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失わせない為に

〈ズドォォォォォォォンッ!!〉


白銀の豪雨が落ちた。


「ヨザキッ!」

 

イリアスがヨザキに駆け寄る。

ペプシルは咄嗟にオサリアを抱き寄せた。


〈ギィィィィィンッ!!〉


再び、紫色の障壁が六人を包み込んだ。

無数の光槍が激突する。


障壁全体が悲鳴を上げるように軋み始めた。


「くっ……!」


ヨザキの足が石畳を滑り、額から汗が滴り落ちる。

紫色の魔法陣が砕ける寸前まで明滅した。


「この数は無理や!保たへん!」


サクヤが叫ぶ。


〈ズドォンッ!!〉


さらに一撃。

障壁に大きな亀裂が走る。


「神敵を断罪せよ」

「穢れを祓え」

「神敵を断罪せよ」


信徒たちは祈りを止めない。

まるで命令を遂行する機械のように。


「……チッ」


イリアスが銃を握り直した、その時だった。


〈ズキン〉


「――ッ!」


ヨザキの身体が大きく揺れた。

頭を押さえ、その場へ片膝をつく。

 

視界が揺れ、目の奥でどくどくと脈打つ痛み。

どこか深い場所へ引きずり込まれる感覚。


「ヨザキ!」


グランヴィアが振り向く。

紫色の障壁が揺らいだ。


 

視界が白く染まる。

地に足がつかないような感覚、それはまるで夢の中のように。


鐘の音、白い回廊、幾重にも連なる祈り。

祈りによって降り注ぐ光槍。


そして――何百人もの信徒が、一斉に床へ跪く光景。


(……これは)


鐘。


もう一度、鐘が鳴る。


その瞬間。

頭上を覆っていた魔法陣が、一斉に掻き消えた。

 

信徒たちは誰一人こちらを見ない。


全員が祭壇のある上層へ身体を向け、胸の前で手を組んでいる。


その列の端。

ほんの数秒だけ、上へ続く階段が開くのが見えた。


白い階段。


そこへ向かおうと視界が進む。


途端、ノイズが走り場面が切り替わって。


黒い何か。


『ごめん』


少女の声。


『――ありがとう』


そこで視界が途切れた。


「ッ……!」


現実へ引き戻される。


ヨザキは荒く息を吐いた。

鼻先から、一筋の血が落ちる。


「ヨザキ!」


ペプシルが叫ぶ。

ヨザキは震える指で、広間の北東を指差した。


「……鐘が」


掠れた声。


「もう一度……鳴く」


全員が息を呑む。


「その瞬間だけ……」


ヨザキは苦しげに顔を上げる。


「祈りが切り替わる」

「全員……祭壇へ祈る」

「北東の階段が開く……ペプシルが来た方向だ」


一拍。


「……三秒だ」


広間を埋める祈りは、なおも続いている。


ペプシルはヨザキを見た。


その紫色の瞳には、未来を見た者だけが宿す確信と恐怖が混ざっていた。


「三秒か」


ペプシルは静かに機械大剣を握り直す。

青い瞳が、上へ続く白い階段を真っ直ぐ射抜いた。


イリアスは舌打ちすると、腰の水筒を乱暴に引き抜いた。


「飲め」


返事も待たず、蓋を捻り開ける。


中に入っていたのは、先ほど泉で汲んだばかりの水だった。

ヨザキは荒い呼吸を繰り返したまま、それを受け取る。


震える手で口元へ運び、一口。


二口。


冷たい水が喉を通り、焼け付くような頭痛をわずかに和らげた。


「……悪いね」


掠れた声で呟く。

イリアスは中身が半分になった水筒を奪い返し、

短く息を吐いた。


「当然のことだろ」


視線は信徒たちから逸らさない。


「その三秒、本当に来るんだな?」

 

グランヴィアは大剣を握り直す。

ヨザキはまだ息を整えながらも、小さく頷いた。


「ああ……見えた」


紫色の瞳が北東の階段を射抜く。


「必ず、来る」


〈カァァァァン――――〉


その瞬間。

空間を震わせるように、重い鐘の音が響き渡った。


「「「「神を――」」」」


寸分違わぬ調子で繰り返されていた呪詛のような祈りが、

ぴたりと止まる。


頭上を埋め尽くしていた数百の光槍と白銀の魔法陣。

それは、霧が晴れるように一斉に掻き消えた。


信徒たちはもう誰もペプシルたちを見ていない。


全員が吸い寄せられるように広間の北東――

祭壇へ続く上層へ身体を向け、一斉に石畳へ膝をつき、

胸の前で両手を組み直す。


「今やッ!!」


サクヤの叫びと同時に、六人は地を蹴った。


「一……!」


イリアスが叫ぶ。


目の前を塞いでいた白い法衣の群れが、祈りの姿勢を取るため左右へ綺麗に割れていく。


その奥。


ヨザキの見た通り、北東の壁際に人波で隠されていた白い螺旋階段が、静かに姿を現していた。


「二……ッ!」


グランヴィアが先頭へ飛び出す。

ペプシルはオサリアの手を離さない。

全員が雪崩れ込むように階段へ飛び込んだ。


その背後で。


「「「「大いなる神よ、我等を救い給え――」」」」


新たな祈りが始まる。


「三——ッ!!」

 

