになって、小さく体勢を崩した。


「あっ」


思わず声を漏らす子供たち。


その瞬間。


「……気をつけろ」


隣にいた男性が、静かに腕を支えた。

黒い軍服を着ており、整えられた銀色の髪の男性。

 

「……だから言った」


彼は涼しい顔のまま、裾を踏みかけたレーネを支える。


「その靴はまだ早い」

「もう、そんな言い方しなくても……」

「転ぶくらいなら言う」


ため息を吐く。


「今日は祭りだ。余計な心配を増やすな」

 

「……ふふ、ありがとう、プルー」


レーネは少し照れくさそうに笑う。

プルーは呆れたようにため息を吐く。


けれど。

支える手だけは最後まで離さなかった。


「仲ええなぁ」


サクヤが笑う。


「ええ夫婦になりそうや」

「男同士だぞ」

「それでもや!」

 

グランヴィアが笑い返す。


レーネは恥ずかしそうに頬を染め。


「こら……!」


と小さく抗議する。


その隣で、プルーは困ったように肩を竦めるだけだった。


群衆がゆっくりと流れ始める。


「レーネ様ー!」


「頑張ってくださーい!」


子供たちの声に。

レーネは照れくさそうに笑いながら、小さく手を振り返した。


その姿を見届けると、サクヤが大きく伸びをする。


「さて!」


両手を叩く。


「次どこ行く?」

「腹いっぱいやし、歩きたいなぁ」

「展示会でも見るか」


ヨザキが祭りの案内板へ視線を向ける。


そこには、大きくこう書かれていた。


《六都市技術交流博覧会 開催中!》


「おっ、今年もやっとる!」


サクヤの目が輝く。


「毎年規模大きなっとるなぁ!」

「今年は新技術の発表が多いらしいよ」


ヨザキが案内を眺める。


「レヴァリアが新たに編み出した魔法」


「アイゼルの新型魔導機関」


「ガルディアの新兵装」


「ラグナの魔獣共生技術」


「ノクスの歴史資料展示……か」


「全部見ようぜ!」


グランヴィアが拳を突き上げる。


「せっかく全都市集まってんだ!」

「おう!」


サクヤも負けじと手を挙げる。


「まず魔法や!」

「いや、アイゼル!」


グランヴィアが即座に返す。


「魔法や!」


「機械!」


「魔法!!」


「機械!!!」


二人が睨み合う。

声が大きい。

 

「全部回るんだろ」


ペプシルが苦笑する。


「じゃあまず近いとこからだ!」


グランヴィアは先陣を切る。

六人は肩を並べ、祭りの喧騒へ歩き出した。


道の両脇では。

 

レヴァリアの魔術師が、小さな水竜を空中へ泳がせており、

子供たちが歓声を上げている。


少し先では。


アイゼル製の魔導義手が実演され。

失った腕でも以前と変わらず動かせることに、人々は拍手を送っていた。


ガルディアは、炎の中から真っ赤な剣を取り出す豪快さを全面に出しながら、その切れ味を披露している。


ラグナでは、巨大な魔狼へ子供が跨り、笑いながら広場を駆け回っていた。


「すごい……!」


ソラが目を輝かせる。


「乗ってみたい!」

「うーん……大丈夫かぁ……?」


グランヴィアが困りながら笑う。


「大丈夫や!」


サクヤはもう受付へ走っていた。


「おーい!」

「おい勝手に申し込むな!」

「ええやん!」


グランヴィアがサクヤの首根っこを掴む。


笑い声が響いた。


空は青く、風は暖かい。

誰も争わない。誰も怯えない。


ただ。


祭りを楽しむ人々の笑顔だけが。


街中へ、どこまでも広がっていた。


ペプシルはふと、一番奥に設けられた展示区画へ視線を向けた。


他の都市が歓声と拍手に包まれている中。


そこだけは、不思議と静かだった。


黒い外套を纏った学者たちが、来場者へ穏やかに資料を説明している。

 

