封印の内側
白亜の階段は、やがて終わりを迎えた。
最後の一段を踏み越えた瞬間、六人は自然と足を止める。
目の前には、巨大な白い門。
これまで見てきたどの扉よりも大きく、重々しい。
一面へ刻まれた神聖文字は淡い光を放ち、
その前には幾重にも重なった巨大な魔法陣が静かに回転していた。
「……ここか」
グランヴィアが低く呟く。
誰も返事はしない。
ペプシルはゆっくりと門へ近付く。
扉へ触れることはない。
ただ、その先にある気配だけを見据えた。
肌が粟立つ。
嫌というほど覚えている。
ここだ。
プルーが自分を連れてきた場所。
ここを越えれば、もう引き返せない。
「……行くぞ」
短く告げる。
返事は要らなかった。
サクヤが槍へ手を添える。
イリアスは銃の安全装置を外す。
グランヴィアは大剣を肩へ担ぎ直し、
ヨザキは静かに眼鏡の位置を直す。
オサリアも、小さく胸の前で片手を握り締めた。
ペプシルは大きく息を吸う。
そして——白い扉へ手を掛けた。
〈ゴゴゴゴゴ……〉
重い音が響く。
ゆっくり、ゆっくりと。
祭壇へ続く最後の扉が、その口を開いた。
重い音と共に、最後の扉が開いていく。
眩い光が、六人の視界を一瞬だけ塗り潰した。
「――ッ」
目を細めながら、ペプシルは足を踏み出す。
数秒後。
光が静かに薄れ、その先の景色が姿を現した。
「…………」
誰もが言葉を失った。
そこは、神殿だった。
天井は見えない。
いや、存在するのかすら分からない。
遥か頭上まで伸びる白亜の円柱が幾本も立ち並び、
その間を淡い光が霧のように漂っている。
空気は冷たい。けれど風は吹いていない。
静寂だけがこの空間を支配していた。
中央へ、一筋の白い道が伸びている。
その先に。
天まで届くような円柱に囲まれた祭壇。
床一面に刻まれた神聖文字が、脈打つように淡く光っている。
そして――その中心に。
「……なんだ、あれ」
それは各地で見た、あの黒い結晶によく似ていた。
だが。
今まで見てきたどれとも比べ物にならない。
ラグナの結晶樹も、ガルディアの結晶塊も、
これに比べれば子供騙しのようなものだった。
巨大な塔のようにそびえ立つ、黒い結晶。
天を貫き、その先端は白い霧へ溶け込んで見えない。
その表面は無数の黒い光が血流のように流れ続けていた。
絶えず脈動し、まるで心臓のように鼓動を繰り返している。
〈ドクン〉
〈ドクン〉
音が、空気を震わせる。
「……きっしょいな」
サクヤが吐き捨てるように呟いた。
緑の耳が、警戒するように伏せられている。
「これが、世界の歪みの正体か」
ヨザキが低く言う。
紫の瞳が、結晶を見上げたまま細くなった。
「ラグナの結晶樹よりも、遥かに巨大だ……」
イリアスが銃を構えたまま、じりじりと後退る。
「触れただけで終わりそうな見た目してんな」
誰も反論しなかった。
その時。
「――来たか」
静かな声が、祭壇の奥から響いた。
全員が視線を向ける。
そこに立っていたのは、白と青、金の装束を纏った銀髪の男。
プルーだった。
青灰色の瞳が、六人を静かに見渡す。
そして最後に、ペプシルで止まった。
ペプシルはゆっくりと機械大剣を抜く。
〈ガキン〉
重い金属音が静寂を裂いた。
青い瞳が真っ直ぐ皇帝を射抜く。
「全部終わらせに来た」
プルーは僅かに目を細めた。
「終わらせる?」
静かな問い。
「終わるのは、この世界だ」
その言葉に、空気が一段と冷えた気がした。
イリアスが銃口を向ける。
「相変わらず趣味の悪ぃ冗談だな」
「冗談ではない」
プルーは淡々と答える。
その視線はペプシル達ではなく、巨大な黒い結晶へ向けられていた。
青灰色の瞳に映るのは、憎悪でも歓喜でもない。
ただ、長い年月をかけて辿り着いた答えを見つめるような静けさだった。
「お前たちは、これを”災厄”だと思っているのだろう」