グランヴィアが振り返る。


「来いッ!!」


左右の腕を掴み、最後尾の二人であるイリアスとヨザキを力任せに階段へ引きずり込む。


その瞬間。


〈ゴゴゴゴゴ……!!〉


轟音と共に白い石壁がせり上がり、通路を完全に閉ざした。


あと一歩でも遅ければ。

全員、閉じ込められていた。


「……ッ」


サクヤが壁へ背を預け、大きく息を吐く。


「ギリギリや……」


誰も答えない。


ヨザキだけは、じっと階段の上を見つめていた。

鼻先を伝った血が、白い石段へ落ちる。


未来視は、ここで終わっていない。


あの白い景色。


黒い何か。


そして。


『ごめん』

『――ありがとう』


あの声の意味を、まだ何一つ理解できていなかった。

それでも、嫌な予感が拭えなかった。


ようやく揃った六人は、何も言わずとも白亜の階段を登る。



 

オサリアだけが、まだ少し俯いていた。

静かな空気を破るように、ペプシルが五人へ視線を向けた。

 

「……おまえら、よく門の中入れたな」

 

ペプシルが五人を見てそう呟く。


「オサリアがスンって開けてくれたからな」

 

グランヴィアはオサリアの肩に手を置く。


「ああ。……サンクチュアリ生まれだからかもな」  


イリアスが何気なく呟く。

その言葉に、オサリアの肩が小さく震えた。


「……」


ペプシルはその横顔を一瞥する。


「生まれた場所の話だ」


ぶっきらぼうに、それだけ言う。


「それ以上の意味はねぇ」

 

再び沈黙が流れる。

コツ、コツと六人が階段を上る音だけが響いている。

 


「……せや、イリアス。水筒の水、まだ残っとるやろ?」


サクヤが振り返る。


「ん?ああ……」


イリアスは腰の水筒を外し、そのままペプシルへ放った。


「ほら」


片手で受け止める。


「飲んどけよ。身体が軽くなるぜ」


ペプシルは水筒へ視線を落とした。


「……泉の水か」

「ああ」


イリアスは短く頷く。

ペプシルは蓋を開け、水を一口、喉へ流し込む。


冷たい。

乾き切っていた身体へ、清らかな水が染み渡っていく。

肺の奥まで空気が通るような、不思議な感覚だった。


「……確かに、少し楽だ」


小さく息を吐く。


「やろ?」


サクヤが口元だけ笑う。


「……ペプシルこそ、プルーに連れてこられた後は大丈夫だったのか」

グランヴィアは一息ついたペプシルに聞く。


階段はまだまだ続いていた。

 

「……まあ」

 

ペプシルは不機嫌そうに、背中の機械大剣の外装に触れた。

 

「気がついたらサンクチュアリの門の前に居た。

そのまま拒否権はねぇって感じで、俺の周りに無数の剣を浮かべて、半ば強制的に門を開けさせられた」

 

ペプシルは小さく傷が付いた喉元を触る。

 

「ただ、ひとつ分かったことがある」

「何だ?」

 

イリアスは銃の弾を込めながら聞いた。


「……プルーは恐らく、レーネの為に動いてる」

 

ペプシルは吐き捨てるように言い、奥歯を噛み締めた。


「世界の為だのなんだの言いながら、今の世界を簡単に切り捨てる理由が俺には腑に落ちなかった」

 

「本当にレーネの願いの為なら、“今の世界”を良くする」

「でもプルーは、この世界そのものを見限った。

 だから、全部創り直そうとしてる」


「……けどそれで終わりじゃない」

 

オサリアの手を握る力が、僅かに強くなる。

 

「失った奴を取り戻す為に、世界を捧げる気だ」

 

青い瞳に、あの門の前でプルーを睨みつけた時と同じ、

絶対に折れない拒絶の炎が宿る。

 

琥珀の瞳はそれを捉えていた。

 

「……」

 

ヨザキは何も言わず、ただ前を見据えて眼鏡の位置を直す。

紫色の瞳は、ただ階段の先だけを見据えていた。


「失ったヤツを、か」

「……そら、ずるいわ」

 