机の上には、古びた石板。

星を刻んだ金属板。

今では使われなくなった文字で綴られた古文書。


「ノクスは相変わらず堅い展示やなぁ」


サクヤが苦笑する。


「もっと派手なん置けばええのに」

「歴史を扱う場所だからね」


ヨザキが肩を竦める。


「僕は結構好きだけど」


ペプシルは、何となくその展示へ歩み寄った。


展示台の上。

黒い外套が一着、静かに飾られている。

胸元には銀糸で刺繍された、小さな星の紋章。

そして、蒼く淡い光を放つ花が添えられていた。

 

その瞬間。


(――)


頭の奥で、何かが軋んだ。


黒い扉。

星の紋章。

閉ざされた書庫。


『天上記録庫』


誰かの声。


『そこは、閉ざされた書庫じゃ』


(……なんだ)


心臓が、小さく脈打つ。


『世界が今とは違う形をしておった頃の記録』

『失われた時代の記録じゃ』


靄がかかった映像。


黒い石の扉。


その前で、誰かが笑っている。


栗色の髪が、風に揺れて――


「……っ」


頭痛が走る。


「ぺプシルさん……?」


ソラが心配そうに顔を覗き込む。


「大丈夫?」


「あ……あぁ」


反射的に答える。


けれど。

視線だけは、黒い外套から離れなかった。


胸の奥が、ざわつく。


理由は分からない。

思い出せない。


その時。


「おお!皆居たのか!」


聞き覚えのある声が響く。


振り向けば、黒い外套を羽織った少女が人混みをかき分けながらこちらへ駆け寄ってきた。


腰まで伸びた、翡翠色の髪を揺らす。

そして、屈託のない笑みを浮かべた。


「カンナ!」


サクヤが大きく手を振る。


「久しぶりやなぁ!」

「久しぶりだ!」


カンナも嬉しそうに笑い返す。


「今年も展示の手伝いか?」

「そうだ!祭りの時期は毎年借り出されるんだぞ!」


胸を張る。


「まあ、説明してても難しいって顔されることが多いんだけどな!」

「そりゃ歴史の話だしなぁ」


イリアスが肩をすくめる。


「もっと爆発とかしたら人気出るぞ」

「歴史展示で爆発は駄目だろう……」


ヨザキが呆れたように突っ込む。


笑いが起きる。

カンナもつられて笑った。


「みんな相変わらずだな!」


その笑顔を見て。

 

ペプシルは、ふと立ち止まる。


黒い外套。

胸元の星の紋章。


その姿が。


何故か、胸を締め付けた。


(……知ってる)


見ているのは、カンナじゃない。


この服を。

この場所を。

この空気を。


(どこで……)


胸の奥がざわつく。

視界が一瞬だけ揺れた。


『……そこは、閉ざされた書庫じゃ』


老人の声。


『鍵が失われておる』


蒼色の庭園。

栗色の髪の少女が、こちらを振り返って笑う。

 

『えへへ!』

『ペプシル!』


「――ッ!」


頭を押さえる。


「ぺプシル!?」


サクヤが慌てて駆け寄る。


「また頭か?」

「あ……」


呼吸が浅い。


さっきまで曖昧だった靄が。


少しだけ。

ほんの少しだけ薄くなった気がした。


「……ノクス」


思わず、口をついて出る。


「え?」


カンナが首を傾げた。

 

「ノクス」


もう一度。

自分でも、何故それを口に出しているのか分からない。


胸の奥がざわつく。


息が苦しい。


頭の奥で、閉ざされた黒い扉だけが、

何度も浮かんでは消えていく。


『天上記録庫』


「俺……」


震える声で。


「行かねえと」


皆が唖然としている。


「……ノクスに」


自分でも理由は分からない。


何があるのかも。

何を忘れているのかも。


それでも。


あそこに行けば、何かを思い出せる。


そんな確信だけが。

胸の奥で、静かに脈打っていた。

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