誰も答えない。
「間違いではない」
一拍。
「だが、それだけでもない」
プルーはゆっくりと結晶へ歩み寄る。
その巨大な黒い塔へ手を伸ばすことなく、静かに見上げた。
〈ドクン〉
結晶が脈打つ。
「これは神だ」
「……神?」
グランヴィアが低く呟く。
「正確には」
プルーは首を振る。
「封印の内側から漏れ出した、神の力だ」
黒い結晶を見つめたまま続ける。
その一言は、祭壇の空気を一瞬で凍りつかせた。
イリアスが眉をひそめる。
「……何言ってやがる」
「神は、眠っている」
プルーの声だけが静かに響く。
「だが、眠りが浅くなるほど、その力は封印を越えて現実へ滲み出す」
〈ドクン〉
再び鼓動。
黒い光が、結晶の内部を血液のように流れた。
「それが物質化したものが、この結晶だ」
ヨザキの表情が変わる。
「……なら」
紫色の瞳が細くなる。
「レヴァリアの結晶の化け物も」
「ラグナで見た結晶樹も」
「ガルディアの結晶塊も」
「全部」
プルーは頷いた。
「同じ神から零れ落ちたものだ」
——旅の記憶が一気に蘇る。
ルミナスに突然現れた、巨大な魔物。
レヴァリアで、初めて死にかけたあの結晶の化け物との死闘。
ラグナの森を蝕んだ黒い結晶。
ガルディアで、人間にまで生えた結晶。
侵食された魔物。
痛みを失い笑っていた兵士。
「あれ全部が……」
グランヴィアが息を呑む。
「一つだったってのか」
「ああ」
プルーは静かに肯定した。
「魔物が荒れ狂うのも」
「恐怖を欠くのも」
「肉体が結晶に染まるのも」
「元凶である結晶が自然発生するのも」
「すべて、神の力が世界へ滲み出た結果だ」
グランヴィアが大剣を握る手へ力を込めた。
「……じゃあ」
低く問う。
「今、各地で結晶が増えてんのは」
「神が近付いてるからってことか」
「その通りだ」
迷いのない返答だった。
「封印にも濃淡がある。薄い場所ほど神の力は強く滲み出る」
祭壇が静まり返る。
ヨザキだけが、小さく目を伏せた。
「……だから、増殖速度が街ごとに違ったのか」
誰にも聞かせるつもりのない独り言だった。
プルーは静かに続ける。
「この世界は、既に侵食され始めている」
「私が何もしなくても」
青灰色の瞳が六人へ向いた。
「神はいずれ目覚める」
イリアスは舌打ちした。
「……で?お前はそれを止めに来た訳でもねえんだろ」
銃口は微動だにしない。
「そうさ」
プルーは即座に肯定する。
一拍。
「ただ」
結晶へ視線を戻す。
「利用するだけだ」
その一言で、空気がさらに張り詰めた。
「……利用、って」
サクヤが低く唸る。
槍を握る拳が、ぎりりと軋んだ。
「ッ、知っとったんやろ……!」
一歩、踏み出す。
「ラグナで、あいつらが何で死んだか!」
祭壇へ怒声が響く。
「あの子らの親を、なんであんな山へ向かわせた!」
「魔物被害の原因を探せば免税する――」
「そんな話に縋るしかなかったんやぞ!!」
息を荒げる。
「村は魔物に荒らされて、親は帰ってこんかった!」
「子どもだけが残った!」
「それ全部!」
槍の穂先がプルーへ向く。
「神の力やって知っとったんやろがッ!!」
声が震える。
「あの子らは、親を待っとったんやぞ……!」
「お前が……お前が奪ったんや!」
槍の穂先が、真っ直ぐプルーを指す。
「全部、お前がッ!!」
沈黙。
プルーは表情一つ変えなかった。
「知っている」
静かな声だった。
「……ッ」
「彼らが生還できない可能性が高いことも」
「魔物被害の原因が、結晶であることも」
「すべて承知の上だ」
その淡々とした口調に、イリアスの眉がぴくりと動く。
「じゃあ、なおさら……!」
サクヤが槍を構え踏み込もうとした、その時。
「秩序には代償が伴う」
プルーは遮るように言った。
「税を納められない者を見逃せば、法は法ではなくなる」
