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終焉に咲く、一輪の花

〈ガギィィィンッ!!〉


金属音が、神殿を震わせる。

 

白銀と黒鉄。

二つの刃が噛み合ったまま、互いを押し潰そうと軋んだ。


「ぐッ……!」


ペプシルは歯を食いしばった。


重い一撃で腕が痺れる。

押し返しているはずなのに。

一歩、また一歩と足が後ろへ滑っていく。


〈バキッ〉


踏み締めた石畳が砕けた。

その瞬間、プルーが静かに剣を払う。


〈ギィンッ!〉


身体が浮く。

数メートル先まで弾き飛ばされ、床を転がった。

割れた瓦礫が身体に喰い込む。

 

「ペプシル!」


サクヤが駆ける。

その横を、白い閃光が走った。


「――ッ!」


咄嗟に槍を構える。


〈ガァン!!〉


衝撃。


両腕が悲鳴を上げる。


「速……ッ!」


言い終わるより早く。


〈ギィン!〉


〈ガギィン!〉


〈ギャリィィン!!〉


暴風のような連撃。

サクヤは防ぐだけで精一杯だった。


「くそ……ッ!」


反撃する隙がない。


その間にも、黒い結晶が脈打つ。

全員の視線が、ほんの一瞬だけ宙へ向いた。


「……!」


オサリアは、さらに高く。


祭壇の遥か上。

巨大な黒い結晶の中腹近くまで昇っていた。


白い光は、先ほどよりも強い。

身体を包む光が、まるで結晶そのものと溶け合っていく。


「まずい……!」


ヨザキが顔色を変える。

 

「何がだ!?」


イリアスが叫ぶ。


「分からない!でも……!」


紫色の瞳が震える。


「結晶と器の境界が……なくなり始めてる!」


その言葉の意味を、誰も口にできなかった。


「時間がない!」


ヨザキが叫ぶ。


「このままじゃ、本当に――」


〈ギィィィンッ!!〉


白銀の一閃。

プルーが再び間合いへ踏み込む。

ヨザキはほぼ反射で、障壁を展開した。

剣は目と鼻の先。

あと一瞬、遅れていたら——

 

「余所見をするな。今、お前たちが相手をするべきは私だ」


静かな声と同時に、皇帝の剣が再び五人へ襲い掛かった。


「散れッ!!」


ペプシルの怒声に、五人が反射的に左右へ跳ぶ。


〈ズガァァァン!!〉


白銀の斬撃が床を一直線に裂き、石畳がめくれ上がって白い破片が爆発のように舞い散った。


「……ッ!」


グランヴィアが息を呑む。


「あんなの食らったら終わりだぞ……!」

「終わらせるつもりだ」


プルーが淡々と答えた瞬間、その姿が眼前から消える。

 

「なッ……!?」

「左!」


ヨザキが叫ぶ。


〈ギィンッ!!〉


イリアスが間一髪、銃で受け止める。

だが受け止めただけだった。


「重……ッ!」


腕が軋み、機械の銃がミシミシと音を立てる。


押し切られる――その刹那。

 

「させるかァ!!」

 

グランヴィアが炎を纏った大剣を横殴りに振り抜く。

しかしプルーは剣を合わせることすらしない。

半歩、ただそれだけで軌道から消え、空振った大剣が床を砕いた。


「チィッ…!」


その隙。


〈ギィンッ!!〉


白銀の刃がグランヴィアの脇腹へ迫る。


「ッ!」


寸前、サクヤの槍が割り込んだ。


〈ガギィンッ!!〉


「グランヴィア!」

「悪ぃ!」

 

二人が同時に距離を取る。


だが、追撃は止まらない。


白い閃光だけが神殿中を駆け巡り、受けて、避けて、弾く。それだけで精一杯だった。


「クソッ……!」


ペプシルが歯を食いしばる。

完全に流れを握られていた。


〈ドクン〉


また鼓動。


視界の端で、オサリアがさらに高く昇っていく。


その一瞬、ヨザキの視線が止まった。

プルー。障壁。白い魔法陣。

 

「……違う」

 