サクヤがぽつりと漏らす。

そして、小さく悲しげに笑った。

 

「……オレかて」

「取り戻せる言われたら、揺らぐわ」

 

拳がぎゅっと握られる。

ペプシルは何も言わない。

 

「……だからって、世界ごと壊してええ理由にはならへんけどな」

「遺ったオレらは、今を生きてんねん」

 

そう言って、再び前を見据えた。


「……そうだな」

「俺も、ここでサヨナラする気はねぇ」

 

グランヴィアも呼応するように、そう呟いた。

 

「ソラと約束したんだよ」


ギュッ、と確認するように胸の前で拳を握った。


「海を見に行くってな」


そっと微笑む。

その横顔は、あの時の妹を見る優しさが滲み出ている。


けれど、その一言には揺るがない意志があった。


「……」


誰も口を挟まない。

その約束の重さを、皆知っているからだ。


イリアスが鼻で小さく笑う。


「らしくねぇこと言いやがって」


そう言いながらも、その横顔はどこか柔らかかった。


「でも、まあ」


手に持つ銃を、優しく撫でる。

 

「俺も同じだ」


階段を一段、踏みしめる。


「ここで世界なんざ終わられたら、お前らと酒も飲めねぇ」

 

「武器が作れなくなる、とかちゃうんかいな」

サクヤが呆れたように笑う。


「鍛冶なんざ一人でできる」

「でもな」

 

イリアスは小さく笑い返す。


「酒も、馬鹿話も」


階段を一段踏む。


「一人じゃつまらねぇ」


静寂が戻る。

コツ、コツ、と白い階段を登る音だけが響く。


「呑気だね、君たちは」

 

眼鏡を指で押し上げる。

紫色の瞳が、ゆっくりと細められた。

 

「今までで一番、危ない戦いになるかもしれないのに」


短く息を吐く。

 

「負ける気か?」

 

イリアスは答えがわかっている筈なのに、わざとそう聞いた。


ヨザキは小さく目を伏せる。


「まさか」

「まだ授業の続きもあるからね」

 

静かに、それでも懐かしむ声だった。

眼鏡の奥の紫色の瞳が、真っ直ぐ階段の先を見据える。


「未来は、変えるためにある」


一歩。


ふと、琥珀色の笑顔が脳裏をよぎる。

 

『うちは、ヨザキさんが来てくれて嬉しかったよ』

 

また一歩。


『最悪な未来だったとしても、きっと大丈夫』

 

白い石段を踏み締める。


「……きっと大丈夫だと、教えてくれた」

 

ヨザキは静かに微笑み、オサリアへ視線を向けた。

その言葉に、オサリアはゆっくりと顔を上げた。


みんな。

誰も、世界なんて大きなもののために歩いているわけじゃない。


誰かとの約束。

誰かと過ごす明日。

笑い合える日常。


それを失いたくない。


ただ、それだけだった。


「……ペプシルは?」


グランヴィアが横目で笑う。


「お前は、帰る理由ねぇのか?」


ペプシルは少しだけ目を細める。

 

帰る理由。


聖剣を抜いたばかりの自分には、きっと無かっただろう。


けれど今は。


隣を歩くオサリアへ視線を向ける。

繋いだ手は、まだ離していない。


「……ある」


短く答える。


それだけだった。

オサリアは少しだけ目を見開いた。


ペプシルは、ただ真っ直ぐに、前を向く。


「……で?」


イリアスが口元だけ笑う。


「王子に手を引かれてるお姫様のオサリアは、どうなんだ?」

「お前な……」

 

ペプシルが呆れ顔で言葉を漏らした。

 

オサリアは少しだけ俯くと、繋がれた手へ視線を落とす。

そして、小さく笑った。


「……お姫様なんかじゃないよ」


ゆっくりと顔を上げる。

 

サンクチュアリ。

生まれた場所。

 

それでも。

 

ノクスで貰った暖かい記憶。

皆と旅して、色んな人の人生を知って。

自分の目で、初めて見た色んな街の景色。


「……うちは」


琥珀色の瞳が、真っ直ぐ前を向く。


「皆が、大好きだから」


一歩。


また一歩。


白い階段を踏みしめる。


「旅が終わった後もさ」

「みんなが笑って」


少しだけ微笑む。


「また、ご飯食べて」

「今度は、皆の街をちゃんと観光して」


一拍。


「……そんな明日が、ちゃんと来てほしい」


そう、小さく笑った。

 

「……そのために、うちは戦う」

 

その笑顔を見て、誰もが少しだけ肩の力を抜いた。

 

ペプシルも、小さく息を吐く。


「……それでいい」


六人は、再び白亜の階段を登り始める。


その先で待つ終焉へ向かって。

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