「恐怖によって秩序は維持される」
「秩序が無くなり、計画の邪魔をされては厄介だった」
「だから私は、それを選んだだけだ」
イリアスが、はっと息を呑む。
「……そういうことか」
「恐怖で支配するその考え方」
誰に向けるでもない独り言だった。
「お前が皇帝として即位してしばらく後、クーデターが起きた」
「『話が違う』と反旗を翻し、お前の独裁的なやり方に反発した連中だ」
イリアスは更に眉を顰める。
「クーデターの後、反対した奴らは次々消えた」
「その頃からだ」
「アイゼルが無認可魔法器を流出してるって噂」
「レヴァリアが他所の街を捨て駒にしてるって噂」
「色んな街の、悪い噂」
一つずつ。
旅の途中で耳にしてきた噂が繋がっていく。
ペプシルの青い瞳は、ゆっくりとプルーを見据えた。
「……街同士を疑わせたのか」
沈黙。
「アストラの気持ちわりぃ管理方法も」
「全部、お前の計画を邪魔されないための、自己都合だったってことかよ」
イリアスの声に怒気が滲む。
「六つの街が再び結束すれば、帝国は瓦解する」
「だから管理した。だから互いを信用させなかった」
「恐怖は支配を生む」
「疑念は連帯を殺す」
青灰色の瞳は、一切揺れない。
「国を統べる者として、当然の判断だ」
誰かが息を震わせた。
「当然、だと……?」
グランヴィアの拳が震える。
「人の人生を踏み潰しておいて」
「それが皇帝の判断だって言うのか」
「そうだ」
プルーは迷わず答えた。
「世界を作り変えるためには、秩序が必要だった」
「秩序を維持するためには、恐怖が必要だった」
「それだけの話だ」
沈黙。
誰も、その理屈を受け入れられなかった。
その時だった。
「……一つだけ」
静かな声が響く。
ヨザキだった。
眼鏡を指先で押し上げる。
「ずっと引っ掛かっていたことがある」
紫色の瞳が、真っ直ぐプルーを見る。
「お前は、どうやってそこまで知った」
祭壇が静まり返る。
「神」
「結晶」
「サンクチュアリ」
「世界再構築」
「そこまでの情報は、レヴァリアの禁書庫にも残されていなかった」
一歩。
「いや」
首を横へ振る。
「残されていたとしても、読めなかった」
「重要なページだけ、黒く塗り潰されていた」
沈黙。
「最終閲覧者は、君だった」
青灰色の瞳が、僅かに細まる。
「……」
「最初は、君が真実を隠しただけだと思っていた」
「だが違う」
ヨザキは静かに首を振る。
「禁書でも、今君が話した内容までは辿り着けない」
「神の力が結晶として漏れ出すことも」
「世界再構築という仕組みも」
「そこまで世界の理が書かれているわけがない」
紫色の瞳が鋭く光る。
「君は」
「禁書以外の場所で、世界の真実を知った」
長い沈黙。
祭壇に、黒い結晶の鼓動だけが響く。
〈ドクン〉
〈ドクン〉
プルーは小さく目を閉じた。
「……流石はレヴァリア最高峰の魔導士だ」
プルーは結晶を見上げたまま、静かに口を開いた。
「きっかけは、レーネの日記だった」
青灰色の瞳が、遠い昔を見るように細められる。
「彼は、生前あることを気にしていた」
「年に一度だけ、アストラ近海で起こる微弱な魔力の揺らぎ」
「サンクチュアリに関してなにか関係があるのではないか、と」
ヨザキの表情が変わる。
「……魔力の揺らぎ」
「だが」
プルーは静かに首を振る。
「通常の魔力感知では、まず気付かない」
「レヴァリアの大魔導士であろうと、ノイズとして処理する程度の微量だ」
そして平然と告げる。
「だから私は、禁薬を使った」
短い一言。
「禁薬……?」
グランヴィアが眉をひそめる。
「寿命と五感を削り、魔力感知だけを異常な領域まで引き上げる薬だ」
「常人なら、その場で死ぬ」
淡々とした口調。
まるで他人事のようだった。
「薬を投与した状態で、一晩中海を見続けた」