小さく呟く。


「ヨザキ!?」


イリアスが叫ぶ。


紫色の瞳はプルーだけを見ていた。


「違う……」


眼鏡の奥で思考が高速に巡る。


攻撃を防いだ瞬間。剣を受けた瞬間。銃弾を弾いた瞬間。

障壁の位置。展開速度。術式。


全部。


「最初から張ってるんじゃない……書き換えてるんだ」


「何?」


ペプシルが振り向く。


「障壁そのものは一枚じゃない!」


ヨザキは叫ぶ。


「攻撃が来る瞬間だけ、一番適した術式へ組み替えてる!」


沈黙。


プルーだけが、小さく目を細めた。


「……流石だ」


初めてだった。


皇帝が、ヨザキを真っ直ぐ見た。


「そこまで見抜くとは」

「やっぱり……!」


ヨザキの確信へ変わる。


「だったら!」


紫色の瞳が五人を見る。


「一人ずつじゃ駄目だ!」

「術式の書き換えが追いつかないくらい!」

「同時に攻めろ!!」


「同時に……!」


ペプシルが息を呑む。

 

青い瞳が仲間達を見渡した。


言葉は要らない。

旅の中で、何度も死線を潜ってきた。


互いの役割は、もう身体が覚えている。


「行くぞッ!!」


五人が同時に地を蹴った。


「オォォォォッ!!」


グランヴィアが真正面から大剣を振り下ろす。


逃げ場を潰すような一撃。


「左もらうでッ!!」


同時にサクヤが風のような速度で死角へ回り込む。


さらに。


〈パンッ!〉


〈パンッ!〉


〈パンッ!〉


イリアスの銃声。


魔力弾が頭上、左右、背後。

逃げ道を塞ぐように飛ぶ。


「拘束する!」


ヨザキが両手を掲げる。

青白い魔法陣が幾重にも展開された。


床。


天井。


左右。


空間そのものへ術式を書き込み、

プルーの移動先を封じていく。


「ペプシル!」

「分かってる!」


最後。


黒鉄の大剣を構えた青年が、一直線に駆けた。


五方向。


完全包囲。


「……!」


初めて。


プルーの瞳が僅かに揺れる。


〈キィィィン〉


障壁が展開され、正面から来るグランヴィアの大剣を防ぐ。

同時に左にいたサクヤの槍を受け止める。

さらに頭上の銃弾を弾く。

魔法陣が高速で書き換わっていく。


一枚。


二枚。


三枚。


四枚。


白い光が乱舞する。


「今やッ!!」


サクヤが叫ぶ。


障壁が、ほんの一瞬だけ遅れた。


「もらったァァァッ!!」


ペプシルが踏み込む。


黒鉄の大剣が、一直線に皇帝へ迫る。


「……!」


その刃先は。


プルーの身体へ届いた。


〈ザシュッ――〉


鈍い音と共に、白い外套が裂けた。


「……!」


黒鉄の刃が、プルーの脇腹を浅く切り裂く。

赤い血が宙へ散った。


誰もが目を見開く。


「入った……!」


グランヴィアが叫ぶ。


確かな一撃が届いた。


だが。

プルーは、その場から一歩も退かなかった。


「……そうか」


小さく呟く。


切り裂かれた外套から血が滴る。

それでも表情は変わらない。


「障壁だけでは、足りないか」


〈ゴホッ〉


不意に。

口元から赤い血が零れた。


「……!」


イリアスの瞳が揺れる。

プルーは口元を押さえた。

指の隙間から血が伝い、白い手袋を赤く染めていく。


さらに。


つぅ、と鼻血が頬を流れた。


肩が小さく上下する。


「効いてる……!」


サクヤが息を呑む。


「今や!」


ペプシルが叫ぶ。


「畳み掛けろ!」


五人が再び動く。


その瞬間。

プルーは静かに目を閉じた。


「……レーネ」


誰にも届かないほど、小さな声。


〈ゴホッ〉


また血を吐く。


石畳へ赤が落ちる。


膝が、一瞬だけ揺れた。

誰もが思った。


――倒れる。


そう思った。


しかし。

皇帝は剣を床へ突き立てることもなく。

自らの足だけで、ゆっくりと立ち直る。


「……もうやめろ」


ペプシルが低く言う。


「その身体で、まだ戦う気か」


青灰色の瞳が静かに向いた。


「当然だ」


掠れた声。

それでも迷いはない。


「死ぬぞ」


ほんの僅かに、プルーは目を伏せた。


「……レーネの方が、もっと苦しかった」


誰も言葉を返せない。


「私は」


白い外套を伝い、血が滴る。