「風の流れ」
「波の歪み」
「魔力の揺らぎ」
「その一点だけを、見続けた」
祭壇が静まり返る。
「そして」
プルーは静かに目を開く。
「見つけた」
〈ドクン〉
結晶が脈打つ。
「透明化された船を」
「……!」
ヨザキが息を呑む。
「サンクチュアリの……」
「ああ」
プルーは頷く。
「年に一度だけ外界へ現れる、奴隷の方舟だ」
オサリアの肩が、小さく震えた。
「奴隷って……?」
思わず漏れた声が、静まり返った祭壇へ響く。
イリアスが眉をひそめる。
「サンクチュアリは神を信仰してる連中の集まりじゃなかったのか」
「その認識は間違ってはいない」
プルーは静かに答えた。
「彼らは神を信仰している。心の底から、狂信的にな」
一拍置く。
「だからこそ、人を売る」
六人の表情が固まった。
「……意味が分からねぇ」
グランヴィアが低く唸る。
プルーは淡々と続けた。
「サンクチュアリでは、生まれた子は十八になるまで光魔法の祈祷の修得を義務付けられる」
「扱えなかった者は、穢れた魂と断じられる」
「そして――」
青灰色の瞳が六人を見渡した。
「外界へ売られる」
全員が絶句した。
「売ら、れる……?」
オサリアの声が震える。
「神に選ばれなかった者としてな」
プルーは感情一つ滲ませない。
「年に一度だけ現れる方舟は、そのための船だ」
サクヤが息を呑む。
「そんなこと……」
「外の世界は知らない」
プルーは首を横へ振る。
「外部へ伝わるのは『信仰の厚い聖地』という表向きの姿だけだ」
「内部の実情を知る者は存在しない」
「知る前に、売られるか」
短く息を吐く。
「死ぬ」
祭壇の空気がさらに重く沈む。
ヨザキは眼鏡の奥で静かに目を細めた。
「だから情報が漏れなかったのか……」
「そうだ」
プルーは頷く。
「外へ出る者は、皆『穢れ』とされた者たちだ」
「私は正体を隠し、闇市場へ潜り込んだ」
「そして、闇市場でサンクチュアリから流れ着いた奴隷を、一人だけ買い取った」
誰も言葉を発さない。
「そこで使った」
プルーは、自らの右手へ視線を落とす。
「禁忌魔法――記憶摂理」
その名が、静かに祭壇へ落ちた。
ヨザキの瞳が大きく見開かれる。
「……馬鹿な」
信じられないものを見るように、
紫の瞳はプルーに釘付けだった。
「ヨザキ、知ってるのか」
ペプシルはヨザキに問いかける。
「対象の脳へ干渉して、その人生と記憶を全て読み取る術」
「本を読むなんて生易しいものじゃない」
一拍。
「他人の人生を、そのまま自分の脳へ流し込む」
ヨザキは言った後に、思わず顔をしかめる。
「そんな魔法……」
「脳が耐えられる訳がない」
「ああ」
プルーは迷わず肯定した。
「五感は崩壊し」
「魂が焼き切れても不思議ではない」
「術の反動に耐えられず、彼はその場で息絶えた」
「私は三日間、生死の境を彷徨った」
その声音には誇らしさも、後悔もない。
ただ、事実だけが並べられていく。
「それでも、見た」
青灰色の瞳が、巨大な黒い結晶を映した。
「神」
「サンクチュアリ」
「封印」
「世界再構築」
「この世界の真実を」
沈黙。
〈ドクン〉
黒い結晶が、再び大きく脈打つ。
プルーは静かに目を伏せた。
「……だが」
その声だけが、ほんの僅かに重くなる。
「記憶の中にも、一つだけ存在しなかった」
「神を降ろす方法だ」
祭壇が、再び静寂に包まれた。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
「……つまり」
ヨザキがゆっくりと口を開く。
「君は、方法も分からないまま」
「各地で起きる結晶の異変を、観測していたのか」
プルーは静かに頷いた。
「神の力は、封印が弱まるほど濃く現れる」
「ならば」
「結晶が何を引き起こすのか」
「どのような条件で増殖するのか」
「人間へ、世界へ、どう影響するのか」
「すべて知る必要があった」
イリアスは引き金に指をかける。
「だから放置したのか」
「ルミナスも、レヴァリアも、ラグナも、ガルディアも全部」
「ああ」
プルーは否定しない。
「結晶は、神から零れ落ちた情報だ」
「……ッ」
ペプシルの歯が鳴る。
サクヤは槍を握る手に血が滲むほど力を込めた。
ヨザキだけが、静かに目を閉じる。
「……そこまでして」
眼鏡の奥の紫色の瞳が開く。
「知りたかったのか」
「そうだ」
プルーは巨大な黒い結晶を見上げる。
「レーネを救う方法は、これしか存在しなかった」
青灰色の瞳が、初めて僅かに熱を帯びる。
「だが」
「神を降ろす方法だけは、最後まで分からなかった」
青灰色の瞳が、静かに六人を――正確には、その一人を見た。
「——今日、この瞬間までは」
サクヤが、思わず身構える。
「……何、見とんねん」
プルーは答えない。
一番後ろで、そっと胸元を押さえていた少女に視線が止まった。
「……ッ」
「オサリア?」
サクヤが振り返る。
「どうしたん……?」
オサリアは答えない。——答えられない。
眉間に深い皺が寄っている。
「……頭が」
小さく漏れた声。
「うち、頭が……」
ペプシルの表情が、一瞬で変わった。
「オサリア!」
駆け寄ろうとする。
〈ドクン〉
結晶が、一際大きく脈打った。
その瞬間。
「――ッ!」
オサリアの膝が、がくりと崩れる。
「オサリアちゃん!?」
ヨザキが叫ぶ。
サクヤが、崩れ落ちる身体を咄嗟に支えた。
「おい、しっかりせぇ!」
「……声が」
震える唇から、掠れた声が漏れる。
「うちの、頭の中で……」
琥珀色の瞳が、焦点を失いかけていた。
「誰かが、喋って……」
プルーだけが、その光景を、静かに見つめていた。
青灰色の瞳には、迷いも、憐れみもなく。
ただ、確かめるような色だけが浮かんでいた。
〈ドクン〉
巨大な黒い結晶が、再び脈打つ。
「いや……」
オサリアが頭を押さえたまま震える。
「うるさい……」
「オサリア!」
ペプシルが手を伸ばす。
その瞬間。
『――ようやく』
低い声が響いた。
耳ではない。
頭蓋の奥。
脳髄へ直接流れ込むような、不快な声だった。
「……ッ!」
オサリアの身体が大きく震える。
『見つけた』
『みつけた』
『ミツケタ』
無数の声。
男でも女でもない。
老人でも子供でもない。
何百、何千もの声が重なり、一つの意思となって囁いている。
「やめ……」
涙が零れる。
「いや……」
サクヤが肩を支える。
「誰や!」
「誰がおる!!」
返事はない。
代わりに。
〈ドクンドクンドクン……ッ!!〉
結晶の鼓動が速くなる。
祭壇中の神聖文字が、一斉に輝きを増した。
「……ッ」
ヨザキが息を呑む。
「魔法陣が……!」
床へ刻まれた紋様が、まるで生き物のように光を巡らせ始める。
その光は一本の線となって、オサリアの足元へ集まっていく。
「まずい!」
ヨザキが叫ぶ。
「離れろ!!」
遅かった。
〈ズォォォォォンッ!!〉
オサリアの身体から。
黒い何かが一気に噴き上がる。
「なっ……!」
サクヤが吹き飛ばされる。
「ぐぁッ!」
ペプシルも腕で顔を庇いながら踏み止まる。
「オサリア!!」
黒い奔流の中心。
少女だけが、静かに立っていた。
髪がふわりと浮かび、服の裾が揺れる。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
その身体が、地面から浮き始めた。
「……ッ」
誰も動けない。
ただ見上げるしかなかった。
プルーだけが、小さく目を見開く。
「そうか……」
その声には。
初めて、隠しきれない驚愕と歓喜が混じる。
「依代は」
青灰色の瞳が、宙へ昇る少女を見据える。
「お前だったのか」