拳が僅かに震えた。


「私は、彼を救えなかった」


血を拭おうともしなかった。

その声には怒りも悲しみもない。


ただ。


消えることのない悔恨だけがあった。


「だから今度こそ」


剣を握る手へ力が宿る。


「彼が」


青灰色の瞳が五人を射抜く。


「笑える世界を」


〈ドクン〉


黒い結晶が鳴る。


それに呼応するように。

プルーの足元へ、幾重もの白い魔法陣が再び浮かび上がった。


ヨザキの表情が凍る。


「まずい……!」


「今度は何や!?」


「術式を書き換える速度が……」


紫の瞳が震える。


「さっきまでより、速い――!」


鼻血が床へ落ちる。


その赤い雫が、展開された魔法陣へ落ちた。

それでも術式は一文字も乱れない。


むしろ。

白い紋様は先ほどより速く。


より正確に。


限界を超えながら。

それでも皇帝は、自らの命を削って術式を加速させていた。


「来るッ!!」


ヨザキの叫びと同時。


〈ギィィィンッ!!〉


白い閃光が、再び五人を襲った。

掛け声はない。

自らの身を守るために、全員が跳ぶ。


だが。


「……!」


速い。


先ほどまでとは比べものにならない。


〈ガァン!!〉


グランヴィアの大剣が弾かれる。


〈ギィン!〉


サクヤの槍が空を切る。


〈パンッ!〉


イリアスの銃弾は障壁へ届く前に、皇帝の姿が消えていた。


「くそッ……!」


追えない。

誰も、追いつけない。

限界を超えているのは、プルーの身体だけではない。


術式も。


剣も。


全てが命を削る代償で加速していた。


〈ゴホッ〉


血が飛び散る。

鼻血が白い外套を汚す。


それでも、剣は止まらない。


「……!」


ペプシルの青い瞳が揺れる。


あれはもう。

勝つための戦いじゃない。


倒れるまで、自分を使い潰す戦いだ。


「やめろ……!」


思わず叫ぶ。


「もう十分だろ!!」


プルーは何も答えない。


ただ青灰色の瞳が、ゆっくりとオサリアを見上げた。


その瞬間、彼の剣が止まる。


「……?」


五人も動きを止めた。


プルーは今、五人ではなく。

結晶だけを見つめている。


〈ドクン〉



〈ドクン〉


祭壇全体が揺れるほどの鼓動。


「何だ……」


ヨザキの顔から血の気が引く。


オサリアの身体は、結晶の頂へ。

あと、ほんの数メートル。


プルーは静かに呟いた。


「……間に合った」


その一言と同時。

神殿全体が、眩い白へ染まった。


白。


すべてが、白い光へ飲み込まれる。


誰も目を開けていられない。


それでも。


〈パキ……〉


微かな音だけが、静寂を裂いた。


「……?」


ペプシルが薄く瞼を開く。


目に映るのは、眩い光の中に佇む巨大な黒い結晶。

その表面へ、一筋の白い光が走っていた。


傷ではない。


亀裂でもない。


細く伸びた光は、ゆっくりと枝分かれしながら広がっていく。


また一本。


さらに一本。


白い筋は幾重にも重なり合い、巨大な結晶全体へと咲き広がっていく。

 

「——ッ!!」

 

誰かが息を呑む音が聞こえた。

 

まるで。


蕾だった何かが。

長い眠りから目覚め、静かに花弁を開いていくように。


〈パキ……パキッ……パキパキパキ……〉


音は次第に重なり、神殿中へ響き渡る。


黒一色だった結晶は、内側から溢れ出す白い光に縁取られ、巨大な花へ姿を変えていく。


幾千、幾万もの結晶片が。

花弁のように開き、空へ向かって折り重なる。


その中心で、白い光を纏った少女。

彼女は、ゆっくりと両腕を広げた。


「オサリア……!」


ペプシルが名を呼ぶ。


少女は瞳を閉じたまま。

花の中心へ抱かれるように、静かに身を委ねていた。


「……綺麗や」


サクヤが思わず漏らす。その声は震えていた。


美しい。


それは、悍ましいほどに。


だからこそ、本能が告げる。


――見てはいけない。


〈ドクン〉


花開いた巨大な結晶が、世界そのものの心臓であるかのように脈打つ。


その鼓動に合わせるように。


中心に浮かぶ少女の胸元が、小さく上下した。

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